未知による抑止力
釜飯
アフガン事変
暁のイグニス
1960年5月16日 アフガニスタン東部
「CP!CP!こちらB3。支援砲撃を要請する!敵戦車部隊による攻撃で、部隊の2割が損耗。T-55が14……いや、15両。目標は照明弾で示す!オーバー!」
『こちらCP。援軍をすでに向かわせた。それまで持ちこたえろ。オーバー』
通信兵が叫ぶ横で、俺は迫る装甲兵員輸送車に向けて重機関銃を撃ち込んでいた。地鳴りのように響くソ連軍の進軍。曳光弾と爆炎が照らすなか、奴らは一切速度を緩めない。
猛烈な砲撃で塹壕内は地獄と化し、コンクリートで補強された内部にも土煙が漂っている。
戦争は変わった?……そんな噂をよく聞くが、俺に言わせりゃ20年前と何も変わっちゃいない。飛び交う砲弾、吹き飛ぶ仲間、暴れ回る戦車、絶え間なく鳴る重機関銃――ここでは「生き残る」だけで精一杯だ。
次々と沈黙する重機関銃陣地。1時間前には厚い弾幕を張っていたはずの前線は、今や数えるほどしか残っていない。
俺がまだ生きてるのは、運……いや、悪運かもしれない。実力なんて関係ない。俺より優秀だった奴らが真っ先に死んでいった。
さっきまで一緒に飯を食ってた奴は砲撃で跡形もなく吹き飛ばされた。昨日、酒を飲んだ奴は隣で冷たくなっている。夢を語り合った奴は片腕を失い、泣き叫んでいる。
俺とあいつらの違いって、なんなんだ――
土煙を巻き上げて、敵部隊が突き進んでくる。戦車を盾にした車列が途切れなく続き、装甲車の機関砲が陣地を容赦なく削っていく。耳をかすめるコンクリ片、生ぬるい血の感触が頬を伝った。
「クソ……だから陣地の補強を報告したってのに……」
返事をしてくれる奴は、もういない。
前進中の戦車が地雷にかかり、砲塔が花火のように吹き飛ぶ。一時的に敵の進軍が止まったかと思えば、すぐさま地雷処理ローラー付きの戦車が投入される。何が何でもここを突破するつもりだ。
だが、俺たちも黙って見ているわけじゃない。隣の対戦車ミサイル陣地から発射されたミサイルが戦車を直撃し、炎上させる。歓声が上がったのも束の間、敵の報復砲撃が4門同時に放たれ、声は呻きに変わった。
「チッ……」
思わず舌打ちが漏れる。
地雷処理に前進してきた工兵に向け、俺は再び重機関銃を構える。装甲車には有効打。操縦士のあたりに撃ち込むと、装甲車が炎上。中から飛び出してきた敵兵は、すぐさま迫撃砲弾で肉片となった。
冷静に視線を移し、次の標的に照準を合わせる。身を乗り出してくる工兵を制圧射撃で押し戻す。
――タッタッタッと軽快な発射音。しかし、命を奪うには十分すぎる威力だ。
だが、撃てば位置がバレる。敵の銃弾が右腕をかすめ、戦車の砲塔がこちらを睨んだ。
(終わりか――)
そう覚悟した瞬間、上空に閃光が走る。夜明けのような光に照らされ、敵戦車の砲塔が次々と垂れ下がった。軋む音とともに爆発が連鎖する。
空には、月光を背に舞い降りる“少女たち”の姿があった――
閃光のなか、月明かりを背にして“少女たち”が舞い降りる。
その姿は、まるで戦場に舞い降りた天使――いや、死神のようだった。
その数、わずか数名。
だが、たったそれだけで空気が変わる。敵の動きが止まり、静寂が訪れた。
一人が着地と同時に手を広げ、叫ぶ。
「展開開始」
次の瞬間、炎が爆ぜた。
少女の手から放たれたのは、赤熱の矢。直線状に放たれたそれは敵の戦車に突き刺さり、瞬時に爆発する。
「う、嘘だろ……!?」
俺は思わず呟いた。
見間違いじゃない。小柄な少女が、一撃でソ連の主力戦車を吹き飛ばしたのだ。
ほかの少女たちも次々と動き出す。
機械のような正確さと速度で、敵の陣形を切り裂いていく。
先ほどまで指示を出していた隊長とみられる少女が構えた次の瞬間、巨大な爆炎が敵軍に向かい周囲を吹き飛ばす。敵戦車群はたまらず後退し、後列の車両と衝突して混乱をきたす。
「……化け物かよ、あれ」
そう口にしたのは、俺だけじゃなかった。
少女たちはまったく恐れを見せない。炎のなかを歩き、砲弾が飛び交うなかで一歩も引かない。
何より――笑っていた。
「CPより全戦線へ特殊殊部隊による突破口の形成を確認。全隊、追撃態勢に入れ」
無線の声が届く頃には、敵はすでに壊滅状態だった。
少女のひとりがこちらに視線を向け、軽く手を挙げた。
まだ10代に見えるその顔には、戦場の塵ひとつついていない。
その笑顔に、背筋が凍った。
(こいつら……“人間”じゃない)
そう確信した。
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