第4話 生きて出ていこう。

 源一郎は改めて部屋の中を眺めてみる。

 中央にはゴブリンとやらの死体。

 入ってきたドアを含めて三ヶ所のドア。

 それと。

「あれ、何だ?」

 源一郎は、壁際の箱のようなものを指差した。

「さあ、何でしょう?」

 馨はそれに近づき、確認した。

 それは文字通りの箱だった。

 鉄でできた、シンプルな箱。

 中が見えないように蓋がついている。

「ああ」

 馨は何となく、その意味に気づいた。

「これ、宝箱……、ですね。多分」

「宝箱?」

 源一郎の言葉を聞きつつ、馨は箱を開けた。

 そこには、ロープと小型のナイフが二本入っていた。

 馨はそれを手に取った。

 鞘に入ったそれは、刃渡り10cmほどの小型のナイフだった。

「クリアするためのアイテムや、ダンジョンの報酬としての宝物が入ってる場合があります。これは、アイテム枠でしょうけど」

「そうなのか」

「とりあえず、一本ずつ。ロープは僕が持ちますよ」

「必要なのか? そんなもの」

「今後、どこかで使うぞ、という意味なんじゃないかと」

「そんなもんか?」

「で、どっちのドアに行きます?」

 言われて、源一郎は二つのドアを見比べる。

 そして、あることに気がついた。

 ドアに模様があった。

 一つのドアは丸が八個。もう一つは丸が七個。

 振り返ると、入ってきたドアには九個の丸がある。

「なあ、馨」

「何です?」

「ドアに数字がついてるんだが」

「数字……ですか?」

 源一郎は薫に気づいたことを説明する。

「ああ。たしかにそうですね」

「数が少ない方が出口に近い、みたいな話だと思わないか」

 馨はしばし考える。

「ありそうですね」

 そして、そう口にした。

「じゃあ、次はこっちだよな」

 たしかに源一郎は指さす。

 馨は近づいて、そっと耳を傾ける。

 源一郎もドアに近づいて耳をすます。

 ざわざわとした何かの気配みたいなものは感じる。

「まあ、いますね」

「いいさ、開けろよ」

 源一郎はそう言ってM500を構えて、ドアの逆方向に陣取った。

 思わず、顔が笑っていた。

 いつもそうだった。

 敵の事務所や取引の現場に殴り込むとき。

 なぜか笑う。

 緊張しないわけではない。

 だが。

 嬉しくて仕方ないのだ。

 楽しくて仕方ないのだ。

 度し難い人間なのだろう。

 だが、笑えてくるのだから仕方ない。

「開けます」

 馨がそう言ってドアを開ける。

 その向こうには。

 無数のゴブリンがいた。

 二人は、数を認識するよりもまず、身体を動かしていた。

 馨はMP5をフルオートにして斉射する。

 源一郎は先頭のゴブリンに500S&Wマグナム弾を叩き込む。

 だが。

 その程度ではゴブリンは減らない。

 五発しか装弾できないM500では勝負にならない。

「下がって。僕がやります!」

 弾倉を入れ替えつつ叫ぶ馨の肩を源一郎が掴んだ。

「まあ、待てや」

 源一郎は腰の日本刀、三河守国重を抜いていた。

 身体中が熱い何かに支配されていた。

「背中、頼むわ」

 そう言って一歩前へ出る。

「さあ、死にたいヤツからかかってきな」

 そう言って左手で手招きした。

 ゴブリンにもその挑発は通用した。

 手斧を振り上げ飛びかかった。

 源一郎は腰を落として、おもむろに日本刀を横一閃。

 ゴブリンの矮躯が空中で真っ二つになった。

 二つになったゴブリンの死体が、ずちゃりと落ちる。

 あまりに凄惨な絶技にゴブリンたちが一歩ずつ下がる。


 馨も声が出なかった。

 それこそ、アニメかゲームなら、生物の一刀両断というシーンはありふれている。

 だが、現実にはどうか。

 力まかせに斬っても斬れるものではない。

 固定した巻き藁ですら、斬ってみせるには長い修練が必要だった。

 だが。源一郎はやってみせた。

