第7章 職人街の決意(2)
朝から職人街の広場はざわめきに包まれた。
石材の展示を兼ねた半ばお祭りのような雰囲気で、露店が並び、職人たちが自分の工芸品を披露している。
その一角に、柵で囲われた大きなスペースがあり、中に巨大な石材が据えられていた。
リオンはその中心へと進み、ハーケン親方や若手職人たちが段取りを確かめている。
「ここでお前が荒取りを実際にやってみせる。周囲には観客が入らないよう厳重にロープを張った……万が一、危なくなったらすぐに止めろよ」
親方が厳しい声を出すが、その中に「なんとかうまくやってくれ」という期待が滲んでいる。
リオンは大きく頷き、胸の奥で決意を固めた。
周囲を見渡すと、見知らぬ顔の商人や貴族らしき人物が来ているほか、ローディン商会のルカや外交官のフィオナの姿もあった。
さらに少し離れた場所には、教会関係者らしき修道士が数名。
ギルダンの姿は見当たらないが、どこかで監視しているのかもしれない。
レオンは柵のそばで待機し、いつでも駆け寄れるよう準備している。
「頑張れ」と口の動きだけでリオンにエールを送った。
◇◇◇
工房の若手が「リオンさん、お願いします!」と合図を出すと、広場のざわつきが一瞬静まった。
人々の視線が一斉にリオンへ注がれる。
少し息苦しいが、今さら引き下がれない。
リオンは石材に手をかざし、集中を始める。
まわりからは「本当に動くのか?」とさまざまな声が飛んでくる。
(大丈夫、やってきたことを信じればいい……)
ゆっくりと呼吸を整え、石材の内部に意識を向ける。
すると、いつものように『石との境界』がぼんやり浮かんできた。
周囲の雑音をシャットアウトし、余計な力を入れないように注意しながら、ひび割れや不要な部分を丁寧に削り出すイメージを持つ。
リオンが手を動かすと同時に、石材の一部がすうっと浮かび、破片がパラパラと剥がれ落ちる。
見物人の中から驚きの声が上がる。
「うわ……本当に石が宙に浮いてる!」
「魔術師か何かか?」
リオンは汗を浮かべながら、荒削りの不要部分を近くの敷地にゆっくり下ろす。
それを何度か繰り返すうちに、石材の輪郭が少しずつ整えられていく。
「だいぶ上手くやってるな……」
ハーケン親方が息を呑むように見つめる。
もちろん、ノミと槌でやる伝統的な彫刻とは違い、『造形』そのものはまだ遠い段階だが、大きな不要部分の除去が普通の数倍のスピードで進んでいくのは圧巻だ。
「おお、あれなら完成までの時間がぐっと短縮されるぞ」
「力の加減に見事なコントロールがある……!」
周囲の職人や見物人が感嘆するなか、リオンは勢いに乗って次のパーツを削り始める。
石は浮力を失うとすぐ崩れ落ちるが、そのタイミングを丁寧に調整しているため、飛散や暴発も起きていない。
(よし……大丈夫。まだまだ余力がある)
やがて、石材の全体形状が荒取りによってかなりすっきりし、彫刻や建材として整形がしやすい状態へと変わっていった。
◇◇◇
一連の実演を終え、リオンは膝に手をついて大きく息をついた。
体全体がだるいが、倉庫街の大規模作業ほどではない。
周囲の反応は概ね好意的に見える。
ハーケン親方が柵の中に入り、石材を叩いて品質を確認する。
仲間の親方衆も集まり、しばし石の表面や切り口を確かめるように見つめる。
「悪くない。少し表面が粗いが、大規模な荒取りとしては十分だ。ここから先は俺たちの技術で仕上げることができる。リオン、お前……前に比べて格段にコツを掴んだんじゃないのか? 倉庫街や石像修復で鍛えられたのかもしれんな」
親方が照れ隠しのように呟くと、リオンは素直に笑みを浮かべる。
