第11話 セカンドシングル、発売
セカンドシングル『Colorless Love』リリースイベント、当日――
イベント会場の舞台袖で、メンバーたちは息を潜めて出番を待っていた。
照明の熱がじんわりと肌を焼き、遠く観客のざわめきが波のように押し寄せる。今日の会場は、デビューショーケースの時より遥かに大きい。分厚いカーテンの向こうでは、彼らを待つ数千人のファンが期待に満ちた視線を向けていた。
透真は小さく息を吐いた。鼓動が速くなっているのがわかる。視線を横に向けると、他のメンバーもそれぞれ緊張を抱えていた。
律音は目を閉じ、リズムを取るように指を軽く叩いている。凌介はいつになく真剣な表情で、口の中で歌詞を反芻していた。龍之介はジャンプを繰り返し、昂る気持ちを抑えようとしている。空翔は袖の中で拳を握りしめ、無言のまま深呼吸をしていた。
そして、センターに立つ澪——彼はまっすぐ前を見据えていた。その姿は氷のように静かで、端正な横顔からは感情を読み取ることができない。だが、透真は知っている。彼が今、全身に緊張を張り巡らせながら、それでも気丈に立っていることを。
かつてはバラバラだったこの6人。練習で衝突し、意見がぶつかるたびに距離が生まれたこともあった。けれど、今は違う。誰もがひとつの目標を見据え、同じ方向を向いている。
「やるぞ」
律音が声をかけると、龍之介が「当然」と笑った。透真はガッツポーズを見せ、凌介が「絶対に成功させる」と静かに誓う。空翔も小さく頷き、最後に澪が短く言った。
「……行こう」
その言葉を合図に、6人はステージへと歩み出した。眩いライトが視界を塗りつぶし、ファンの歓声が波のように押し寄せる。透真は唇を引き結び、心の奥で決意を固める。
——今度こそ、守るんだ。Serilionを。そして、このステージを成功させてみせる……。
音楽が始まり、彼らのパフォーマンスが幕を開けた。
『雨の中、君の影をなぞる――』
龍之介がステージ中央で、切なげな表情を見せながらしなやかに腕を動かす。
『空をあらゆる青色で塗りつぶしても、僕の心は君色のまま。君は見てくれるかな?』
空翔が龍之介の隣に現れ、二人は笑い合った。可愛らしい雰囲気に、歓声が上がる。
『君に手を伸ばしても、君は見ていない。僕の愛はColorless Love――』
凌介が歌いながら目を瞑っている律音に手を伸ばす。練習の時よりも感情が籠っているのか、官能的にも見えるダンス。一部の『律音×凌介』ケミファンが、金切り声で叫んだ。
ステージの上には熱気が渦巻いていた。無数のペンライトが波のように揺れている。眩いスポットライトが降り注ぎ、汗ばむ肌に熱を帯びた空気が纏わりついている。メンバーたちは激しいパフォーマンスに息を切らせながらも、確かな手応えを感じていた。
透真の鼓動が高鳴る。次は自分と澪の見せ場パートだ。
ふたりが自分たちのパートへ突入しようとした、まさにその瞬間——音が、消えた。
耳を打っていたはずのビートも、メロディーも、すべてが掻き消える。まるで世界が一瞬で凍りついたようだった。観客席にざわめきが広がり、戸惑いの声が飛び交う。透真の視界が揺らぐ。心臓がひやりと冷えた。
――嘘だろ……こんな大事なところで音響トラブルかよ!
