面白くない結末を
「はぐはぐ、んぐっ」
「……すっごい食べるね」
「……ぷはぁっ。〝樹精霊〟が力を使ったので、補給です!」
「精霊が使った力と空腹に何か関係があるのかい?」
「知らないです!」
――じゃあ何故そんな言い方をしたんだ。
この僕の気持ちを理解してくれそうなシャニカさんは、さっき僕と話してルシィが目覚めてから、一人になりたいと言って出て行ってしまったし。
ただまあ、間違いなく〝樹精霊〟が力を使った影響はあるのかもしれない。
いつもの食事量に比べてもかなり多く食べているようではあるし。
そう考えてルシィを領域越しに確認して――気が付いた。
……なんだ、これ。
どこかにルシィの力――いや、存在そのものが漏れていっているらしいことに、領域越しに気が付き、その先を辿る。
微弱な流れは、途切れそうな程に薄く、けれど確かに一箇所に向かって流れていくのが見て取れた。
その流れを辿っていく内に行き着いた先は――あの馬鹿みたいにデカい巨大な樹……つまり、神樹のようだ。
神樹への流れを堰き止めるか……?
いや、それをしたところで、ルシィの消失は止められない。
ルシィから感じられる存在の力というか輝きというか、そういうものが少しずつ小さくなってしまっている今の状態は、もう、止まらない。
……やられた。
さっきの〝樹精霊〟共が憑依した影響か。
「ルシィ」
「ふぁい?」
「今回みたいに〝樹精霊〟を自分に憑依させるのは、今後は禁止で」
「んぇ? 何故です?」
「デメリットとメリットがまったく釣り合っていないからだよ」
あくまでも淡々と告げながら、胸の内では裏をかかれたような気分で歯噛みする。
おそらくだけれど、ルシィの持つ【神性交信】という
そんなことに、ようやく、今更ながらに気が付いた。
ルシィという、元々はしがないエルフでしかない存在を、【神性交信】によって徐々に染め上げていくのだ。
けれど今、神は動けない。
聖霊はルシィの身を案じて、それをしないように力を極力使い過ぎず、負荷をかけない程度に抑えていた。
だから、ルシィという存在はまだ完全には染まりきっていなかった。
けれど、〝樹精霊〟による憑依。
あれは無理やりルシィという器の中を精霊が支配し、上書きするような力だ。
神樹の眷属と言えるような存在であるせいか、さっきの戦いによって一気に変質が進んだ可能性が高い。
そこに神樹の意思が働いている訳でもなければ、聖霊が、〝樹精霊〟がそれを狙って応じたという訳でもないのだろう。
ただただ、それらの要素が一気に時計の針を進めてしまっている。
僕ですら、こうして改めて見てみてようやく気が付いたのだ。
これはきっと、聖霊すらも気が付いていないのだろう。
けれど、そんなことで苛立ったところで何も現状は変わらない。
「あるじさまあるじさま」
「うん?」
「……わたし、もう、手遅れみたいです」
思考を巡らせている僕に、力なく笑いながら向けられた言葉。
その真意は、すぐに分かった。
……あぁ、そうだった。
残念エルフでぽんこつで、どこか憎めない類の子ではあるけれど、聖霊曰く自分の役割をしっかりと理解しているし、自分の行く末を呑み込んでいたような子だった。
僕がわざわざそれを禁じたという意味を――真相を知り、その上で告げたという意味を汲み取りながらも、けれど、目覚めた時点で起こっていた変化に気が付き、すでに自分がゆっくりと消えつつあるという事実に、この子は気が付いている。
時間は、あまりない。
僕の見立てでは、このままでは保って十日程度。
それだけの時間で、この子は――ルシィは、完全に消失する。
正攻法では間に合わない。
僕が人間だった頃の力しかない今の状態では、この子をどうこうするには、足りない。
それを避ける方法は……――いや、ない訳ではない。
僕がリスクを呑んで賭けに出て、勝てれば、の話ではあるけれども。
……いつもの僕なら、まあ僕には関係のないこととして切り捨てているんだけどね。