「俺一人じゃできませんでした。職人街のみなさんやレオン、周囲の助けがあってこそ……」
その瞬間、周りの観客が拍手や歓声を上げ始めた。
政治家や商会関係者の中にも、「想像以上だった」「こんな力があるなら、破壊だけとは思えない」と口にする者がいる。
ルカ・ローディンも満足げに頷き、フィオナ・クラウディスは笑みを零しながらリオンを見つめていた。
(少しは疑念を払えたかもしれない……)
リオンがほっと胸を撫で下ろす一方、レオンは柵の外で鋭い視線を巡らせている。
すると、人混みの中に黒装束を纏った男を見つけてギクリとする。
男はすぐに姿を隠すように路地裏へ回り込んだ。
レオンは追おうと動いたが、人混みに阻まれてすぐには追いつけない。
一方、リオンが疲れた様子で柵から出てくるのを見て、あえてそちらに合流することを優先する。
「暗礁のやつかもしれない。どこかで邪魔してくる可能性がある。気をつけろ、リオン」
「分かった。ここがうまくいきそうなときに邪魔されるわけにはいかない」
◇◇◇
実演終了から程なくして、ギルダン・ヴァルトが現れた。
険しい顔つきで教会の修道士を従え、職人街の広場へ足を踏み入れる。
周囲にはまだ観客や職人が多く残っており、ギルダンに気づいた人々がざわつく。
「石を操る『見世物』とはくだらん。だが、崩壊や被害はないようだな」
ギルダンが柵の内側へ入り込もうとするのを、若手職人が一瞬止めようとするが、リオンは手で制して「大丈夫」と言う。
ギルダンは石材に近づき、無言で触れる。
「ふん……確かに、大規模な荒取りがされている。破壊に転じれば、ここで一気に人を襲うこともできただろうが、そうはしていないというわけか」
「ギルダンさん、まだ俺のことを疑ってるんですよね? でも、見たでしょう。破壊じゃなくて、創造に使えるんです」
リオンが目を逸らさずに話すと、ギルダンはしばらく沈黙する。
「石を崩したのは事実だが、確かに周囲へ被害は出ていない。ここまで精密に制御できるものなのか……」
何か言いかけたところで、周囲が妙にざわめき始める。
人混みの端に,黒い外套を羽織った少女が立っていたからだ。
漆黒の装いに淡い銀髪、そして空虚な笑み――その正体を知る者はほとんどいないが、リオンは直感的に理解する。
(もしかして……レイラ・アステリス!?)
ギルダンもその姿に気づき、彼女を睨むように警戒の構えをとる。
しかし、レイラは何食わぬ顔で人混みを歩き、近づいてくる。
職人街の人々が道を開けるように後ずさりする。
レオンがリオンの傍へ駆け寄り、声を潜める。
「気をつけろ。あいつ、暗礁の石操作使いじゃないのか? この場で暴れたら……」
「俺が止めるしかない……」
レイラは柵の外側で立ち止まり、興味深そうに石材を眺める。
その瞳は冷たい光を放ち、広場全体を見渡している。
まるで何かを探すように。
やがてリオンと目が合うと、クスリと笑った。
「随分とこぢんまりした見せ物ね……でも、悪くない。壊すには惜しい完成度だわ」
ぎょっとする言葉に、人々は後ずさりする。
ギルダンの部下たちが「貴様、何者だ!」と威嚇するが、レイラは耳を貸さない。
「リオン・アルドレア……石操作を生ぬるい方向に使っていて楽しい? 私はただ『壊す』瞬間こそ、この世界で唯一意味のある行為だと思っているのだけど」
リオンは緊張を押し殺しながら一歩前に出る。
「あんたがレイラ・アステリスか? 暗礁の破壊者だって聞いてる。でも、どうしてわざわざここに……」
レイラは小さく肩をすくめる。
「どうしてかしら。見たかったのかも。あんたがどの程度『石の力』を操れるのか……破壊を否定するなら、その程度の雑技で満足なの?」
