第9章 真実の証明と最終決戦(2)
捜査隊がほぼ倉庫を制圧したころ、隠し部屋の奥にもう一つの扉があると分かった。
ギルダンが扉を開け放つと、そこに闇をまとった少女――レイラ・アステリスが立っていた。
「いずれこうなるとは思ってたわ」
冷えた瞳で倉庫内を見渡すレイラ。
一部の暗礁メンバーが既に捕まり、物資や石貨も捜査隊の手に落ちている現状を確認すると、僅かに唇を歪める。
「本当に台無しね。破壊する前に全部バレるなんて。まったく、あの連中が役立たずだと分かっていたけど、ここまでとは……」
ギルダンが構えを取り、兵士らが一斉に武器を向ける。
しかし、レイラの存在感は圧倒的で、誰もが一瞬身をすくませる。
レオンも剣を握り締めて「リオン、来るぞ」と声を詰まらせる。
「レイラ……ここで何をするつもりだ?」
リオンが声を張ると、レイラは冷淡な笑みを浮かべる。
「さあ? あんたたちが『暗礁を潰す』ってなら、私は『壊すものがなくなった』って退屈しちゃう……でも、もう少し『破壊』を楽しみたいわね。私の石操作が、どんなものか教えてあげる」
その瞬間、レイラが床に手をつき、石操作を行使すると、倉庫全体がゴゴゴ……という轟音と共に揺れ始める。
床下の岩盤が蠢き、破片が地響きを立てながらせり上がり、まるで凶器のように飛び散った。
「くっ……危ない、みんな伏せろ!」
レオンが叫び、兵士やギルドスタッフが慌てて回避行動をとる。
ギルダンも「何という力だ……!」と呟きつつ身を躱すが、何名かは破片を受けて負傷してしまう。
(こんな破壊を、まるで子どもの遊びみたいに……)
リオンは恐怖を噛み殺し、レイラに立ち向かうべく集中を始める。
しかし、床や壁の石が次々とレイラに呼応するかのように舞い上がり、武器のように飛んでくる。
リオンは必死に石操作でその軌道を逸らそうとする。
「やめろ……こんな大勢が巻き込まれる! こんなの、ただの無差別破壊だろ!」
レイラは心底楽しげに笑う。
「そうよ、破壊は気持ちいいからね。あんたはその『破壊』を否定してるみたいだけど、本能は感じてるんじゃないの? 石を操るって、そういうことよ。壊せるんだ。思いのまま、すべてを粉砕できる」
倉庫の空間が大きく揺れ動き、天井の梁や壁が崩れ落ちそうになる。
レイラはさらなるパワーを解放し、まるで地中から石の槍を何本も突き出すような形で捜査隊を圧倒していく。
ギルダンが何とか防御を試みるが、彼のローブが破片で切り裂かれ、血が滲む。
「ぐっ。こんな化物じみた力……!」
一方でリオンは、今こそ自分の石操作を使わねばならないと覚悟を固める。
むやみに破壊をぶつけ合えば、倉庫内の人々が巻き添えになるだけだ。
レオンが「お前しか止められない!」と叫ぶ。
「分かった……レイラ、これ以上はさせない!」
リオンは石操作で床や壁の石を逆に支柱のように動かし、崩落を防ぎつつ、レイラの攻撃用の石槍を刈り取る動きに専念する。
地面から突き出す槍の根本を捻じ曲げて力を抜き、空中に浮かんだ破片を阻止する。
だが、レイラの出力は凄まじく、止め切れるかは分からない。
「ほら、もっと楽しませてよ。あんたも石操作を持ってるなら、壊してみなさい。そうすれば分かるわ。破壊はとっても甘美なものだって」
レイラの嘲笑に、リオンは歯を食いしばる。
「なぜそこまで破壊に執着するんだ? 石の力を、『創るため』に使ってはいけないのか?」
「ふざけないで。石は大地そのもの。それを操れるなら、人間なんて簡単に壊せる。あんたはその本当の快感を捨ててるだけよ」
言葉を交わしながらも、レイラが繰り出す石の波状攻撃は止まらない。
柱が軋み、屋根が崩れ落ちそうな状態だ。