「……あるじさま。わたしは、あるじさまと一緒に行動できて――あうっ」
「何を言おうとしてるのかは聞かないでおくよ。僕がそれを解決しちゃうからね」
「……そう、なんですか?」
「そりゃあね。神樹をどうにかするなんて、僕にとってみれば些事に過ぎないから」
――我ながら、僕らしくない言葉を、デコピンしてからルシィに返す。
いつもの僕なら、下手に希望を持たせるような言葉を向けたりもしないだろう。
けれど、決めた。
こんなことで、面白くもない結果にぶつかるなんて。
そんな結末は、僕の思い描く異世界ライフとして許容できない。
多少の無茶を呑み込んででも、そんな面白くない結末は――壊させてもらう。
「キミの〝主様〟なんて立場になってしまっている以上は、それぐらいできないと話にならないからね」
「……わた、しは……」
「少し、準備をしてくるよ。遅くとも明日か明後日には戻るから、ルシィはここで待っているといい」
それだけを告げてから、僕はその場から一度、拠点へと転移して戻った。
転移した先は、拠点の教会の頂上。
僕が密かに進めてきた、ちょっとした作業空間とも言えるような一室は、本来ならば物置になるような出窓だけがある狭い一室で、尖塔部分の頂点に近い場所にあるため、天井付近に近づくにつれて三角形を思わせるような形になっている。
その部屋の中央部、僕の胸ぐらいの高さにあるバスケットボール大の空間の揺らめき。
黒と緑色が混ざってゆらゆらと揺れているその場所の前に転移した瞬間に、頭の中に声が届いた。
《――珍しいわね、颯。あなたが誰かのためにリスクを呑み込んで動くなんて》
くすくすと笑い、からかうような物言いだ。
そんな声を受けて、僕は肩をすくめた。
《やっぱりそっちでも観ていたみたいだね。それで、どうにかできると思うかい?》
《神樹の件なら、まあやろうと思えばいくらでも方法はあるわよ》
あっさりと、僕の仲間――ラトはそんな風に答えた。
《一番簡単なのは、あなたがその神樹とやらを眷属に変えてしまう方法なのだけれど、今のあなたの力ではできないわ。もっとも、できたとしてもそれをするつもりはないのでしょう?》
《まあ、最終手段としてはそれも考えたけどね。ただ、それをしたら、この世界の座を奪うことになっちゃうからね。さすがに避けたいところではあるかな》
《でしょうね。正攻法でいくのなら、あなたが神樹に力を注いで回復させればいいわ。でも、今のあなたの力では届かない。今のあなたは、まだ人間であった頃に近いもの。そうね、だいたい三段階程度も引き上げられれば、あなたが持つ力の一部を分け与えるぐらいで回復できるでしょうね》
《三段階、ね》
そんな程度か、と思うと同時に、間に合わないなとも思う。
実際、第九段階から第十段階に上がるまでにかなりの時間がかかったことを考えると、それなりに時間がかかるのは間違いない。
ルシィは、保って十日。
下手をすればそれよりも早く消失する可能性もある。
《それじゃあ、時間が足りない》
《……あのエルフを助けるつもりなのね》
《面白くない結末なんて、覆してこそ、だからね。それより、ラト。キミならこの世界に飛ばせる程度の力しかない肉体端末でも、ルシィの存在の消失を防げたりするかい?》
《えぇ、もちろん。あなたとは年季が違うのよ、年季が》
年季、ね。
そりゃあ〝外なる神〟になって数年程度の僕と、何万、何億という歳月を〝外なる神〟として生きてきた存在とじゃ、比べようもないだろうね。
《さすが。じゃあ、あとは僕がやるだけという訳だ》
《……解放段階以上の力を無理やり引き出すなんて、どうしても負担は大きくなるわよ? 下手をすれば、その肉体端末は完全に崩壊することになるわ》
《それでも、やるって決めたからね。どうにか耐えるさ》
《……ま、あなたはそうでしょうね。――こっちは肉体端末を用意したわ。ニグもヨグも、崩壊しない程度に少しだけ繋がりを強化してくれるみたい》
《そっか。助かる》
こちらの状況を見ているあの二人のことだ。
