第7話

 目の前に、複数の男が現れた。いかにも無頼者といった風貌の男たちだ。ひと仕事終えてきたところなのか、着ているものは汚れており、うっすらと生臭い匂いがした。


「おい、こんなところにガキがいるぞ」

「本当だ。結構、綺麗な顔してやがるじゃねえか」

「連れて行こうぜ」


 男たちはそう言うと私を取り囲む。

 

「可愛い嬢ちゃんだな、もっとよく顔見せろよ」


 男の一人は、そう言って私の腕を掴み、顎を引き寄せてひとの顔をじろじろと眺めてくる。


「青い目をしてやがる。こいつは珍しい、きっと高く売れるぞ!」


 なんて無礼な奴だ、と蹴り飛ばそうとするが、あいにく寝起きの身体はまだうまく稼働してくれなかった。


「やめろっ……離せ!」


 抵抗するも、男の力は想定外に強く、びくともしない。やけに図体のでかい男もいたものだ。そう思ってもがきながら私は、今更になって気づいた。


 自分の身体が幼い少女のそれに変わっていたことに。


「こんな森にひとりで来た悪い子には、お仕置きが必要だよねー?」


 今度は別の男が、私の髪に触れる。その指を通じて、男の劣情が伝わってくる。とても不愉快だ。


「私に触れるなっ! この無礼者が!」


 たまらず声を上げたその時、遠くから何かの音が聞こえてきた。


「おい……なんか、音がするぞ」


 ……ポロン、ポロロン。


 何かを、弾くような音。低音から高音まで、流れるように音が並ぶ。それは聞いたことのない音楽だった。


「なんだ、この音は……」

「誰か……いるのか……?」


 突然の聞き慣れぬ音に、男たちは騒然となる。そしていつのまにか、彼らの身体には異変が起きたようだった。


「うぅ……苦しい……っ」

「……なんだ? 身体が動かないぞ!?」


 鳴り続ける音に堪えきれず、彼らは頭を押さえ始めた。


 よし、チャンスだ。


 その隙に、私は自分を拘束していた男の腕を払い、蹴りつける。男は勢いよく吹っ飛び、木の根に思い切りぶつかった。


 続けて他の男たちにも攻撃を喰らわせる。一人を投げ飛ばし、別の者は蹴り飛ばし、さらに別の者は腹を殴り、それぞれ気絶させた。


「ふぅ……」


 ようやく自由になり、思わずため息が漏れる。危ないところだった。


 言いながら男たちの荷物を漁る。荷物の中身から得た情報と、周りの木々の様子から推察するに、ざっと百年ほど眠っていたことになるのだろう。男たちの持っていた古い地図の地形と国名には見覚えがあった。そしてそこには、今私が立っているこの森の名前も記されている。


 そこにはこう書いてあった。『笛の森』と。


「忘れてて、悪かったよ」


 私は、さっきまで自分が寝ていた巨木の幹に手をかざす。白色の光とともに、横笛相棒が姿を現した。手にとって軽く息を入れると、軽やかに音が鳴る。これでようやく、準備がととのった。

 

「これが”伝説の魔女”だなんて、すっかりなまってしまったな」


 まぁ、寝起きだから、仕方ない。しかし、さっきの音は一体、誰が……?


 私が周りを見渡していると、背後でガサゴソと何者かが動く音がする。


 反射的に飛び退いて、そちらに向き直る。


「そこにいるのは誰だ? 姿を見せろ」


 すると、草むらの中から見慣れぬ大きな箱を担いだ少女が出てきた。


「えっと……これは一体」


 歳の頃は十四、五といったところ。肩まで伸びた茶色の髪に、やたらと手足を露出した妙な格好をしている彼女は、驚いた様子でこちらを見つめていた。


 それが私と、この少女、瑠衣との出会いだったのだ。


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