【五星圧壊陣】




「――【樹葬槍呪】」



 クレハが手に取った呪符を投げ、魔力を通して発動を命じて飛ばす。

 淡く光った呪符が周囲の木々に貼り付くと、それに呼応するように僅かに鳴動し始め、鋭い先端を伸ばした根が地面を突き破り、迫りくる魔物たちの身体を貫いた。


 周囲を取り囲んでいた数十という魔物があっという間に屠られるも、しかしクレハの表情は晴れない。

 クレハは焦燥に襲われ、苛立ちを顕に舌打ちした。


 凄まじい速さで〝禍骨骸王モルグル〟へと向かって進んできた。

 しかし、〝禍骨骸王モルグル〟が近づくにつれて徐々に襲いかかってくる魔物の数が増えており、進行速度は徐々に落ちている。


 こうして進んでいる間にも時間を取られ、時間がかかればかかるほどに〝禍骨骸王モルグル〟が徐々に進んでくる。

 お互いにお互いへと近付き合うような動きにはなっている。

 体力を温存しようと考えるのであれば、この場で待っているだけでも良かった。


 ――だが、



「邪魔をするなァッ!」



 再び肉薄してくる魔物を吹き飛ばし、再びクレハが駆け出す。


 木々の枝葉の切れ目から見える〝禍骨骸王モルグル〟の姿は巨大だ。

 近づけば近づくほどに巨大さを実感させられる。

 あれだけの巨大な魔物を相手にすると考えれば、丁度良い戦いの場はこの先にある。


 ――間に合った、湿地帯……!


 水はけが悪く、植物が育ちにくい。そのため周囲の木々も少なく、開けた一帯だ。

 その場所へと足を踏み出そうとクレハが動こうとしたその時、後方を駆けてきたイツハらの存在に気が付き、足を止めた。



「――クレハ様!」


「……イツハ。追ってきたのかい」


「は、はい。カグヤ姉さまが、クレハ様を追いかけるようにって……」


「戻りな」


「え……? でも……――っ」



 口を開きかけたところで、イツハは気が付いた。

 クレハの目は冷たく、木々の隙間から見えている〝禍骨骸王モルグル〟を睨みつけていた。

 しかしその目が今、自分に向けられたことに。



「〝禍骨骸王モルグル〟はアタシが潰す。これはアタシが決めたことだ。邪魔するなら許しはしないよ」


「っ、で、でも……!」


「いいからさっさと戻れ、イツハ。足手まといだよ」


「……っ」



 言葉を失って俯いたイツハを他所に、クレハは目の前にあった背の高い木の枝から他の木の枝へ、次々に飛び乗って移動していき、そうして森の上空へ。

 ちょうど〝禍骨骸王モルグル〟の顔面、その直線上へと飛び出したクレハが複数枚の呪符を取り出し、魔力を流し込んだ。



「――散ッ!」



 淡く光を放った五枚の呪符が一人でに浮かび上がり、飛んでいく。

 五角形を描くように〝禍骨骸王モルグル〟を含む周囲一帯を囲み、上空で淡く光りながら動きを止める。そこにクレハが〝氣〟と魔力を練り上げ、印を結ぶように両手を素早く動かした。


 クレハに気が付き、〝禍骨骸王モルグル〟がクレハを叩き潰さんと巨腕を振るう――が、それよりも先にクレハの術が発動した。



「――発動せよ、【五星圧壊陣】!」



 呪符から放たれた光が、上下左右に伸びていく。

 そうして光の五角形が完成したところで、内側に輝く幾何模様が浮かび上がった。

 ビリビリと大気が震え、陣の内部の重力が唐突に増加し、湿地帯へと姿を見せた〝禍骨骸王モルグル〟と周辺の魔物たちを襲った。


 弱い魔物たちはその重力に耐えきれずに潰れていき、骨を砕かれ鈍い音を立てながら崩れ落ち、一方で〝禍骨骸王モルグル〟はその重力で潰れるまではいかなかったが、振るおうとしていた腕の動きを止めて大地へと手をついた。