捜査隊やギルドスタッフが崩落に巻き込まれつつあり、「リオン、もう限界だ!」という悲鳴が上がる。
(このままでは倉庫が完全に崩壊し、多くの人が下敷きになる……どうにかしなきゃ……)
リオンは己の力を限界まで呼び起こし、『倉庫の構造全体』に干渉を試みる。
こうして部分的に崩れかけている壁や床を支え、レイラの破壊が及ばないようにバランスを取らねばならない。
「うあああああっ……!」
リオンが絶叫に近い声を上げると、倉庫の壁面が逆にすうっと内側から補強されるように動き、崩壊寸前だった天井を再び支える。
しかしその間、攻撃を防ぎきれず、大量の破片がリオンをかすめて傷つける。
「くっ……!」
血が滲み、視界が滲む。
レイラが耳を塞ぐように「うるさい」と舌打ちする。
「こんな半端なやり方で、私の破壊を止めるつもり?」
「お前なんかに、壊させはしない……!」
リオンは息も絶え絶えだが、一心に『壊されていく石』を逆方向に操作し、元に戻そうとする。
破片を再結合し、梁を支柱として再固定する――そもそもそんなことが可能かどうか、試したことはなかったが、今は必死に意志を注ぎ込むしかない。
レオンやギルダン、兵士たちは崩落をかいくぐりながら、レイラに接近しようとする。
しかしレイラの周囲には無数の石槍が飛び交い、近寄る者を次々に弾き飛ばしてしまう。
限界ぎりぎりの中、リオンは心で叫ぶ。
(破壊を防ぐ――そのために、この力を使ってきたんじゃないか? だったら、今こそ本当の意味で全力を尽くす時だ。どんなに痛みがあっても、崩壊を止めるんだ――)
もう言葉にならない想いが溢れ、リオンの周囲の石材が淡い光を帯びるように感じられる。
まるで石が応えてくれているかのように、崩れそうな壁や梁が鈍く振動しながら結合を取り戻していく。
「そんな……馬鹿な!」
レイラが初めて驚愕の声を漏らす。
石の破片を武器にしようとしても、それがリオンの操作で制動され、思うように壊れない。
石は壊れるどころか再構築され、彼女が生み出した亀裂が埋め合わされていく。
「なに……これ。石を『直している』の? そんなことが可能なの……?」
レイラの破壊衝動がほんの一瞬鈍る。
その隙を逃さず、レオンとギルダンが一気に距離を詰める。
兵士たちも後押しし、レイラに迫ろうとするが、彼女は歯を食いしばって最後の石槍を振り上げる。
「ふざけんな……こんな茶番、壊してやる!」
猛烈な石の塊が再びリオンに向かって猛スピードで飛んでくる。
しかし、リオンは恐怖を振り払って集中を続ける。
石の流れを感じ取り、軌道を逸らすように少しずつ引き寄せる。
反発力が強く体が悲鳴を上げるが、最後の意地でなんとか制御しきった。
ゴンッ……という鈍い音とともに、その塊はリオンの周囲を掠めて宙を舞い、レオンが振り下ろした剣で砕かれる形になった。
「これで……終わりだ!」
ギルダンが異端審問官としての素早い動きで背後を取り、レイラの動きを封じる。
兵士たちが一斉に飛びかかり、彼女の両腕を押さえ込む。
レイラは獣のように抵抗するが、リオンが周囲の石を使って彼女の足元を固定するように操作し、どうにか動きを封じることに成功する。
「離せ……壊す、壊せないなんて……こんな世界……!」
レイラは狂気の目で叫ぶが、力尽きたか、やがてうなだれて抵抗をやめる。
闇に沈んだ瞳には虚無感が広がり、自分を封じたリオンやギルダンを憎々しく見つめるのみだ。
◇◇◇
レイラが捕縛されると同時に、倉庫街の各所で行われていた暗礁の拠点捜索も成功を収める。
石貨の大量不正保管、職人街への放火計画や情報操作の記録など、多くの証拠が押収され、組織の主だった幹部も拘束された。
これにより、リオンが犯人に仕立てられた過去の破壊未遂や放火事件の冤罪も晴れる。
