『マスコットデート』①

 ♪♪♪♪♪♪♪♪――♪♪♪♪♪♪♪♪――♪♪♪♪♪♪♪♪

『着信音』で意識が夢の世界から引っ張り出される。

(――――――――、ん。あれ)

 違和感。これはアラームの音ではなくて着信音である。

(…………あ、れアラームじゃない?……アラームは?…………アラーム⁉)

 ガバッと飛び起きる。昨日の記憶をいくら掘り返してもアラームを設定している痕跡がない。

(と、とりあえず落ち着け、わたし。で、でででで電話にでなくちゃ)

 震える手でスマホを手に取る。表示されているのは水瀬澪の名前。

「も、もしもし」

[もしもし。千春、おはよう]

「お、おはようございます澪ちゃん」

[いい朝ね]

「そそそうですね」

[?どうしたのかしら]

「い、いや~実は…………まだ家なんだよねわたし」

[…………?わたしもまだ出ていないけれど……あなたそんなに遠かったかしら]

「え」

 千春はスマホの時間を確認する。時刻は七時十五分。

[あなたアラーム掛け忘れていたの?]

「……はい」

[ふふ]

 澪の小さな笑い声が聞こえる。

[モーニングコールをしたのは正解だったわね。遅れないように準備するように。わたしももうそろそろ準備を始めるから]

「うん」

[数時間後に現地で会いましょう]

「うん」

 プツ――――――――

 電話が切れた。

(………………澪ちゃん好き…………好きだー!)

 心の底から湧き上がってくるその気持ちを心の中で叫び続ける千春。

(やっぱり澪ちゃんなんだよね)

 うんうんと頷きながらベットから降りる。そして、洗面所、台所、自室で洗顔、朝食、お化粧とお着替えを完了させた千春。

(よし!順調だ!)

 時刻は八時十分。あと五分後くらいに家を出るとちょうどいい時間に着くはずだ。

(持ち物確認!バックよし、中身もよし、ストラップもよし、スマホもよし、財布もよし!――――)

 五分後。

「行ってきまーす!」


     ☆

 やっぱり休日は人が多い。ぞろぞろと同じ方向に歩いている。だが、少女はその場で立ち止まってしまう。移動していても移動していなくても怖い。

(………………あ、足が……)

 プルプルと震えてしまい動けない状態の詩織。可愛らしいワンピース姿に肩掛けバック。ウェーブがかった長い髪も合わさって全体的な魅力が跳ね上がっていた。千春が見たら速攻で抱きしめてしまうほどだろう。

(…………ど、どうしたら……ッ!)

 目の前に立ちはだかる人影。

(あわわわわわあわわあ)


     ☆


(お腹、空いた…………助けて……)

 ガソリンが切れてしまった自動車のようにのそのそと前へ進んでいるりん。シンプルなデザインの半袖シャツにダボっとした薄いピンクのパーカーを羽織った姿。幼い容姿も相まって可愛らしさが上限突破している。極めつけはパーカーが大きすぎて下のパンツが見えないというところもポイントが高かった。

 りんは力の入らない手でバックをカパッと開ける。家を出る前はたくさん入っていたお菓子がすっからかんである。

(…………間に合わないかも……)


     ☆


(……………………)

 少し大人びて見える少女は無言のまま腕時計を見ていた。ロングスカートがひらひらと揺れている。

 時刻は八時五十五分。待ち合わせ場所で一人寂しく待っているのは澪である。まるでマネキンのように動きがない澪を通行人たちが横目でちらちら見ながら歩いていく。

(………………みんな、大丈夫かしら)


     ☆


「ごめんごめん少し遅れちゃったかな」

「大丈夫よ。九時ぴったりだから」

 千春が慌てた様子で待ち合わせ場所に着いた。澪は少し安心した様子で時間を伝えた。

「……本当にわたしが選んだ方を着てきたのね」

「そうだよ~どう?可愛い?」

「…………似合っているわ」

 その返事に不満そうな千春は唇を尖らせなながら、

「も~う、可愛いかって訊いてんのに~」

「……可愛いわよ」

「えへへ、ありがと。澪ちゃんもか……これはどちらかというとかっこいいかな…………いや………かっこかわいいの方が――」

「――どちらでもいいわ。似合っているならそれで」

「似合ってるよー澪ちゃん!………………あれ、二人は?」

 きょろきょろと辺りを見る千春。

「まだ、来ていないわ」

「そんな気はしてた」

 千春は苦笑しながら言った。

「二人を探しに行きましょうか。それともここで待っていた方がいいかしら」

「んー難しいね~」

「どちらかが来たらもう一人を探すというのはどうかしら」

「それ採用!」


     ☆


 十五分ほどが経って人混みの中から必死にこちらに走ってくる少女の姿が見えてきた。

「――――ご、ごめんなさいい。あ、あの、遅れちゃって……」

「大丈夫、大丈夫!詩織ちゃん今日も可愛いね~似合ってるよ」

「無事で安心したわ」

 千春に撫でられて安心している様子の詩織。

「途中、駅の職員の方に助けてもらったんです」

「おーそれは助かったね」

「はい……」

 詩織はちょっと残念そうに続けて、

「まだ、一人ではちょっと難しいのかも、しれない、です……」

「でも成長してるよ!ここまで来れてるんだから」

「成長、できてますか」

「できてるできてる。ゆっくり行こ!ゆっくりさ、のんびり」

「はい!…………あ、あれ?りんさんは……」

 澪と千春が答える。

「行方不明よ」

「そうなの~電話も繋がらないし~どうしたものかね」

 詩織が考えているような表情をする。そして、何か思いついたような表情に変化する。

「…………りんさん、もしかしたらどこかでご飯、食べてるのかも、しれないですね。……コンビニとか、カフェとか、あ、もしくはエネルギー不足で倒れてしまっているかも…………学校でよく廊下で倒れているのを見ます!」

 その言葉を聞いて千春は最初にりんと出会ったときのことを思い出していた。

(あのときもわたしが声を掛けなかったら倒れてたのかな……)

「飲食店を中心に少し探してみましょうか」

 澪の提案に二人は、

「さんせーい!」

「りょ、了解、です!」

 りん救助作戦が始まった。


     ☆

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