 その光景を術を維持しながら見つめつつ、クレハが獰猛に口角をあげた。



「く、ふふ……っ! おまえを、おまえたちを殺すためだけに作り上げたアタシの術だッ! あの日――あの時の怨みをッ! 苦しみを! 今度はおまえがとくと味わえッッッ!」



 術の反動と激しい魔力と〝氣〟の消耗。

 それらは体内を襲う痛みとなってクレハを苛ませるが、それを歯を食い縛りながら、しかし獰猛な笑みを浮かべてクレハは告げる。


 特殊な製法によって造られている〝禍骨骸王モルグル〟には、魔法攻撃は通用しない。それは触れた魔法を一瞬で消し去るという特性があるからだ。その上、さらに強固な物理耐性すらも有している。

 かつてその光景を目の当たりにしてきたクレハは、常に〝禍骨骸王モルグル〟や邪神の軍勢に対抗するための術を生み出し、研鑽し、備えてきた。


 今回クレハが使った【五星圧壊陣】は、呪符で囲って作った〝場〟に対して強力な重力を生み出し、その身体を強引に圧し潰すという代物だ。

 たとえ〝禍骨骸王モルグル〟が触れた魔法を消すとしても、それが〝場〟に対して発動される魔法であれば、その特性が働くことはない。

 

 だが一方で、〝場〟に影響を及ぼし続ける術という特性である以上、その術の維持を続ける間は常に魔力、そして〝氣〟を消耗し続ける。

 魔力を消耗するだけならば、力が抜け、意識を失うというのが関の山ではあるのだが、〝氣〟における過剰な消耗は肉体、生命力に大きな反動を与える。そのため、消耗が大きい〝場〟を対象にしたものの長時間運用は向いていない。

 それでも、クレハは術を止めるつもりはない。


 幸い、〝禍骨骸王モルグル〟の動きは縫い止められている。


 ――――しかし。



「ぐ……っ、潰しきれない、か……――ッ!」



 これだけの大規模な術を使い、準備を進めてきたというのに、〝禍骨骸王モルグル〟を討伐するには足りていない。


 ――せめて、タマヨリ様の御力を扱うことができれば……。

 己の術に抗い、未だに術に耐え、振り切って動こうとしている〝禍骨骸王モルグル〟を見ては、どうしてもそう思わずにはいられない。


 とは言え、ないものを嘆いたところで意味などない。



「――だからって、ここで止める訳にはいかないのさ……!」



 ――アタシじゃ倒せないのは、確かに悔しい。


 けれど、それは自分の個人の感情に過ぎない。


 仇敵に対する憎悪は確かに存在している。

 可能であれば、この手で〝禍骨骸王モルグル〟を討ち、かつての仇を取り、無念を晴らしたいところではある。

 今回使った【五星圧壊陣】ならば、〝禍骨骸王モルグル〟を討伐できるかもしれないと、そう考えていた。


 だが、それは残念ながら失敗に終わった。

 それができないのであれば、今は足止めさえできれば良い。


 今回の目的はあくまでもアヤシマの奪還だ。

 当然、その現実を忘れている訳ではない。


 冷静に考えて、〝禍骨骸王モルグル〟を止めることは難しい。部隊を率いて抗おうとすれば、間違いなく犠牲を出すことになるだろうことは明らかだからだ。

 特に〝禍骨骸王モルグル〟は広い範囲を踏み潰し、薙ぎ払うような攻撃を繰り返す。

 そんな相手である以上、少しでも防衛拠点から離れた場所で戦わなければ、ここまで前線を押し進めてきた防衛拠点を守りきれず、後退を余儀なくされる。


 ――倒しきれはしなかったが……ここで、止めるッ!


