第6話 魔王、女に説得される

 翌朝、俺が目を覚ますと、ロザリーは既に身支度を終えていた。


「おはようございます、カインド様。ご気分はいかがですか?」


「うむ、体調も気分も問題ない……ロザリー、お前の方はどうだ?」


「私なら大丈夫、カインド様が一緒に寝てくれたおかげで、十分癒やされました!」


「そ、そうか……それならよい」


「カインド様、一つお願いがあります」


「何だ? 言ってみろ」


「その……昨晩のことはお気になさらないでください。私、もうカインド様にご迷惑をおかけしませんので……」


「俺は気にしていない。お前も気にするな」


「……わかりました。優しいんですね、カインド様は……そんなところも魅力的です……わ、わたし先に外で待ってますね!」


 ロザリーは顔を真っ赤にしながら、部屋を飛び出していった。


(魅力的か……魔界では散々サキュバス女淫魔どもに言われてきたが、まさか人間の女に言われるとはな……フッ……魔王が人間にとって魅力的など笑い話にもならん)


 俺は笑みをたたえながら身支度を調え、外へと出ていった。



 ◆◇◆



「ロザリーよ、ゼント城まではあとどのくらいだ?」


「もう大分近くまで来ています。それほど時間はかかりませんよ」


「そうか……それでは、早速出発しよう。案内せよ」


 俺達がゼント城へ向かって歩き始めて少し経った頃、ロザリーが俺の目をまっすぐ見つめてきた。


「何だ? 何を見ている?」


「いえ、昨日、カインド様は『ゼント城に俺自身の仇がいる』と仰っていました。それはやはり勇者様のことなのですか……?」


「そうだ。俺は奴を殺しにいくのだ」


「勇者様を……でも、もしゼント城に勇者様がいなかったら……?」


「いちいち勇者に『様』なんてつけるな。イライラする。もし、お前の言うように勇者が城にいなかったら、城にいる人間を皆殺しにして、勇者の帰りを待つ」


「そ、そんな! それはダメですよ!」


 ロザリーは俺の前に立ちはだかって、両手を広げた。


「皆殺しなんて、とんでもない! 城にはたくさんの女性や子供もいます! それに屈強な兵士達も大勢いるし……いくらカインド様といえども無傷では済まないかと……カインド様もベストの状態で勇者と戦いたいでしょう?」


(確かにロザリーの言うとおりだ……おそらく俺は女子供を殺せないだろう……それにまだ完全に力を取り戻していない今の俺では、少し、ほんのちょっぴり、苦戦するかもしれん……)


「チッ! では、勇者がいなかった場合はどうすればいいと言うのだ? 城の外で勇者の帰りを待っていればいいのか?」


「え~っと……あ、そうだ! とりあえず新兵試験を受けるというのはどうでしょう?」


「何だと?」


「兵士として採用されればゼント城に居座る口実ができます! そして、勇者が戻ってきたら戦いを挑む! どうです!? この案は!?」


「ゼント城は、今、新兵を募集しているのか?」

 

「はい! それは間違いありません! ゼント城は今、軍備増強のために新兵を全国各地から広く募集しています。カインド様なら必ず採用されますよ! ね? 城に勇者がいなかったら、皆殺しなんて物騒なことはやめて、新兵採用試験を受けましょう!」


(お、俺が……この俺が新兵だと……そこまでプライドを捨てなければダメなのか……く、悔しい! 俺はこの怒りをどこにぶつければいいのだ! 畜生! 無性に人を殺したくなってきたぞ! ……落ち着け、耐えろ、耐えるんだ、カインド! すべては勇者を殺すため! それに今、勇者がゼント城にいないとは限らん!)


「……わかった。もし今ゼント城に勇者がいなければ、ロザリー、お前の言うとおり皆殺しはやめて新兵試験を受けてやる……」


「さすが聡明なカインド様です! 懐が深いです!」


「嬉しくない」


「ちなみに、わたしは女性使用人として働くためにゼント城へ行くんです!」


「興味ない。もうわかったから少し黙っていろ」


(くそっ! 忌々しい! 勇者め……城にいろよ……今、城にいれば問題ないんだ……必ず殺してやる!)


 俺はスタスタと歩くロザリーの後ろを、トボトボとついていった。



 ◆◇◆



 俺達がゼント城へ着くと、門番らしき男二人が俺達に質問してきた。


「ここはゼント城だ。何用か?」


(チッ! 偉そうに……今、この場で首をはねてやろうか……)


「聞こえていないのか! 何用だ!」


「チッ!」


 俺が剣を抜こうとしたのを見て、慌ててロザリーが割って入った。


「私たち、勇者様に会いたくて来たんです。勇者様はいらっしゃいますか?」


「勇者様? 勇者様なら今、北へ遠征なさっている。近いうちにお戻りになるだろうが……用がそれだけなら出直してこい」


「何だと!?」


 俺の怒りが頂点に達したとき、ロザリーが俺に対して叫んだ。


「ダメ、カインド様! 深呼吸して! 落ち着いて!」


(くそっ! まだ耐えろというのか! この俺に対して『出直してこい』などとほざいたんだぞ! くそっ! くそっ! 我慢だ! 我慢しろ、カインド! 深呼吸だ!)


「スー……ハー……スー……ハー……ロザリー、俺の代わりにこいつらに説明してくれ……今の俺は何をするかわからん……」


「は、はい! あの~、私たち、ここで働きたいんです! わたしは使用人として、この方は新兵試験を受けたいんです!」


 門番はロザリーの言葉を聞いて、しかめっ面をした。


「何だ、それを早く言え。よし、入れ。中に行けば係のものが貴様らを案内する」


「はい。わかりました! ありがとうございます! さあ、カインド様、中へ入りましょう!」


 俺はロザリーに無理矢理引っ張られながらも、門番の顔を睨み続けた。


(覚えておけよ……勇者の次は真っ先にお前らを殺してやる!)

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