第34話

 ヒヤマとうちの6階の住人つー君…かみ つかさは同一人物で、事件に巻き込まれて亡くなった双子の兄弟の名前をかたって報復を試みている。


 報復したい気持ちと、それを止める事も望んでるかもしれないこと。

 そしておそらく先輩も恋人の死をきっかけに似たような境遇にあり複雑な心境を抱いているらしかった。


 遂行したい、止めたい、どちらも本音なのだと思う。


 ここでわたしたちが足止めされているということは先輩の思惑の中にロム君の存在が必要だということ?




《ヒルコの能力は恐らく精神操作系だよ。夜神もすでに術中にある可能性は否定できない》



〈ねぇ、わたしたちは?特に何か儀式を受けたわけではないよね。〉


 わたしは特にヒヤマから儀式的なものも受けた覚えはないし、強いていうならあの死神と対峙した事くらい。それ以前から人の心がわかってしまうのはもはや体質に近い。


《メリさんも僕も先天性って言って良いんじゃないかな。それに僕の幼い頃からのいわゆる予見は、特殊能力というよりは厳密に言えば緻密な予測。》


 一瞬にしてブワーっと意識が雪崩れ込んでくる。


 予見は不思議な力ではなく飽くまでも緻密な予測、その意味を理解した。

 例えば普段なら意図しない視界に入った程度でも事細かに記憶していたり、また見ていない事ですらそれまでの膨大な情報を元にリアリティを持って再現して想像する力であったり、研ぎ澄まされた繊細な感覚で多量の情報を汲み取ることが出来たり。


 レイ君の場合、様々な情報から特に身近な存在であるお母さんの小さな異変に気がついたのだということ。


 それは呼吸の乱れであったり、炎症の反応によるわずかな呼気の匂いの変化、

 それにレイ君はお父さんが医療従事者だから見聞き知る情報が他より詳しく、より緻密な予測や推論に至った結果なのかも知れない。


 いやいや、十分過ぎるほど特殊な能力って言えると改めて思うけども。


《まだ幼かったから理論的には説明出来なかったけどね。そもそも大人でも言語的表現は難しいところだけど。》


 あまりに膨大な情報は精査するにも言語化するにも難しいことがよくわかる。



《メリさんの、悟りもそういう意味で似ている。》



 何故だろう、えもいわれない感覚に包まれる。言葉を超えて、ヒトの頭脳では理解を超えたところにある、だけど確かなものを共有しているという感覚。



 感動とも安心感とも言い難いなんとも言えない心地。



《とりあえずヒルコは僕が説得するからメリさんはキリクと合流して夜神のところに向かって!》


〈レイ君は?大丈夫なの?〉


 その、先輩の持つ精神を操作する能力というワードに不穏さを隠しきれなかった。



《僕はヒルコに負けない。ヒルコだって言ってただろ?止めて欲しいって。》


 先輩が確信的にそう言った訳ではなかったけれど私も同じように感じていたから腑に落ちた。


 憶測でしかないけど、ヒヤマを介して儀式を経た術者は強力な能力を得る代わりに何らかの対価や制約が発生している。

 そういう意味でレイ君も私も生まれつきだからその効力の外側に居る立場なのだろうということ。


 そう、私たちは自分の意思で動ける。


 ————それはキリクにも当てはまる。




 あまりにも膨大な情報のやり取りが繰り広げられる中、不意に意識がふつりと戻る。



 なのにそれはたった1秒にも満たない出来事だったみたい。

 先輩はまだ自販機の方に向かう途中の姿が見える。



 レイ君と目を合わせると「行って」と促すように頷いた。


 そっと立ち上がり、速やかに先輩とは反対の方向に足を進める。公園は街外れの高台に位置していた。

 レイ君と一瞬のうちにやり取りした情報を手繰り寄せ、頭の中を整理しながら足早に歩く。

 車を止めた場所とは離れた別の公園の出入り口から階段を駆け降りると閑静な住宅街に続いていた。


 しばらく歩いて住宅街に差し掛かる辺りでようやくキリクとコンタクトを取る為に携帯を取り出す。

 既にメッセージが何件か届いていて、キリクは位置情報を書いてくれていた。

 連絡して一番近くのコンビニで落ち合うことにする。



 しばらく歩いて、コンビニの近くで待機していると程なく単気筒エンジン独特の単車の音が近づいてきた。


「芽理、後ろ乗って。」


 キリクはエンジンを掛けたまま降りる事もせずヘルメットを私に寄越し、促す。

 受け取ってすぐに装着し、後部シートに座るとすぐさま単車は発進した。



(ロム君……無事で居て!!)


 ロム君にはロム君で目指しているものがあるのはわかる、だからといって誰かの思惑に巻き込まれて危険な目に遭って欲しくない。





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