 かつての攻撃の痕が残っている以上、回復能力はないと考えてもいいだろう。

 いくら【五星圧壊陣】で倒しきることができなかったとしても、重力によって骨に亀裂が入る程に〝禍骨骸王モルグル〟を傷つけられれば、あるいは魔法によって追撃すれば倒せるかもしれない。


 もしくは、このまま足止めして、ソウが戻ってきてさえくれれば――と考えたところで、防衛陣側から感じられた魔力が膨れ上がり、同時に魔法が飛んできた。

 放たれた魔法がクレハの横を通り抜け、次々に〝禍骨骸王モルグル〟に突き刺さり、巨大な爆発を引き起こした。


 カグヤからの援護によって引き起こされたであろう魔法は、【五星圧壊陣】の内側へと入り込み、重力に導かれるように落下しながら着弾。爆風が砂塵を巻き上げ、周囲に暴風を撒き散らすが、【五星圧壊陣】はその程度のことで破壊される程に軟弱な術ではない。


 だが、魔法によって視界が遮られてしまったのはクレハにとっても不運としか言い様がない。

 一瞬の隙を狙っていたかのように、飛び出した魔物がクレハの背後から襲いかかった。



「……ッ、しま……――ッ!?」



 咄嗟に身を捩って回避するクレハだったが、その一瞬、僅かに【五星圧壊陣】の一部が緩む。

 その一瞬を〝禍骨骸王モルグル〟が逃すことはなかった。


 舞い上がった砂塵を切り裂くように襲いかかる巨大な骸骨の手。

 人の骨に比べて先端が鋭利になっているその一撃は凄まじい速度でクレハへと迫った。


 避ける余裕もなく、ただその一撃を見つめることしかできず、受け止める――というところで、クレハの身体にドンと何かがぶつかり、〝禍骨骸王モルグル〟の手の軌道上から吹き飛ばされていく。


 クレハの目には、自らの身体を吹き飛ばした存在――イツハが、〝禍骨骸王モルグル〟の手に斬り裂かれながら吹き飛ばされていく姿が映った。


 退避を命じたはずのイツハが何故ここにいたのか。


 イツハに下がるように厳しい言葉をかけたのは、〝禍骨骸王モルグル〟が危険な相手であるからというのもあるが、何より【五星圧壊陣】が、近接戦闘のみを駆使するイツハとの相性が悪すぎるということもあった。一息で敵へと詰められる距離を保とうとするイツハが巻き込まれでもすれば、危険が伴う。


 足手まといだなんて、多少は厳しい物言いであったが、それこそが釘を差してくれるはずだと考えていた。

 だというのに――どうして、と。


 動揺したその一瞬が、さらなる悪循環を招くことに気が付いたのは、〝禍骨骸王モルグル〟の手が吹き飛ばされたであろうイツハの方へと目掛けて振り下ろされている、その姿を見てようやくのことであった。


 一瞬の動揺によって【五星圧壊陣】が緩み、〝禍骨骸王モルグル〟が動きを取り戻したのだ。



「――ダメだ、やめてくれ……! やめろおおぉぉぉッ!」



 クレハの叫びも虚しく、倒れたイツハを覆うように〝禍骨骸王モルグル〟の手が大地を打ち付けた。




 ――――〝禍骨骸王モルグル〟の拳が打ち付けられて奏でられたその音は、まるで硬質な何かにぶつかるような音であり、そして――――




「――我らが主様の命により、助太刀させてもらおう」



 突如として〝禍骨骸王モルグル〟の拳の下から聞こえてきた野太く低い声。

 唖然としたクレハが〝禍骨骸王モルグル〟の拳を見れば、その瞬間、〝禍骨骸王モルグル〟の腕が


 片刃の大剣を振り抜いたような態勢で姿を現した巨大な男が、いつの間にか傷つき倒れたイツハの前に堂々と佇んでおり。



「――あはっ、コイツの首、落ちるかなぁ?」


「ッ、いつの間に……!?」



 さらに聞こえてきた声に慌ててクレハが振り返れば、〝禍骨骸王モルグル〟の真後ろに姿を現し、大鎌を振るう少女の姿があった。




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