第10話
数時間後。
「はあ……はあ……っ。なんとか慣れてきたぞ」
特訓を重ねて、ミレイユは少しずつ”和音”というものに慣れてきたようだった。
「そっか……よかった」
ミレイユが慣れてきたというのを聞いて、つい嬉しくなって言うのだけど。
「じゃあこれからは、いっぱい合わせられるね!」
「ううう……」
ミレイユは、呻き声を上げて、ごろんと倒れ込んでしまった。
「そろそろ休憩しようよ」
ついつい横になってしまっているミレイユの頭をぽん、と触る。
ミレイユは「うぅ……」と小さく呻きながらされるがままになっている。ちょっと前まで偉そうにしていたミレイユがこんなふうになってしまうなんて、面白くて、思わず笑ってしまう。
なんだか可愛いな、とつい思ってしまったことは、本人に言ったら多分殺されるだろうから黙っていようと思った。
「よし……もう一回だ」
しばらく休んだ後、ミレイユは再び立ち上がる。そしてわたしに、もう一度楽器を弾くように促してきた。
わたしがさっきまで弾いていた曲をまた弾き始めると、ミレイユは自分のフルートを取り出し、ギターの演奏に合わせ始めた。
驚いた。ミレイユの奏でるメロディは、今まで聴いたことのないくらいの美しい音色で。今度はわたしのほうが、ドキッとしてしまう。
「いいぞ……なんだかその音も心地良くなってきた」
ミレイユはまだ頬を赤くしながらも、そう言う。まだフラフラしているようにみえるけれど。
「うん! いい感じだね! ミレイユの笛も素敵だよ!」
わたしがそう言うと、ミレイユはまた顔を赤くしていた。
ミレイユの笛と共に音楽を奏でていると、わたしの頭の中もほんの少しだけとろん、としてくる。それは今までに感じたことのない感覚で。
だけど、それがなんなのかは、わからなかった。
「ふう……ちょっと休憩しないか。そろそろ瑠衣も疲れただろう」
今度はミレイユがそう言って、笛を吹く手を止める。
「うん」
わたしもギターを置く。朝から特訓を始めたのに、気づけばいつのまにか、あたりはすでに暗くなってしまっていた。
「おいで」
そう言うとミレイユは、わたしの手をとって。次の瞬間、何の前触れもなく、屋根の上に飛び上がった。
「わぁっ」
驚いて、思わず声を上げてしまう。
「瑠衣も、こっちは、まだ慣れないみたいだな」
「そりゃそうでしょ!」
わたしはそう抗議する。普通の人間が、飛ぶことにそんなに簡単に慣れるわけがない。
「さっきのお返しだ」
そう言うと、いたずらっ子のようにミレイユは笑った。
「見てごらん」
ミレイユが上空を指差す。言われるままにその先を見れば、満点の星空が広がっていた。
「すごい……綺麗!!」
「そう言うと思ったんだ」
ミレイユはやっぱり魔女だ。
さっきは情けない姿も見てしまったけれど、不思議なくらいこちらのことをよく見ているし、気遣ってくれているのがわかる。
「瑠衣のいた世界は、どんな世界だった? こことはずいぶん違うのか?」
「うーん、そうだねえ。全然違うよー! まず魔法もないし魔女もいないし……」
ミレイユはわたしのの元いた世界に興味があるようだった。
「ほう……では、あのギターとやらは、あの音楽は魔法とは違うんだな」
「うん。少なくとも私のいた世界では、そう思っている人はいないと思う」
「瑠衣の世界では、音楽が当たり前のものとして生きているのだな。……それでは笛の魔女も居場所を無くしてしまうな」
ミレイユはそう言って苦笑いする。だけどこのときのわたしには、まだミレイユの言っている意味がよくわかっていなかったのだった。
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