『人見知りガール』④
(着いた……ッ!)
そこで気づく。この階の休憩スペースには大勢の人が居ることに。
複数人で構成されたグループが何組か集まっている。これでは商品コーナーとほとんど人口密度が変わらない。それに荷物を置いてくつろいでいる。滞在時間も長そうだ。ということは詩織が逃げてきたときにもこの場に居た可能が高いということ。
(別の階のスペースに移動してるのかな)
このフロアに逃げ場はないと判断して移動した可能性を考えた。
(ダメだ。わたしを基準にして考えちゃ)
そう、この考えは自分をベースとしている。詩織をベースに考え方を変えなければいけない。
(わたしが詩織ちゃんだったら)
そこで千春はそこに居る人々を恐ろしい怪物だと思い込んでみた。目の前には大勢の怪物。逃げようにも背後にも大勢の怪物がうじゃうじゃいるのだ。
(……そもそも移動自体苦痛だったんだな…………)
またしても自分の詩織への理解が浅かったことに気づいた。
(…………あれは……)
壁の一部が輝いて見える。そこには何かの表示がある。
(ッ、トイレ!)
そう。そこは絶対的な安全地帯。誰の目も通さない完璧な個室がある神空間である。
☆
千春がトイレに入る。中にはたくさんの個室が並んでいた。
(ッ思っていたよりも多い)
とりあえず空いている個室に入る。店内トイレ初の利用がこのタイミングというのもいい気分ではない。
(閉まっていたのは全部で五個)
ここのトイレの個室は鍵を閉めなければドアが開いている状態になる仕様だった。
つまり、この五個の中に詩織が居る。そう確信した千春。
(全部ノックするのは…………さすがにないな)
そこで考える。詩織はどこの個室を選ぶのか。
閉まっていた個室は一番奥と真ん中らへんに二つ、手前側に二つである。今千春が利用しているのは一番手前の個室。
(…………ッ)
悩んでいると気づいた。利用者がぞくぞくとトイレに入ってきていることに。そして足音がいくつも鳴っている。それが怪物の足音だったらどうだろうか、非常に怖い。
(一番奥だ)
一番人が来ない一番奥である。わざわざ手前が開いているのに奥の個室を利用する者は少ない。
千春は個室を出て一番奥の個室へと向かう。
☆
詩織は自分の呼吸の音を聞いていた。そうすると自分一人であると感じられて少し落ち着くのだ。
(わたし……どうしたら…………ッ⁉)
タンタンタンタンタン
足音が聞こえる。そこまではいい。トイレに利用者が来るのは当然だ。しかしその足音はどんどんこちらに近づいている。
(な、なんで、……近づいてくる⁉)
自分に向かって歩いてきているという恐怖心が湧いてくる。足音は怖い。まるで自分に敵意を持っている人間の威嚇のように感じるからだ。
タンタンタンタン
(や、)
タンタンタン
(来ないで!)
タンタン
(お願い、)
タン
(やめて!)
コンコンコン
「ッヒ」
声が出てしまう。心臓がむき出しになってしまったかのような感覚。呼吸が不規則になっていく。
「――ちゃ」
(怖い)
「――ちゃん」
(怖い)
「詩織ちゃん?」
(……え)
「詩織ちゃん居る?わたしだよ。千春」
恐る恐るドアを開ける。そこには心配そうな表情で詩織を見つめる千春の姿があった。
詩織は俯きながら、
「千春、さん」
「うん。ごめんね詩織ちゃん。わたしが離れちゃったから」
千春の反省がこもった声音に詩織は思わず顔を上げる。
「ち、違います!わたしが……わたしのせいなんです」
泣いてしまいそうな表情の詩織に千春は、
「そんなことないよ。……とりあえずここから出ようか」
「…………」
詩織は無言のまま千春の手を握り歩き出す。
☆
場所を別のフロアの休憩スペース移した二人。座りながら話す。
「詩織ちゃん、今回はわたしが離れたからわたしが悪かったの。ごめんね」
申し訳なさが感じられる千春の様子。それを見ている詩織の心の中では自分を責める言葉が渦巻いている。
「……千春さん、ずっとわたしのこと、探してくれてました、よね」
「へ?」
「その……すごく、汗をかいているので」
「あ、ああほんとだ」
千春は急いでハンカチを取り出して汗を拭く。
「気にしないで!これはわたしなりの責任の取り方ってやつだから」
ひらひらと動くハンカチ(ロットちゃんの)を思わず目で追ってしまっている詩織は顔をぶんぶんと振って、
「でも……」
「うーん。納得できないかー……じゃあわたしと詩織ちゃん、両方悪かったってことでどうかな。わたしは一声掛けずに離れてしまったこと。詩織ちゃんはトイレに隠れてしまったこと」
「……はい」
涙を拭いながら答える詩織の様子を見た千春が、
「よし!じゃあ楽しいお買い物の続いをしようか!」
元気よく言いながら立ち上がる。
「お、おー!」
詩織も頑張ってテンションを千春に合わせる。
そして千春が手を差し出す。
「今度はちゃんと手を繋いで行こっか」
「はい!」
詩織はぎゅっと千春の手を握り、千春はそれを優しく握り返した。
「まずは本からかな」
詩織はコクリと頷く。
「あ、そういえばストラップ、あんまり個数余ってなかったような」
「⁉」
詩織は目を見開いて驚いている。衝撃を受けているとも思えるその様子を見て千春は慌てて、
「詩織ちゃんを探しているときにちらっと見たんだけど減ってきてるなーってぐらいだから!今から行けば大丈夫だから!」
その言葉に詩織は目を輝かせて千春の手を引く。
「ウァ!」
いきなりの加速にびっくりする千春。詩織は、歩くのが遅いお母さんを急かす娘のようだ。
「急ごっか」
詩織の様子を見て千春も焦ってきてしまう。何やら嫌な感覚が湧き上がってくる。
(…………大丈夫……だよね?まだ、あるよね?)
そう心で願いながら小走りで向かう。
☆
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