ギルダンは倉庫内で発見された書類をめくりながら、リオンに言葉をかける。
「どうやら、暗礁の一派が『お前を破壊者と見せかける』計画を立てていた証拠がある。放火や倉庫崩壊の情報を捏造して、お前に罪を着せようとしていたようだな。これでお前の疑いは完全に晴れるだろう」
リオンは大きく息を吐き、肩の荷が下りるのを感じる。
「ありがとうございます……ギルダンさんも、最初は俺を疑ってたけど、最後まで捜査を続けてくれてたんですね」
ギルダンは苦い表情で「礼を言われる筋合いはない」と返すが、その眼差しにはかすかな敬意が混じっている。
セラフィーナは安堵の笑みを浮かべ、レオンは「やったな!」とリオンの肩を叩く。
「でも、レイラは……」
リオンが視線を向けると、レイラは複数の兵士に厳重に拘束され、呆然とした表情で地面を見つめている。
破壊衝動が鎮まったのか、先ほどの狂気は影を潜め、ただ無気力に沈んでいた。
「レイラ……なぜそこまで破壊にこだわったんだ?」
リオンが問いかけても、レイラは応じない。
薄く首を振るだけ。
ギルダンが厳しい面持ちで言う。
「いずれ教会や宰相府による裁きを受けるだろう……石を操る力を悪用した罪は重い。お前が『破壊ではなく創造』に使えると証明できたことが、彼女との決定的な違いだろうな」
◇◇◇
こうして暗礁の幹部やレイラが拘束され、倉庫街に根を張っていた破壊計画は事実上崩壊を迎えた。
職人街の放火や倉庫街の破壊未遂がすべて組織的犯行であることも判明し、リオンを犯人に仕立てる捏造が明らかになる。
人々の間で「リオンが暗礁を止めてくれた」という評価が広がり、宰相オレストやギルダンからも正式に無実が宣言される。
しかし、レイラの胸にはまだ完全には消えぬ火がくすぶっているかもしれない。
教会のセラフィーナは「レイラを更生させる術があるのなら試したい」と語り、ギルダンは「異端として裁くべきだ」と依然主張している。
リオンは複雑な思いでその行方を見守る他ない。
職人街では、放火で焼けた工房の再建が始まり、リオンの石操作が補強作業をサポートしている。
ハーケン親方は膨大な瓦礫を処理するリオンを見て、しみじみと呟く。
「結局、すべて壊されたものも、また創り直せるってわけだ。破壊されたからこそ見えてくる道もあるのかもしれんな」
リオンは力強く微笑む。
「はい。俺はもう暗礁の陰謀に振り回されない。これからも『創造』に力を使って、王都を支えたい……職人街だけじゃなく、どこであっても『石』が必要とされるなら、俺は協力を惜しまないつもりです」
親方は嬉しそうに鼻を鳴らすが、最後に一言だけ釘を刺す。
「いいだろう。だが、調子に乗るなよ。石を操るだけでなく、俺たちが磨き上げてきた技術と心意気も大事にしろ……お前は職人街の仲間なんだからな」
「はい、もちろんです!」
宰相オレストも今回の一件で『リオンの危険度』を見直したようで、王都への滞在許可を延長する形で彼の活動を公認する。
ギルダンとの関係も「監視対象」という枠は変わらないが、もう無益な衝突は起きないだろう。
セラフィーナは教会の高位司祭として、王都の石貨や大地の秩序を守り続ける仕事に戻りつつ、レイラを含む暗礁の元構成員を導くための準備を始めている。
彼女自身も足の怪我が完治していないが、心の光は衰えていないようだ。
そして、レオンは変わらずリオンの傍らに立ち、「お前がどこへ行くにも俺が一緒だ。危険はごめんだからな」とからかい混じりに笑う。
リオンは「守ってもらってばかりじゃなく、俺もみんなを守れるようになりたい」と誓いを新たにするのだった。
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