ニグ様はきっと苦笑して受け入れてくれるだろうし、ヨグ様は……まあ、きっと相変わらず顔文字でも表示してアホ毛を振り回して応援してくれるだろうとは思っていたけれど、助力までしてくれるなら助かる。
あとは、僕がどこまでやれるか、かな。
《いつでもいいわよ》
《分かった。――それじゃ、始めよう》
もともと、時間をかけてラトを、そして『終わりの獣』の子たちを順番にこっちに呼んでいくつもりだったけれど、神樹の件を考えればラトには早めに来てもらいたい。
解放段階は十段階。
まだまだ力はたかが知れている状態ではあるけれど、半ば強引に眼の前の揺らめきを――世界と世界を繋ぐための穴を広げ、維持するために一気に力を注いでいく。
バチバチと耳障りな音を立てながら、強い風を巻き起こし始める世界を繋ぐ揺らめく光。
結界でこの部屋を封印状態にしていなかったら、おそらくはこの教会にいるであろう人々は一瞬で発狂し、自我を崩壊させるであろう〝外なる神〟の力が暴れまわり、それらを無理やり収束させていく。
「――ぐ……ッ、キッツ……!」
僕のこの肉体端末で無理をすれば、当然身体が耐えられるはずもなく。
ラトが忠告した通りであったようだ。
ぶちりと鈍い音が身体の内側から聞こえてきて、目から涙のように血が流れていく。
胸の内側に生まれた違和感を吐き出すように咳をしてみれば、広がる生臭い血の味がしてきて、それを吐き出しながら、それでも力を注ぎ込み続ける。
肉体端末が耐えきれない力を無理やり操るのは、僕にとってもかなりの負担になる。
もともと、こんなリスクを背負うつもりはなかったし、解放段階さえ上がればどうにでもなるのだから、慌てるつもりもなかった。
けれど――ここでルシィが消えるっていうのは、面白くない。
僕の異世界プランの中に、そんな後味の悪い筋書きを残しておくなんて、僕自身が許せない。
だから、多少のリスクぐらい――呑み込んでやるさ。
「ぎ……ッ」
弾ける指、飛び散った血。
身体の内側から無理やり力を引き出した代償はどんどんと大きくなって、皮膚が裂け、血を噴き出すだけじゃ留まらないらしい。
――懐かしい。
こんな馬鹿みたいに血を流すことなんて、それこそ人間だった頃にダンジョンに挑戦していた頃以来だ。
こんなの、何度だって耐えてきた。
生きてさえいるのなら、乗り越えられないものじゃない。
《――ッ、繋がったわ! その調子で力を維持して!》
「……簡単に、言ってくれる、ね……!」
視界がぼやけてアテにならないので、目を閉じたまま食い縛るように言い返す。
皮膚も避けてあちこちから血を流したまま、それでも痛み程度は無視して、意識を繋ぎ止めたまま力を注ぎ込む。
そうして――――光が弾け、懐かしい力の余波を感じ取る。
けれど、どうやら肉体はかなり限界を迎えてしまったのか、ぐらりと揺れて、力が途切れた。
「――もういいわ。あとは私があなたを回復させるから、休みなさい」
崩れるように倒れ込む僕の身体を柔らかく抱き留めて、声の主が優しく声をかけてきた。
「……いら、しゃい、ラト……」
「えぇ、無事に到着したわよ。おやすみ、颯」
その言葉を耳にして、僕の意識は深い眠りに落ちていった。
◆――――おまけ――――◆
ニグ「成功したみたいですね」
ヨグ「(๑•̀ㅂ•́)و✧」
ニグ「えぇ、なんとか。……颯があんなリスクを冒して他者を助けるなんて……。もしや颯、あのエルフに何か特別な感情を……」
ヨグ「(ヾノ・∀・`)」
ニグ「え、そうですか? ……まあ、そうでしょうね。本当に単純に気に喰わなかったのでしょう」
ヨグ「(๑• ̀д•́ )✧+°」
ニグ「……え? なんですか、その名探偵が助手に気づきを与えるような感じで、気付いているのかって……」
ヨグ「( •̀ㅁ•́ ; ) 」
ニグ「え? えぇ、確かにラトが向こうに行きましたけ、ど……――人族、滅びないといいですね……」
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