『孤高のお姫様』②

 桜の花が舞っている。地面に落ちていた花びらが風で再び空に舞う。

 千春は着なれない制服を着て学校に大急ぎで向かっていた。

(やっばい、やっばい初手から遅刻はさすがにまずーい!)

 お母さんとお父さんはお仕事で来れない。妹は学校、家には千春だけ。そして目覚まし時計を掛け忘れた千春は、ただいま遅刻するかしないかの瀬戸際だった。

 入学式の看板が立て掛けられている校門を通り過ぎて中に入っていく。もう受付の人はいなかった。

 予定では式の前に各教室に入り、そこでガイダンスをしてから入学式が始まるというものだったはず。つまり、まだ式が始まっていなければ何とかなる。

(お願いお願い間に合って!)

 受付の人がいないので自分の教室がわからない。それだけではなく会場の体育館の場所もわからない。体育館を目指して走り回ったがたどり着けないのだ。ここだ!と思ってもその先は行き止まりで体育館に続く道ではなかった。

(どうしよ……)

 ちょっと泣いてしまいそうになってしまう。きょろきょろと周りを見る。ガランとした空虚な雰囲気。全ての空き教室から暗く、冷たいものを感じる。

 それらがさらに千春の不安を倍増させる。心臓の鼓動がどんどん激しくなる。思考が乱れる。

(誰か……誰かいないの?…………、助けて――)

「――あなたここで何をしているの?」

「へ?」

 俯いていた顔を上げる。そこには美しく堂々としている少女の姿があった。

「あ、あの」

 震えている声に自分でもびっくりする。言葉が詰まってしまう。

「もしかして迷子なの?」

 千春は首を縦に振る。

 それを確認した少女は千春に近づく。堂々とした態度なのにどこにも威圧感がない。もしくはでないようにしている?

「わたしの名前は水瀬澪。あなたと同じ一年生よ、よろしくね。……こっちよ」

 澪が歩き出す。千春はその横に行き、

「わたしは椎名千春。よろしく……ありがとうね。えっと……澪ちゃん」

 澪の動きがピクッと止まる。千春はちゃん呼びが気に障ってしまったのかと慌てて、

「ごめん、馴れ馴れしかったよね。水瀬さん」

「…………」

 澪は千春のことをじっと見ているがその表情には感情が出ていない。

(こ、これが正解だったのか不正解だったのか…………どっちなんだ!)

 澪が歩き出してそれについて行く千春。しばらくすると大きなドアが見えてきた。体育館の入り口だ。

 澪は一切の迷いなくドアを開ける。中では既に入学式が始まっていた。みんなが席に座っている中、千春と澪のみが歩いている。さすがの千春もこの状況で真ん中を突っ切って行くという選択はできなかったが澪は、

「何をしているの?」

「へ?だってさすがにど真ん中はまずいでしょ」

 壁際から接近を試みようとしている千春に澪は、

「何がまずいのかしら。今日の『主役』はわたしたちなのよ?」

 と言い、堂々とした態度でど真ん中を突っ切って行く。千春もそのあとを追う。

(何かこの子のこと好きかも)

 新入生座席エリアに入ったときに先生が来てくれた。そこで千春は自分の席の場所を知る。そしてその席に座り、周りからの視線を受け止めていた。

(最初から注目されてる…………問題児キャラだけはちょっと……)

 なんとか問題児キャラだけは回避しようと作戦を考える千春だったが途中で諦めた。入学式に遅刻して来る人が普通のキャラでやっていけるわけないのだ。

 前でいろんな偉い人たちが話をしていたが千春の耳にはほとんど届かなかった。


     ☆


 入学式が終わって千春は初めて自分のクラスの教室に入る。

(周りの人から距離を感じる……)

 寂しさを感じながら出席番号で記された座席表を見て自分の席に座る。

(あぁ、このまま一人もお友達できなかったらどうしよう……)

 身体に力が入らない。千春は机に覆いかぶさるように寝てしまう。そして視界内に人を映さないように下を向く。

「――あら、奇遇ね」

 聞き覚えのある声で千春はガバッと勢い良く起きる。

「水瀬さん!」

「…………」

「隣の席だったなんて!嬉しい!」

「……そう」

 少し不満気な表情の澪。千春は澪の心のラインやテンポなどを探った。好きな食べ物や得意なこと、出身地などなど。その中で澪との会話のテンポ感などを掴んできた。

「――――」

「そうね。いいと思うわ」

 こういう興味のなさそうな返しでも彼女にとっては普通に会話を楽しんでいるのだ。ただ、ちょっと感情を表情や言葉に乗せるのが上手じゃない。ただそれだけのこと。

「――ホームルームを始めます。まずは今後の――」

 先生の話が始まった。澪は真剣な表情で聞いている。千春は最初のガイダンスを聞いていないのでここでちゃんと聞かないと非常にまずいのだが、千春の興味関心は澪に向けられている。

(もっと知りたい!お話したい!)

 その千春の様子を横目で見ながら先生の話を聞いている澪の表情は少し緩んでいるようにも思えた。


    ☆


「――これでホームルームを終わります。皆さんまた明日、ここでお会いできるのを楽しみにしています。さようなら」

 先生のその言葉でみんなが解散していく。

「……先生の話は聞いていたのかしら?」

「ううん全然」

「…………」

 呆れているのだろうが、表情にあまり出ないのでよくわからない。

「そう。それじゃあわたしは図書室に行くから。困ったら図書室に来なさい」

 そう言い残し、澪は教室から出て行ってしまった。

(…………かっこいい!)

 そんなことを考えているとこちらに近づいてくる足音が聞こえてくる。千春の前で止まる。そこに居るのは先生。

「椎名さん。最初いませんでしたよね。これ書いてもらわないといけないので」

 そう言いながら先生は千春の机の上に大量の書類を置いて前に行ってしまう。

「ちなみにそれは今日中なので、よろしくお願いしますね」

「…………」

 視線を先生から大量の書類に移動する。

(……………………助けてー!)


     ☆


 ここは静寂が支配している図書室。そこで一人勉強をしている澪。その美しい容姿も相まって映画のワンシーンのようだ。

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