通じない言葉の壁





 僕の名前は彼方かなた そう

 ダンジョンが存在していながらも砂上の楼閣よろしく奇妙な均衡を保っていた日本出身にして、この世界に来て二十日目の新人。今では森の中に住まう立派な不審者である。


 服というか装備が魔道具じゃなかったら、とっくにほつれて破けたり、肌を露出していたかもしれないような生活をしている。


 いや、魔道具バンザイだよ。

 普通の服だったら、とっくにぼろぼろになってるだろうし。

 そんな状態でこの世界の住人を見つけたら、向こうさんから見たら「森の中から変態がこんにちはしてきた!?」ってなってもおかしくない。

 異世界コミュニケーションが初手で躓いちゃうところだ。


 解放段階はあれから二段階あがって、多分この世界の住人でいうところ、レベルはおおよそ七十に届かない程度といったところだろうか。

 上がるの早いね。

 普通の人間がどれぐらいなもんなのか知らんけど。


 とは言え、以前までの世界での僕に比べればまだまだ届かない強さであるけれど、この森の中の魔物たちを相手に、突出した強さを持った魔物でなければ瞬殺できる程度までにはなってきた。

 まだまだには程遠いけれどね。


 まあそんな僕なのだけれども、そろそろ森暮らしにも飽きてきた。


 もうちょっと異世界文化に触れに行こうかな、と思い、今朝からずっと森の浅い方というか、周辺の魔素――いわゆる魔力の源みたいなものなのだけれど、そういうものの濃度が薄い方向に向かってひた走っている。


 なお、〝鬼蜘蛛の腕輪〟で蜘蛛男ごっこして進むのは早々に断念した。

 だって、そんなことするより普通に進んだ方が楽なんだもの。

 ああいうのは整然と建てられた建物群だからできるんだってよく分かった。

 顔から泥溜まりに突っ込んだし。


 そうやって進み続けて、しばらく。

 だんだんと樹海めいたものから景色が森に変わってきたところで、遠くから人の悲鳴のような叫び声が聞こえてきた。


 ふむ……。

 人がいれば、森から抜けた村とか町とかに戻っていくかもしれない。

 このまま宛もなく進み続けるより効率的かな?


 そんなことを考えつつ、早速観察しにいくことにした。



「――――!」



 向かった先では狼型の魔物に囲まれている男女が三人。

 大木を背負うような位置で警戒しているものの、じわじわと追い詰められているのが見て取れる。


 何やら必死な感じで会話をしているようなのだけれど……言葉が分からない。


 あー……ね。

 異世界語が都合良く日本語に変換されるような魔法とかないしね。


 まあ、僕の場合は思念を読み取れるし、何を言わんとしているのかは理解できるから、聞こえてくる単語と意味を当て嵌めていけばどうにかなるでしょ。知らんけど。



『――よりによってなんでこんな浅瀬に灰森狼が……ッ!』


『奥の方で魔物たちの序列争いが起こった可能性が高いわ。じゃなきゃ奥から魔物が出てくることなんてないもの!』


『クソッ、やるぞ!』



 思念を読み取ったところ、〝驚愕〟、〝森の奥〟、〝序列〟、〝争い〟〝危険〟、〝覚悟〟といった念が伝わってくる。


 うーん、なるほど……?

 森の奥から序列争いが起こって危険、とかそんな感じっぽい。

 本来、この狼型の魔物たちはもっと奥の方というか、僕がやって来た方にいるような魔物だった、とかかな。


 それにしても、序列争いねぇ。

 そんなに暴れているような魔物、いたっけな?


 魔物のお肉と魔石ゲットのために積極的に森の中で大物を殺し回ったりしながらあちこち見て回りつつ、目に付く魔物を積極的に狩っていたけれど、そんなに大暴れしてるような魔物、見なかったけどなぁ。

 解放段階が進む度に魔力を放出して様子見してたものだから、浅い方に進めば進むほど弱い魔物が逃げるように離れていたのは気がついていたけど……ん?


 ……ッスゥーー……うん。

 もしかして、これ割と僕のせいだったりするのでは。


 ま、どんまいってことで。

 この魔物たちは大したことないし、どうにでもなるでしょ。


 そんなことを思って観察していたんだけど……あれ、もしかしてピンチ?



『――がぁっ!?』


『ロダン!? このっ、【炎の礫】!』


『ダメだ、このままじゃ押し切られる……!』



 ……えぇ……?