その言葉が挑発に満ちていることを感じ取りながらも、リオンは躊躇する。
ここで衝突すれば、実演の成果が台無しになるし、周囲に大きな被害が出るかもしれない。
ギルダンがレイラを取り囲むように数名の修道士を配置し、「貴様、暗礁の一味か? ここで好き勝手はさせんぞ!」と声を張る。
だが、レイラは冷ややかに微笑んだだけ。
「ギルダン……あんたも随分と面白い動きをしてるわね。でも、私を止めるには足りない……今日は挨拶に来ただけだから安心して。いずれ、思う存分壊してやるわ。王都の何もかもをね」
短い予告のような台詞を残し、レイラはスッと人混みに溶け込むように消えていく。
ギルダンが部下に「追え!」と指示を飛ばすが、混乱の中で足止めされ、結局取り逃がしてしまった。
残されたリオンは、冷たい汗をかいていた。
短い邂逅ながらも、彼女の『破壊』に対する純粋すぎる執着を肌で感じたのだ。
もしこの場で彼女が本気になっていれば、職人街が壊滅していたかもしれない――そう想像するだけで背筋が凍った。
◇◇◇
レイラが去ったあと、広場には重苦しい沈黙が落ちる。
職人たちは「今の何だったんだ……?」と恐怖を隠せないし、観客らしき人々も青ざめた顔で口々に囁き合っている。
しかし、実演そのものは成功を収めており、リオンが『破壊』ではなく『創造』に力を使えることを示したのも事実だ。
ハーケン親方は、「何とか面目は保ったが、あの娘は一体……」と首をひねる。
ギルダンは眉を吊り上げながら「暗礁の本格的な破壊が近いかもしれん」と呟いた。
リオンを睨むように一瞥するが、倉庫街での救出劇を見ているだけに、あからさまな糾弾はしない。
「覚えておけ、リオン。お前が本当に『創造』の力を使うなら、この先暗礁と衝突は必至だ。教会としても、お前が破壊に転じぬよう監視するつもりだが……レイラを抑え込む力はあるのか?」
ギルダンの問いに、リオンは握りしめた拳を下ろしてから、迷いを振り切るように言い放つ。
「分からない。でも、俺がやらなきゃ誰がやる? あんな狂気じみた破壊を放っておいたら、王都は本当に終わりだ……」
ギルダンは微かな苦笑を浮かべ、「ふん……」と鼻を鳴らすにとどめた。
そして教会の修道士たちを引き連れ、レイラを追うために現場を後にする。
リオンは柵のそばにへたり込み、レオンが肩を貸して支える。
「実演は成功だけど、最後にとんでもない客が来たな……。大事にはならなかったのが不幸中の幸いか」
「レオン、ありがとう……正直怖かったけど、あのまま戦っていたら大惨事だった気がする。彼女、きっと本気で壊すつもりならすべてを巻き込みそうな雰囲気だった」
レオンは深く同意する。
周囲の職人たちも不安げだが、同時にリオンの実演には感謝を伝える。
保守派の一部も「まさかこれほど上手く石を扱えるとは」「下手な破壊行為など微塵もなかった」と評価を改め始めている。
その様子を見て、ハーケン親方はぼそりと呟く。
「お前の力は『ただの地味な芸当』ではなかったということだな……だが、暗礁とやらが本格的に動いたら、お前一人で背負い込むな。俺たち職人だって、王都を壊されて黙っているわけにはいかんからな」
それは頑固親方なりのエールであり、リオンにとって大きな救いでもある。
彼は拳を握りしめ、感謝の言葉を返した。
「ありがとう、親方……。俺も一人で背負いこまず、みんなと一緒に守りたいと思います」
こうして「石操作実演計画」は成功を収め、職人街とリオンの間に少しずつ信頼が芽生え始めたのだった。
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