「キセキの交差点」~奇跡と軌跡が交わるとき~
ソコニ
第1話 回転寿司で隣に座った外国人と意図せず友達になった話
普段、私は回転寿司に一人で行くことはあまりないのです。どうしても友達や家族と行くイメージが強くて。でも、この日はどうしても寿司が食べたい気分でした。
仕事帰りに、駅前の回転寿司屋さんに入ったのは午後7時半頃。平日だというのに、店内は満席に近い状態。カウンター席が一つだけ空いていたので、そこに座ることにしました。
「いらっしゃいませ〜」
元気な声に迎えられながら席に座ると、隣には外国人の女性が一人で座っていました。金髪で青い目、どう見ても日本人ではない。観光客かな?と思いつつ、目の前のタッチパネルに集中することにしました。
まずは定番の、サーモン、マグロ、エビ。注文を済ませて、緑茶をすすりながら待っていると、隣の外国人女性が困ったような表情でタッチパネルを眺めていることに気づきました。指先でパネルをタップするものの、どうも注文方法がわからないようです。
「あの、大丈夫ですか?」
声をかけようかどうしようか迷っていたとき、彼女が私の方を向いて助けを求めるような目をしました。英語で何か言っていますが、私の英語力では「オーダー」という単語しか聞き取れません。
私は中学と高校で英語を勉強したはずなのに、いざとなるとまったく出てこない。そんな自分に腹を立てながらも、とりあえず身振り手振りで「注文方法を教えましょうか?」という意思表示をしてみました。
彼女は安堵の表情を浮かべて、うなずきました。
「これ、押すの」
私はタッチパネルの写真を指さし、押す仕草をして見せました。彼女は「オーケー」と言いながら、真剣な顔でパネルに向き合います。何とか「サーモン」と「マグロ」を注文できたようで、にっこり笑顔になりました。
「サンキュー!」
彼女の笑顔があまりにも明るくて、思わず私も笑顔になります。その瞬間、私の注文した寿司が流れてきました。
「わさび、すき?」
彼女が突然、片言の日本語で話しかけてきました。わさびが好きかどうか聞いているようです。
「うん、好き。でも、ちょっとだけ」
少し考えてから答えると、彼女は「ミー、トゥー!」と笑いました。わさび、少しだけ好きなのは同じらしい。
彼女のサーモンが流れてきました。彼女はおそるおそる箸を手に取り、何とかサーモンを掴もうとします。でも、うまく掴めず、サーモンの身がばらけそうになっています。
思わず「ちょっと待って」と言って、私は彼女の箸の持ち方を直してあげました。手で触れるのは失礼かも、と一瞬躊躇しましたが、彼女は嫌がる様子もなく、むしろ熱心に私の箸使いを観察しています。
「こう持つと、力が入るよ」
言葉は通じなくても、動作で示せばなんとかなるものです。彼女は私の指導のもと、なんとかサーモンを口に運びました。
「おいし〜!」
彼女が日本語で言うと、周りのお客さんも思わず微笑んでいました。私も嬉しくなって、「何個食べる予定?」と質問してみました。もちろん英語はほとんど出てこないので、指で「1, 2, 3...?」と数えて見せます。
彼女は少し考えて「ファイブ!」と言いました。5皿のつもりのようです。そして「ユー?」と聞き返してきました。
「私は8皿くらいかな」
指で8を示すと、彼女は目を丸くして「ワオ!」と言いました。
その後も私たちは、言葉の壁を越えて、身振り手振りと片言の言葉で会話を続けました。彼女の名前はエマ、アメリカから来た大学生で、一人旅をしているとのこと。日本の文化、特に食に興味があるようでした。
私の寿司の食べ方を真似しながら、エマはどんどん上達していきます。最初はぎこちなかった箸使いも、5皿目にはかなり様になってきました。
「これ、なに?」
彼女がベルトの上を流れる、見たことのない寿司を指さします。それはウニでした。
「ウニっていうの。海のものだけど...ちょっと独特な味」
どう説明したらいいのか悩みながら、スマホで翻訳アプリを開き、「sea urchin」と表示して見せました。
「オー! シー・アーチン! トライ!」
彼女は迷わずウニを注文しました。勇気あるなぁ、と感心していると、ウニが到着。おそるおそるエマが一口食べると...
「うーん...インタレスティング!」
苦笑いしながらも、なんとか食べきりました。好きじゃないけど、経験として悪くない、というような表情です。
気がつけば、私たちの周りのお客さんは入れ替わり、店内も少し空いてきていました。時計を見ると、もう9時近く。あっという間に1時間以上が経っていました。
「もう行かなきゃ。電車が...」
腕時計を指さして伝えると、エマもうなずきました。どうやら彼女も時間を気にしていたようです。
会計を済ませて店の外に出ると、彼女が「インスタグラム?」と聞いてきました。スマホを取り出して、自分のインスタグラムのアカウントを見せてきたのです。友達になりたいということでしょうか。
正直、私はSNSをあまり使わないのですが、この偶然の出会いが何かの縁かもしれないと思い、私もスマホを取り出して、彼女のアカウントをフォローしました。
「グッド!ナイス・ミーティング・ユー!」
笑顔で手を振りながら、エマは反対方向へ歩いていきました。「またね!」と言いながら手を振る私。こんな形で外国人の友達ができるなんて、思ってもみませんでした。
家に帰って、エマのインスタグラムを見てみると、すでに今日の回転寿司の写真がアップされていました。そして、その中に箸を持つ私の手が少し写り込んでいたのです。キャプションには「#JapaneseFood #SushiTraining #NewFriend」とありました。
思わず笑ってしまいました。言葉は通じなくても、食べ物を通じて人と繋がれるってすごいなと思います。明日からも、彼女の日本旅行の写真をチェックするのが楽しみになりました。誰かを助けることで、思いがけず自分が元気をもらえる。そんな素敵な出会いでした。
次の日、会社で同僚に「昨日何してたの?」と聞かれて、「回転寿司で外国人に箸の使い方教えてた」と答えたら、「えー、なにそれ、漫画みたい」と言われました。
確かに、漫画みたいな一日だったかもしれません。でも、そんな予想外の出会いや経験って、実は日常のすぐそばに転がっているのかもしれないなと思いました。
それからというもの、私は時々エマのインスタグラムをチェックするようになりました。京都、広島、沖縄...と彼女の旅は続いていきます。いつか彼女が故郷に帰ったら、今度は私がアメリカを訪れてみたいなんて思ったりもします。
回転寿司での偶然の出会いが、こんな風に私の世界を少し広げてくれるなんて、誰が想像したでしょうか。
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