 武器とか装備してるんだし、身体も鍛えているように見えたから、てっきり戦い慣れているのかと思ったのに、めっちゃ押されてるじゃん……。


 どうしよう。

 心情的には見捨てても問題ないんだけど、せっかくの第一異世界人ゲットのチャンスを不意にするっていうのもちょっとなぁ。


 ――仕方ない。

 善意の協力者になってもらおう。


 そう考えて、彼らの近くの太い木の枝に糸を射出して、それを握って糸を収縮。

 糸に引っ張られる形で空中を滑るように飛び出したまま、狼型の魔物たちの間に突っ込みつつ、手を放して糸を切り――今度は糸を大量に展開して魔力を通す。

 魔力が込められた糸が、その場にいた狼型の魔物たちを斬り刻み、首を、脚を、身体を両断していった。



『な……ッ!?』


『え……』


『……マジかよ』



 降り注ぐ魔物たちの血の雨。

 そんなものに当たりたくないので軽く魔力を放出して血を吹き飛ばしたと同時に、離れていた狼型の魔物たちが僕を危険視したのか、一斉にこちらに駆け出した。


 最初の一匹、飛びかかってきた魔物の前足を左手で掴んで身体を反転、右手に逆手で持っていた〝紫蟷螂の短剣〟を振るって首を深く斬り裂いて投げ飛ばす。さらに続いてやってきた狼型の魔物に一歩踏み出し、その長い下顎を蹴り上げ、無防備に晒された首を斬り裂く。


 そうして追加で二匹を屠ったところで、生き残りの狼型の魔物たちが唸り声をあげながら動きを止めた。


 僅かな時間の睨み合い。

 僕のいた世界の魔物たちは「敵を殺す」という一点のみに執着していて逃げるようなことはなかったけれど、この世界の魔物たちは動物というか獣というか、そういった要素である生存本能というものを有している。

 そんな存在が圧倒的不利に陥ったらどうなるかと言えば――予想通り、不利を察した狼型の魔物たちは文字通りに尻尾を巻いて逃げ出していった。



『……助かった、のか……?』


『子供……?』


『いや……まだ油断するな。子供がこんな強さを持つなんて異常だッ! 何かがおかしい! コイツが敵じゃないとも限らないぞ!』



 敵視、かな?

 どうやら僕を警戒しているらしい。


 ま、それは正しいだろうね。


 ただ生憎、僕はまだこの世界の言葉が分からない。説得したり誤魔化したりっていうのは難しいところだ。

 今の彼らの言葉だって、僕には〝助かった〟、〝子供〟、〝警戒〟、〝異常〟、〝敵〟という思念が僕に伝わっただけだからね。


 とりあえず、この人たちと仲良く一緒に行動したいという訳でもないけれど、敵対するつもりも今のところはないから、振り返って微笑んでおく。



『っ、虐殺して、嗤ってやがる……』


『まさか……』


『悪魔か……!? 逃げろ!』



 ……悪魔?

 え? 思念ですっごい残虐な存在とか言われたんだけど。

 違うんだけど?

 悪魔とか言われるほどのことなんて……うん、この世界ではまだやってないよ!


 てかめっちゃ必死で逃げるじゃん。

 いや、町の位置とか知りたいから尾行はさせてもらうけどね。

 魔力を追いかけるから視覚的に見えない位置で追いかけるつもりだけど。


 でもこれ、目に見える位置をずっと付かず離れずで追いかけ続けたらどうなるんだろう。


 ……ちょっと面白そう。

 というわけで、敢えてゆらりと身体を動かしてゆっくりと動き出してみる。



『追ってきやがった!』


『足止めを……!』


『やめろ、セレン! 『普人族ヒューマン』に擬態する悪魔は高位悪魔だ! いいから走れッ!』



 なんか必死な顔して走り出した。


 聞こえる単語と思念から、僕を怖がっているのは分かるんだけど……ふむ、まだまだ知識が足りない。

 前の世界ならある程度の言語体系とか単語だけ多少詰め込んでおけば理解できたからどうとでもできたんだけど、全く違う世界だとこんなに分からなくなるとは。


 よし、もうちょっと言語調査の実験台になってもらいながら遊ぼう。


 ほらほら、もっと喋ってよ。

 僕にこの世界の言語をもっと聞かせておくれー。



『嗤いながら追いかけてきてやがる……ッ!?』


『いやあああぁぁぁっ!?』


『いいから走れ! 追い付かれたら終わりだッ!』



 あはははは、待て待てー。






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