第9話 オレは今、ダンジョンにいます、と
『こちらレーダー-1、オオルリ-1がレイク-1と接触しそうです』
現場からの報告だった。となると指示が必要だが、あいにく上司は席を外している。つまり指示を出せるのは自分だけだが……。
「(どうしたものか……いや)」
平岸は先日の対応を思い出していた。つまり澄川トウヤと雲雀ヶ丘クロエとがエンカウントする展開を上司が許容した時のこと。
あの時は澄川トウヤが納品済みだった。その状況は今も当てはまる。
「(納品済みだしいいか)……各位、静観でオーケーです」
「トウヤお兄ちゃん」
「お゛……
ルリと出くわしたトウヤは一瞬で腰が引けていた。
しかしそれを気にする
「ルリで良い」
「……」
「ルリで良い」
「……ルリ…………さん」
「むぅ、他人行儀。ルリは悲しい」
「え、あ、う、す、すみませ……」
「でも今はがまんする」
「ど、どういたしま……して」
「……」
「……」
2人は沈黙したまま見つめ合 ——いや、そこまで言うと語弊があった。
人と目を合わせ続けることなど、澄川トウヤにはできはしない。しかし時折目が合うのでひとまずルリは満足していた。
そうしている間にトウヤの様子が落ち着いてくる。ルリはそれを待っていた。
「久しぶり?」
「え、あ、えと、そう……だね」
嘘だった。少なくともルリは一方的にだがトウヤを認識している。物陰からジッと見つめていた。毎日のように……。
「聞いてほしい。たくさんレベル上がった」
「そ、そうなんだ、よかったね」
「お兄ちゃんのおかげ」
「そんなことは……」
「ううん。おかげ」
彼に追いつかんがためにルリはモチベーション爆上がりだった。レベルもモリモリ上がっていた。それから恋敵の存在も彼女をレベリングに駆り立てていた。
「お兄ちゃん、この前のランキングも1位だった。すごい。さすが」
「ははは……まぁデューフレウムの売り上げに引っ張られてるだけだけどね」
「ううん、お兄ちゃん、ちゃんと強い。わたしは知ってる」
デューフレウムによる実績を除いた場合、つまりその他の産出品 + 戦闘能力だけでも20位以内くらいには入るだろう。現役の冒険者としては上澄みも上澄みだった。
「そういえば」
「?」
「お父さんが会いたがってた」
「オ゛ッ」
「あと心配してた。ごはんちゃんと食べてるかって。お兄ちゃん、お父さん基準だと、ちょっと細い」
自衛官、しかもダンジョン由来の高いレベルを有するゴリゴリの武官ゆえか、ルリの父親は男性の体型に対する認識に若干のバイアスがかかっていた。トウヤは多少
「だからその……お兄ちゃん、このあと時間、ある? ウチでごはん、食べる……?」
「えー……あー……えー……と」
ルリは愛らしく首を傾げた。上目遣いで、おずおずといった様子で。
普段は感情を表にしない彼女のそれは演技か素か。しかし受け取ってもらいたい意図は同じである。
一方その頃……トウヤは冷や汗ダラダラであった。
気持ちはありがたい。いやしかし気持ちだけで十分だった。
彼女からの好感度が異様に高いのは……まぁ分かる。自分がやったことを思い出せばいい。たぶんアレがきっかけだろう。
問題は、自分は成人済み(19歳)で、相手は中学生だという点であって。
同意があるとか無いとかそういう問題ではない。彼女は良いのかもしれないが、『だが
それになにより、そういった感情は普通に同級生同士とかで向け合うべきであろう。大人が出る幕じゃない……みたいなことを説明しようと、トウヤが意を決した、その時。
ぎゅ。
「……ほぁ!?」
「じゃ、行こ」
手を握られていた。そして歩き出す。
「——」
いや……いや、これくらいどうってことない。落ち着け。落ち着くんだ。
大人が子供の手を引くなんて当然だ。子供といっても手を引かなきゃいけないレベルの子供と中学生とではだいぶ違うが、どっちも未成年だから誤差だろう、うん。大人として余裕の態度を、大人として、大人と……。
あれでも? ……いま手を引かれているのは自分の方では?
「おぉぉおぉ……ッ!」
「え、お兄ちゃん……?」
トウヤは崩れ落ちた。当然ルリから手を離していた。
「オレは、オレは何て情けないんだ……!」
「情け、ない? 急に、そんなこと」
「女の子に、しかも年下の女の子に手を引かれるなんて……!」
既に年下の女の子にお姫様だっことかもされているわけだが、そのとき彼は気絶していたのでノーカウントのようだった。
「大谷t……ルリ、さん。ごめん。あとお父さんにも伝えておいてください」
「えっ」
「大谷地さんちには行けません。オレは今、ダンジョンにいます、と」
「えっ」
「鍛えてくるから……もっと強くなるから」
「えっ」
「強くなってくるからぁーーーーーー!」
「あっ……」
トウヤは走り出した。ルリを置いて。彼の通ったあとにはキラキラした何かが残されていた。
「……」
しばし唖然としていたルリ。しかしすぐに気を取り直す。
デートというか逢瀬というか、いずれにせよイベントがひとつキャンセルされたわけだが、その表情は悪くなかった。それどころか彼が走って行った方に熱い視線を向けていた。
「お兄ちゃんが、わたしのために強くなろうと、してる……!」
勘違いであった。彼は自分の変な理想のために走り出しただけだ。
しかし……恋は盲目だ。
「頑張って、お兄ちゃん」
待とう。自分のために頑張る相手の帰りを待つ。それも良き伴侶像のひとつであろう。その役割が自分にやって来たことにご満悦になりながら、ルリは組合をあとにしたのだった。
「……」
モニターを見ていた平岸の表情はすっかり抜け落ちていた。虚無だった。もう何がなんだかさっぱりだった。
しかし気力を振り絞る。どうにか指示を出した。
「えっと……皆さん、今日は解散で」
はーい、という無線からの応答。それを確認してから平岸はヘッドセットを机に置いた。
「いや、何だコレ」
その質問に答えてくれる人はいなかった。
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