一瞬、誰もが硬直する。律音はスタッフへ視線を向け、凌介と龍之介は不安そうに律音を見つめる。
しかし、その沈黙を破るように澪が動き出す。その姿に、透真は息を呑んだ。
澪は、動きを止めていなかった。無音の世界の中で、彼はただひとり静かに踊り続けていた。まるで音がまだそこにあるかのように、寸分の狂いもなくリズムを刻み、マイクなしで歌っている。
『もし僕が朝の光のように輝くことができたら、君は今夜、僕に気づいてくれる?』
澪は自分以外のパートも歌い上げながら、鬼気迫る表情で観客席を見つめた。絶対にパフォーマンスを続けてやる、という強い気合に満ちた澪の眼光に、観客たちは息を呑んだ。
透真は拳を強く握りしめた。手のひらに爪が食い込む。それでも、目の前の澪から目を逸らせなかった。
——そうだ、止まってる場合じゃない。
気づけば、身体が勝手に動いていた。
『絵に描いたようなストーリーなんていらない……』
透真は澪の後を追い、ステップを刻む。律音も凌介も、それに続く。やがて、他のメンバーも次々に踊り出し、ステージの上は、音のないまま動き出した。
伴奏もマイクもないまま、Serilionのパフォーマンスが続いていく。
そして——最初の手拍子が聞こえた。
はっと顔を上げると、観客の一人が静かに手を叩いていた。そのリズムはやがて周囲へと伝播し、2人、3人と増えていく。次第に手拍子は大きな波となり、会場全体を包み込んだ。響き渡る手拍子のリズムに乗せ、透真は踊る。心臓が高鳴るのがわかる。視線の先で、澪がわずかに表情を緩めた。ステージ近くにいたファンが、驚いて奇声を上げているのが聞こえてくる。
――澪くんが、笑った。
それは本当にささやかな微笑みだったが、ステージ上で彼が笑顔を見せたのは、これが初めてだった。
透真は嬉しくなり、満面の笑みで澪を見つめた。
『たとえ君が知らなくても、この静かな愛は僕を離さない――』
音がなくても、ステージは続いている。
この瞬間、Serilionは確かに『伝説』になった。
***
無音のステージを乗り越えたばかりの6人は、息を整えながら一列に並んだ。観客席からは「最高だったー!」「すごかったよ!」と興奮した声が飛び交い、まだ熱気が冷めやらない。
司会がマイクを持ち、軽快な声で話し始める。
「いや~、Serilionの皆さんすごかったですね! まさかのハプニングでしたが、演出みたいでした!」
「びっくりしましたけど、澪くんが踊り続けてくれたおかげで、俺たちも迷わず動けました!」
透真が汗を拭きながら照れくさそうに笑うと、その言葉に会場から拍手が起こる。
「澪くん、ありがとう……!」
透真は駆け出して澪に抱き着いた。様々な感情が高まって抑えられなくて、どうにか澪に自分の気持ちを伝えたかった。突然抱き着かれた澪は完全に面食らっていたが、悪い気はしないのか、宥めるように透真の背中をポンポンと叩く。
するとその瞬間、会場から割れんばかりの歓声が上がる。ファンの叫び声に驚いた凌介が、肩をびくりと震わせた。
澪は透真にハグを解かれるとすぐにマイクを持ち直し、視線を落としながら静かに言う。
「……Seraphsのみんなが、すぐに手拍子をしてくれたから。最後まで諦めずにパフォーマンスを続けることができました。本当にありがとう。あの瞬間、俺たちは本当にひとつになってたと思う」
感動的な澪のコメントに、観客は頷いた。
律音がにやりと笑って、「珍しく素直に話すのな」と小声で言うと、観客が和やかに笑う。会場の雰囲気が柔らかくなったところを見計らって、司会者が話を続けた。
「いや~、やっぱり素晴らしいチームワークですね! では、せっかくのイベントなので、ここでメンバーの仲の良さが分かるゲームコーナーにいきましょう!」
司会が言葉を切ると、「デデン!」と効果音が鳴った。ステージ後ろのスクリーンに文字が映し出される。
「今回のゲームは、『シンクロポーズ対決』です! お題に沿って、メンバー2人が即興でポーズを取ります。ぴったり合っていたら成功!」
観客から「おおー!」と期待の声が上がる。
「じゃあ、最初のペアは……澪くんと透真くん!」
透真は「えっ」と目を見開き、澪の方を見る。澪は少し驚いたものの、淡々と前へ出る。
「お題は……『仲直りのハグ』!」
観客から「きゃー!」と歓声があがる。さっきしたばっかりなのに……と戸惑っていると、空翔が後ろから「やるしかないね!」と肩を押してきた。
澪は冷静な表情を保ちつつ、透真をじっと見つめている。透真は一瞬ためらったものの、これもファンサービスだと割り切ることにした。澪に向かって、大げさに両手を広げてみせた。
「澪くん、おいで!」
観客が笑いながら「かわいいー!」と声を上げる。しかし澪は微動だにせず、「お前が来いよ」と静かに言った。会場がどっと沸き、メンバーも爆笑する。司会が「どっちが動くかの戦いになってますね!」とフォローする。
「仕方ないな……」
しばらくの睨み合いの末、折れたのは澪だった。両手を広げて待っていた透真の元へ歩み寄り、ふたりが抱き締め合うと、観客は大歓声を上げる。
「では、審査員の皆さん! このポーズは合格でしょうか……!?」
観客が一斉に手を挙げ、「合格!」と叫ぶ。ゲームに正解した透真と澪は、ようやくお互いから離れた。
