第33話
「ずいぶんと楽しそうじゃないか」
聞き覚えのある声がした。……空から。
「な! お前は……!?」
人々の間にざわめきが走る。
「私を差置いてお祭り騒ぎなんて、寂しいじゃないか」
空中に、女の子が浮かんでいた。
長い黒髪、猫のように鋭く光る青色の瞳。漆黒の衣をまとった小柄な彼女は、わたしが待ち望んでいたその人だった。
「ミレイユ!?」
思わず叫ぶと、ミレイユは一瞬こちらを見て、ニコッと笑った。
「何をしている!? 奴を撃つんだ!!」
「はっっ!!」
王の命令で、兵士たちが一斉に、ミレイユに向かって銃を発射する。
「……遅い」
ミレイユは低く冷たい声でそう言って一瞬で、手のひらに光を集める。そしてそれを兵士たちに向けて放った。
手から放たれる光の波動で、銃弾は跳ね返り、兵士たちを襲う。
兵士たちが怯んでいるあいだに、ミレイユは余裕といった様子で降り立ち、わたしの元へやってきた。
「助けにきてくれたの!?」
「別に……ちょっとうるさかったから見にきただけだ。退屈だったもんでな」
やっぱりミレイユは素直じゃない、けど。
「でもまあ……、恩もあるしな」
そう言って笑う。ミレイユの手がわたしに触れると、わたしを十字架に縛りつけていたロープが消えて、わたしの身体は自由になった。
しかし、そこまでしたところで、先ほどの攻撃から持ち直した兵士たちが体制を変えて、わたしたちを四方から取り囲んだ。
「……下がっていろ」
兵士たちはわたしたちに向かって、さらなる銃撃をおこなう。しかし、ミレイユはすべて跳ね返し、さらに今度はさっきよりも大きな光の玉を手のひらから生み出した。
「私の友人を、よくも傷つけてくれたな」
ミレイユは淡々とした喋り方だったけど、その声色から、かなり怒っていることが伺えた。
「それから……百年前の恨み、ここで晴らさせてもらうぞ」
そう言って、今度はにやりと笑う。冷たい声色に、わたしまで、背筋がぞくっとなる。
「さて。死にたいやつからかかっておいで」
力の差は歴然だった。
先ほどの銃弾を跳ね返す攻撃を受けて、もう立っていられる兵士は残っていなかった。
「おや。もう終わりか。……なら、お前で最後だな」
ミレイユはそう言うとふわり、と飛んで、国王の目の前に降り立ち、彼の喉元に笛を突き立てようとした。
誰もが絶望したそのとき、白いドレスを着た少女が、国王とミレイユとの間に割って入った。
……その姿はまるで”聖女”のようだった。
「エレノア……!?」
「だめっ……もうやめてっ!」
エレノアは泣きながら、ミレイユに攻撃をやめるように懇願する。
「ほう。父をかばって死ぬか。殊勝なことだな」
ミレイユは全く容赦しないといった様子で、今度はエレノアの喉に笛を向ける。
「ミレイユ、だめ、これ以上は!」
わたしは慌ててそれを止める。
「瑠衣。正気か? こいつらはお前を火炙りにしようとしたんだぞ!」
「誰も、ミレイユに勝てないよ。お願い、もう終わりにして」
わたしはそう言う。もうみんな戦意を失くしている。これ以上はただの虐殺だ。
「ダメだ。こいつらは百年前、私を封印した者たちの子孫だ。生かしてはおけない」
そう言うと、ミレイユは手にした笛を構え、浮遊しながら音を鳴らし始めた。久々に聴いた甘い高音のメロディが心地よく耳をくすぐる。こんなときだけど、随分と気持ちよさそうに吹くなあ、と感心してしまう。
人々はミレイユの笛の音を聞いて、誰もが身体の力が抜け、その場に座り込んでしまった。完全に気を失って倒れ込んでしまう者さえいた。
誰も、ミレイユの笛の音には勝てないんだ。
そのとき、わたしは気づいてしまった。
「ミレイユ、どうしてもやめないなら、わたし」
わたしは処刑台の端に一緒に置かれていた、愛しい相棒を手に取る。そして、容赦無く音を鳴らした。
……ミレイユの苦手な、"和音"を。
「わ、あっ……っ」
頬を赤らめ、地面に墜落するミレイユ。
「痛っ……。瑠衣、やめろ……その音はっ」
「へへ。しばらく会わないうちに、上手になったでしょ?」
わたしはさらに音を鳴らす。せっかくなので、今までミレイユの前で演奏してこなかった多くの曲を披露する。久々に聴いた刺激に、ミレイユは耐えきれなかったようだ。
「うううああああっっ」
ミレイユは顔を真っ赤にして呻き声をあげ、その場に倒れ込んでしまった。
「わかった……わかったから、もうやめるから、その音を止めてくれ」
「うん。わかった」
わたしは弾くのをやめると、すぐにミレイユの手をつかんで、捕まえる。
そこへ先ほどまで座り込んでしまっていた従者たちもやってきて、ミレイユはロープで縛られ、拘束された。
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