 達人の域にあるのかもしれない。

 馨はそう考えていた。


「さあ、来ないならこっちから行くぜ」

 源一郎は、一歩踏み出した。

 そのタイミングを見て二体のゴブリンが飛びかかる。

 一体は頭上高く、もう一体は地べたスレスレに。

 源一郎には、その両方がしっかりと見えていた。

 自覚的にはゆっくりと。

 頭上のゴブリンの首を飛ばす。

 吹き出す血を浴びながら、地べたのゴブリンの頭を足で踏みつぶす。

「ギ……」

 そして、そのまま一歩引いて、今度は顔を蹴り上げた。

「ギャ……」

 蹴られた顔を庇い後ろへ下がるゴブリンの首を、源一郎は横薙ぎに切り裂いた。

 どうと音を立てて倒れる。

 源一郎は周囲を睨みつける。

 愉しかった。

 身体がよく動く。

 振るう剣の軌跡が見えた。

 身体能力のすべてが向上している気がした。

 笑いが声になった。

「ははっ」

 止まらない。

「はははははっ!」

 周囲のゴブリンが、二、三歩下がるのを踏み込んで斬りつける。

「はははっ!」

 源一郎は笑いながらゴブリンの群れに突っ込んでいく。

 身体の中をアドレナリンが駆け巡っていくのがわかる。

 今、源一郎は高揚感に満たされていた。

 自分自身の能力を解放することの喜び。

 そして。

 邪悪を切り裂く正義の力を振るうという喜び。

 ヤクザの若頭は、今、ヒーローの快感に酔っていた。


 刀を振るう源一郎は、まさに無双の剣豪だった。

 戦国の世や、幕末の戦乱の時期にでも生まれるべきだったのかもしれない。

 一本の日本刀で、ばっさばっさと切り捨てていく。

 しかも、その姿は可憐な少女だ。

 違和感を通り越して、美しさすらあった。


 馨は、その姿に思わず見とれそうになっていた。

 頭を振って、その幻想を振り払うと、膝立ちでMP5を構え、セレクターを単発に合わせて、引き金を引く。

 H&K MP5の特徴は、その精度にある。

 500m以内なら狙撃銃として使われるほど精度が高い。

 その精度を利用して、馨は一発ずつ丁寧にゴブリンに弾丸を撃ち込んでいく。

 そして、馨も源一郎の言う、身体能力の向上を少し実感し始めていた。

 狙いを定めて、引き金を引く。

 もう一度、別のゴブリンに狙いを定めて、引き金を引く。

 その単純な行動の速度が上がっていた。

 源一郎に恐れをなして、逃げ出すゴブリンはことごとく馨が仕留めていた。


 そして、気がつくとゴブリンの肢体の山の真ん中に、源一郎が立っていた。

 振り返って、馨に向かって笑う。

 頬についた返り血は、凄惨という一語に尽きるが、その笑顔は美しかった。

「さて、この部屋は終わりだ。宝箱はあるのかな」

「あるでしょうね」

 見回すと、隅に金属の箱。

 近づいて開けると、9mm×19の弾丸の箱と片手で食べられる小さな羊羹がいくつか。それとエナジードリンクの缶が入っていた。

「お、羊羹、ありがたい」

「どうぞ。僕はとりあえず弾丸をいただきます」

 MP5の弾倉はほぼ使い切っていた。

 馨は片隅に座って、ミリタリーポーチに放り込んだ空弾倉を取り出し、弾丸を装填し始める。

 死体を見ると、二十~三十はある。このペースで現れると、弾丸が何発あっても厳しいだろう。

 次の部屋でも、弾丸の補充があるのを祈りつつ、馨は一発ずつ詰めていく。


 そして、源一郎は、手に入れた羊羹をほおばる。

 甘味が身体に染みていく。

 食べながら周囲を見回すと、ドアがいくつか。

 出てきた部屋と同じように、数を示す丸がついている。

「あと、いくつ部屋があるかな」

「まあ、何とかなりますよ。二人なら」

「そうだな」

 源一郎は笑う。

―何とかなりそうだ。―

 源一郎は頬に返り血をつけたまま笑った。

 凄惨な笑顔だった。

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