「みんな~! 澪くんはダンスした後でもいい匂いがします!!」
「何言ってんだ、やめろって……」
テンションが上がってきた透真が叫び、澪は恥ずかしそうに必死で透真の口を抑えようとしている。司会はそんなふたりを見て軽快に笑いながら、進行を続けた。
「透真くん澪くんペアは完璧でしたね! では次のペアいきましょう! 次のペアは、律音くんと凌介くん!」
名前を呼ばれると、律音は絶望したように「うわー……」と嘆いた。
「お手柔らかに頼みます」
凌介はにっこりとファンへ笑ってみせた。
「お題は……『シャワーを浴びる』! セクシーなやつがきましたね~!」
客席のあちこちから咆哮のような叫び声が上がる。律音は口元を手で押さえ、苦笑いをしている。
「……まあ、これなら簡単」
「だよね。律音、ちゃんと合わせてよ?」
律音と凌介が顔を見合わせて笑う。そして、パッとふたり同時に髪をかき上げるポーズを取った。観客はもちろんメンバーからも感嘆の声が漏れる。
「おお、ちゃんと揃ってますね! これはシンクロ率高いですよ!」
「合格!」
ファンからはすぐに声が上がった。
「ふたりとも、すぐにポーズが揃いましたね~。もしかして打合せしてたんですか?」
司会者が意地悪な発言をすると、律音がすぐに「違いますよ!」と否定した。
「凌介は髪が長いので、いつもこうやってかき上げながらシャワーしてるんです」
「……どうして律音くんはそんなことまで知ってるんでしょう?」
司会が疑問をぶつけると、会場から奇声が上がる。変な想像をかきたてる質問に、律音の表情が僅かに曇った。すかさず凌介がフォローに入る。
「あはは、律音だけじゃなくて他のみんなも知ってますよ。僕がよくシャワーが大変だって話してたので」
「ああ、そうだったんですね。それじゃあ、次のペアに行きましょうか。次は……空翔くんと龍之介くん!」
「よっしゃ、行くぞー!」
「簡単なお題、来いっ……!」
意気込む空翔と龍之介だったが……。
「お題は……『猫』です!」
司会者がお題を発表すると、龍之介は膝から崩れ落ちた。
「よりによって可愛い系かよ~!?」
「いけるいける!」
「嫌だって!」
「俺がこの間教えたでしょ!」
猫のポーズを嫌がる龍之介と空翔がしばらく揉めていると、司会者は無慈悲にカウントダウンをし始める。
「……5秒以内にポーズを決めないと、失格にさせてもらいますよー。はい5、4、3、2……」
カウントがゼロになる前に、二人はそれぞれの頭上に指先で耳を作った。空翔は楽しそうに笑っているが、龍之介は今の自分の姿は恥だとでも言うように、目をぎゅっとつぶっている。
「可愛いー!」
客席から黄色い歓声が飛び交う。空翔と龍之介のペアもあっという間にゲームをクリアした。
「皆さん、楽しんでいただけましたかー!?」
「はーい!」
司会者とファンのやり取りを見ながら、メンバーたちはぶつぶつと話し続けている。
「これ、絶対あとで映像見返されたら恥ずかしくなるやつだ……」
凌介はじわじわと羞恥心が込み上げてきたのか、今頃顔を手で覆っている。龍之介は「俺に愛嬌させるなって!」と、まだ可愛いポーズを取らされたことに憤慨していた。
「澪くんとのハグの件は忘れてくださいねー。他意はないですよー」
透真が澪推しのファンから怒りを買いたくなくてそんなことを喋っていると、そのすぐ後ろから澪が現れ、透真の顔を覗き込む。
「……透真からしてきたくせに」
今日何度目かの奇声が上がった。
澪がファンの前でメンバーをからかうなんて。彼がそんなことをするのは珍しかった。透真も驚いて、何も言い返せない。
「では、最後に一言ずつ、イベントの感想をお願いします!」
こうして、笑いと温かさに包まれたリリースイベントの夜は、最高の盛り上がりを見せながら幕を閉じていった――。
***
イベントが終わり、舞台裏へと戻ると、スタッフが慌ただしく動き回っていた。機材トラブルの原因を確認し、謝罪と対応に追われている。しかし、透真の頭の中は、ただひとりのことでいっぱいだった。
「澪くん!」
駆け寄った透真の声に、澪が振り向く。濡れた黒髪が汗で額に張り付き、うっすらと息を切らせていた。
「何?」
「俺、Serilionを守りたい」
透真は、胸の奥から湧き上がる想いを、そのまま言葉にした。
「今日のステージで確信した。どんなトラブルが起きたって、Serilionは立ち上がれるって。澪くんが止まらなかったから……みんなが続いた。俺も、その中のひとりだった。でも、俺はもっと、このグループの力になりたい」
まっすぐな瞳で、透真は澪を見据える。
「俺、絶対にSerilionをなくしたくない。だから——澪くんと一緒に、このグループを守りたいんだ」
澪の瞳が、わずかに揺れる。
「……本気でそう思ってるのか?」
「本気だよ」
透真が即答すると、澪はふっと息を吐いた。何かを噛み締めるように、ゆっくりと目を閉じ、そして——
「俺も同じ気持ちだよ」
澪は小さく笑った。
透真の心臓がまた跳ねる。それはほんの僅かだったが、確かに澪の表情が柔らかくなった瞬間だった。
自分が本気でこのグループを救おうとしている気持ちが、澪にも伝わり始めていた。
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