フリーターが拾った催眠を人気アイドルに掛けた結果

白瀬

第1話 クビ



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「せんぱい」


 真っ黒な髪をボブカットにした後輩が、隣のレジからこちらを見ていた。


「さっき、助かったっす。対応」

「……あー。いいよ、別に」

「何で私ばっかり話しかけられるんすかね……。先輩みたいなベテランっぽい人の方が、お客さんも安心じゃないんすかね」

 

 そりゃ、可愛い女子高校生に接客してもらった方が気分が良いだろうからな。

 首を傾げているこの後輩は、そういうことをあまり分かっていないらしかった。


「そうだ! あのゲーム、今度またやらないっすか!」


 客がいないので、雑談が続く。

彼女の大きな瞳から、俺は自然な風を装って視線を逸らした。

 

「大分良くなってきたっす。そろそろ先輩を泣かせる日も近いっす」

「……楽しみにしてるぜ。止めてみろ、俺のゴリラを」


 前に一回だけ店の休憩室に持ち込んで、二人でゲームをしたことがあった。

 数か月前にこのコンビニに入ってきた彼女の教育担当に俺がなって以来、仕事中もぼちぼち話すくらいの仲だった。


「そういえば最近、進路選択希望調査みたいな紙を貰いました」

「おー」


こいつ、高一だったっけ。

 俺も当時は考えたもんだ。まあ、結局たいして選択肢は無かったけど。


「参考にしたいんすけど、先輩は将来何したい、とかあるんすか?」

「ん~。……特にない、かな」

「そうなんすか? えぇ、じゃあ、何で生きてるんすか?」

「え、いや、極端すぎないか?」


 思わず彼女の方を見れば、こちらをまっすぐに見つめる眼差しとぶつかる。

 知らねえよ、フリーターに聞くな。

 そんな言葉を飲み込みつつ、またやってきた客の相手をしていると、彼女のシフトが終わった。


「じゃあ、お先っす」

「あ、おい」

「なんすか」

「あの大学生たちいるじゃん、最近入って来た」

「えーっと」

「ほら二人一緒に入ってきた、男の」

「ああ。はい、それが?」

「この間、お前の話してたから、気をつけろよ」

「? はーい」


 彼女は、こてりと首を傾げながらそんな伸びた返事をする。


「ナンパみたいな話だって」


 分かってなさそうだったので、つけ加える。


「あー。そうなんすね?」

「流星群が見れる、とか言ってドライブに誘われてもついていくなよ」

「んー。うちのベランダから望遠鏡で見るの、結構好きなんで」


 まだズレている気もしたが、乗り気ではなさそうだから良しとした。



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 その後、更に残ってシフトをこなし、本日のバイトは終了。

 更衣室でエプロンを外し、使い古されたロッカーに仕舞う。


「てか、あの子マジで原石じゃね?」

「それな。地味な感じだけどおっぱいでけえし」


 一人帰る準備を進める俺から少し離れた場所では、終わりが一緒だった大学生連中二人が話している。


「今度、何とかデート誘って、酒飲まして持ち帰りキめるか」

「常套テクじゃん。でも流石に高校生はやばいっしょ」

「えー、ワンチャンいけねえかな」


 聞いているだけで不愉快になる話だ。しかも話題になっているのが、自分にそれなりに懐いてくれている後輩ならなおさらだ。

 筋肉質で茶髪にパーマをかけた男と、細身で黒髪マッシュの二人。さっき後輩に注意するように言った例の大学生たちだ。

 明らかに遊んでいそうな見た目のパーマ男に対して、マッシュが、でも、と言った。


「俺、あの子とワンチャンあるかもなんだよな」

「は、マジ? 逆にお前が?」

「『カタストロフィー』のファンクラブ会員限定のリリースイベント、当たったんよ」

「え、すげえな。俺も行きてー」

「でしょ。あの子もファンみたいでさ。いつも素っ気ないのに、誘ってみたら『いいっすね!』って言ってたのよ」

「え、それもう行けんじゃん。お前、ずりぃー」


 彼らは盛り上がっているが、たぶん上手くはいかないだろう、と思った。

 この前のクリスマス、どうしても外せないから、と言われシフトを彼女と代わった。

 十中八九、彼氏だろう。

 太陽は東から上り西に沈む。可愛い子には彼氏がいる。この世の摂理だ。


「あ~、渡辺サンは『カタストロフィー』って知ってます?」

「……お疲れ様です」


 こちらに振られた質問には答えず、俺は軽く会釈して更衣室を出た。

 薄い扉越しに、残った彼らの話し声が聞こえていた。


「感じ悪くね?」

「それな。友達いなそー。しかも絶対童貞」



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「あ、ちょっと」


 店を出た所で、丁度出勤してきたらしい店長とすれ違った。

 呼び止められて、開口一番に、明日から来なくていいから、と言われた。


「急な話で悪いんだけどね。苦情来てるんだよ、君が高校生の子にセクハラしてるって。結構入ってもらってたけど、もう来なくていいから。……そこまで常識ないと思わなかったわ」


 一方的に言われて、それで俺はクビらしかった。


「……クソ」


 高校生とは、あの後輩のことだろうが、彼女にセクハラなどした覚えは当然ない。

 そんなデマを店長に伝えるとすれば……あの大学生たちだろう。彼らはよく店長と話していた。若者に好かれるおじさん、という立場に店長は気を良くしているようだった。


 一定気持ちは分かってしまうが、実態は単にあの大学生たちがリスペクトに欠けているだけだ。

 しかし、店長は俺が真実を訴えても信じてくれないだろう。

 こういう時、俺というフリーターの社会的信用の無さが身に染みる。

 あの後輩のことはやや気がかりだが、泣き寝入りするしかないようだった。



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 通りに出ると、今年の厳しかった冬の名残を知らしめるような風が身に染みた。 

 スマホを見ながら歩いていると、どん、と衝撃があり、労働で疲労した身体がよろめいた。

 見れば、向こうから走って来た子供にぶつかったようだった。

 大した衝撃ではなかったが、丁度手に持っていたスマホが地面に落ちた。


「あっ、ごめんなさい」


 子供は慌てた様子で俺のスマホを拾い、汚れでもついていたのか、丁寧に袖で拭ってから、俺に手渡した。


「怪我はないか?」

「はい。おじさんは大丈夫ですか?」

「……あ、うん。大丈夫」


 すみませんでした、と頭を下げた後、子供が走り去っていくのを、ぼさっと突っ立ったまま見ていた。

 おじさんか。

 髭は伸び放題だし、髪も何か月も切ってない。

 今の俺を見て、まだ二十歳にもなってないと思う奴はいないだろう。


「はぁ……」


 あの大学生たちも、最低でも同い年か、年上だ。

 彼らが小遣い稼ぎにバイトをし、大学での学問やサークルで青春を謳歌する一方、俺は毎日働くだけ。

 そして多分、これからもずっと同じような日々が待っていて、俺が失った青春は、もう二度と――いや、これ以上はヤバい。

 脳が警鐘を鳴らしていた。

 その先を考えても、気分が落ち込むだけだ。

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