第6話 突然の連絡 ♂
海外の大学の編入も無事に決まり、出発の準備もあらかた終わった。
後は来週の飛行機に乗り込むだけ。
その時詩桜里の母親である詩穂さんから連絡があった。
どうやら詩桜里が深夜に飲酒運転の車に引かれて事故にあったらしく、今は意識不明の重体で予断の許さない状態らしい。
それを聞いた瞬間僕はざまあみろと思ってしまった。
でもそれ以上にショックも大きくて。
大きく気持ちが揺れ動いた。
詩穂さんからは「もしかしたら最後になるかもしれない……だから、会ってやって欲しい」とお願いされた。
一応、向こうの両親にも別れた事は伝えてある。
理由も詩桜里が浮気したと隠さず伝えていた。
最初は二人共信じられないと言った様子だったけど、最後は僕の言葉を信じて詩桜里の代わりに謝罪までしてくれた。
だからこそ、その上でお願いされている意味は分かった。
ただ僕も全てを忘れて、即答で『はい』とは答えられない。
なぜなら、未だに僕は彼女の事を引きずっていたから。
何かあるたびに思い出す彼女の面影。
忘れたいのに、忘れられない記憶。
僕は簡単に割り切れないほどに彼女の事を愛していた。
だからこそ裏切りが許せない。
あの男の下で喘ぐ詩桜里が忘れられない。
出来るのなら記憶を消してやり直したい。
でもそんな事出来るわけ無くて。
会えばまたこの辛い気持ちが、否応無しにぶり返すかもしれない。
考えがまとまらず言葉に詰まっていると。
電話越しに詩穂さんから悲痛な声が聞こえ始める。
「お願い谷塚君。こんな事を頼むこと自体厚かましくて迷惑なのは分かってるわ。けれどもう娘は生きる気力を失くしてるの多分もう……。だからせめて最後に会ってひと言だけで良いから声を掛けてあげて欲しい。せめてもの手向けとして」
話からすると想像した以上に様態が悪いのかもしれない。
だからこそ母親としてはなりふり構って居られないのだろう。
厚顔無恥だと分かっていて、僕に懇願するほどに。
「分かりました。会うだけなら。どの道もう来週には日本を離れますから」
「ありがとう谷塚君……ありがとう……」
電話越しに何度も感謝された後すぐに家を出ると、タクシーをつかまえて詩桜里が入院している病院へと向かった。
僕としては完全に決着を付ける意味もあった。
渡航前に気持ちを整理して、新しい僕として向こうでやり直すためにも―――。
そして病院に着いて、目の前にした詩桜里の姿。
包帯まみれで管につながれ、以前の面影は無い。
一命は取りとめたが意識は戻らず、このままでは衰弱していく一方ということらしい。
このまま意識が戻らなければ長くない。
だからこそ、僕を呼んだらしい。
「ごめんなさい谷塚君。貴方を巻き込んでしまって、でもこの手紙を見たら娘が悪いと分かってても。最後くらいはと思ってしまって」
そう言って手渡された手紙には謝罪の言葉と後悔の言葉がびっしりと書き綴られていた。
きっと口では伝えられなかった気持ち。
実際こんな状況でなければ、詩桜里を目の前で相手をする気になんてならなかっただろう。
でも定まらない気持を確認するには丁度良かったのかもしれない。
「いえ、僕もちゃんと気持ちの整理を付けたかったので」
僕はそう告げ、改めて詩桜里に目を向ける。
痛々しい姿。
やっぱりこれを見て裏切った報いだと素直に喜べなかった。
だから僕なりの精一杯の言葉を投げ掛けた。
「詩桜里。本当に償いたいなら生きて、反省して、後悔して、その上でもう一度謝りに来てよ、簡単に諦めて楽になるなよ。ズルいだろう」
痛々しい詩桜里の姿を見て、手紙で気持ちを知っても、やっぱり簡単に許すとは言えなかった。
でも死んでほしくも無かった。
そんな僕の言葉が通じたのか、僅かに詩桜里の指が動いた気がした。
だけれどそれは気のせいで、詩桜里はやっぱり起きる事はなかった。
僕はそれ以上は掛ける言葉が無くて、詩穂さんに散々感謝をされて病院を後にした。
そこから出立の前日まで特に連絡は無かった。
連絡があったのはその出立の前日。
詩穂さんから連絡があった。
内容は、詩桜里が僕と会った翌日に意識を取り戻し少しづつだが回復していると言うこと。
最近ようやく話しが出来るようになるまで回復したらしく、僕に会いたがっているらしいとの事。さらに詳しく事情を説明された上で。
「会う会わないの判断は谷塚君に任せます。私達は一度貴方に無理を言っているから、会わない選択をしたとしても貴方を責めないし、会えない理由をちゃんと説明するので、自分がどうしたいのかで決めて欲しい」
そう言われて、自分の気持ちを確認する。
そして出た僕の答えは。
「分かりました。もう一度だけ会わせて下さい」
「……ありがとう谷塚君。私達は返しても返しきれない借りを貴方に作った。娘がしたことも加味してね。だから、いつか必ずこの恩は返させてもらうから」
そう言って詩穂さんに感謝された。
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