よくやった我が騎士よ、褒美を授けよう! え、いらない? なんでじゃあ!

@pennico

第1話 【門番騎士】と皇女

主人公いる国のイメージは和と洋が混ざったファンタジーな国だと思っていただければ

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「おいおい、こりゃまたとんでもねぇ仕事が回ってきやがったなぁ……」


 国一番の解体師であり、"親方"という愛称で呼ばれる男が群集にその背を押されながらも少し先で横たわる"ソレ"を前に、有頂天になってはしゃぐ二Mメテル近くある無駄に体がデカい弟子達を視界の端に収めつつ、眼前の"山"を見上げて騒めきの中で呆けたように呟く。

 

「やっべぇな親方! こんなに綺麗な『破城魔猪エリュマントス』の死体を生きてる内に見られるなんて感動で涙が出そうだぜ俺ァ!」


 親方の前で弟子の一人が酷く興奮し、目を輝かせて大声を上げる。

 そのあまりの声量に他所からこの国へやってきた行商人達が顔を顰め迷惑そうに耳を塞いだ。

 彼等が今居る場所は親方達の住む皇国において防衛の要である巨大城壁の正面に構えた大城門の直ぐ傍。

 大陸にある主要な列強国全てに繋がる交易路の為、人の通りが最も多く、それ故に魔物の被害が多発する大城門のすぐ近くで、彼等は"山"と呼称するに相応しい巨大な生物の死骸の周囲に集っていた。

 

 五十Mメテルを超える巨体は余す所無く分厚い鱗で覆われ、死んでなおその身体から放たれる威圧感は周囲の小動物達が尾を撒いて逃げ出し、見物客達も無意識ながら湧いて出る胸の騒めきに不安を抱き生唾を飲む。

 その気性が荒さと"自身より大きな物体を見ると突進する"という傍迷惑な性質を持つことから過去、小国の城に突進して半壊させた事例や国を引き潰した伝説が存在する超々危険な魔物『破城魔猪エリュマントス』はその巨体に見合う太い首を両断されて絶命していた。

 首を落とされる前は城壁の向こうからでも視認が出来る皇族が住む巨大な王城へ、その厄介極まりない本能に突き動かされるまま突進を仕掛けたのだろう――倒れながらも突進の勢いと自重で深い轍を刻み、城壁を避けるような位置で死骸へとなり果てていた。

 

「長兄の言う通りだぜ親方! コイツの身体は捨てるところがねぇ何にでも使える素材の宝庫だが、この巨体と硬い鱗に加えた強靭な生命力が原因で死ぬまでの長い間、延々と攻撃に晒され続けちまう。そのせいで討伐例の殆どは外皮内臓も衰弱しきっちまって解体する頃には使いモンにならなくなる! だがこの死体は首を一撃で断たれそれ以外に傷がねぇ! 鮮度抜群の『破城魔猪』なんて解体師にとっちゃ最高の代物じゃねぇかよ!!」

「血が腐ってねぇ『破城魔猪』を解体バラせるなんて……っ! くぅ~っもう我慢出来ねぇ……! 早く解体ヤッちまおうぜ親方!!!」

「親方ぁ!!!!」

「相変わらずうるせーし、その面で物騒な事言ってんじゃねぇ馬鹿共が……」


 喋れば喋る程声がでかくなる四兄弟の弟子達のダル絡みに慣れている親方は周りがそのやかましさに白い目を向ける中、平然と言葉を返した。

 

「やれやれ、こりゃあ当分コイツに掛かりっきりになるな……腐らせねぇよう氷の魔術師を十人は寄越して貰わねぇと。んで、兵隊さん……一応・・聴くがこれをヤッた張本人はどこの|どなた様、なんですかねぇ?」


 自身の無毛の頭皮に手をやり、親方が周辺の警邏中に一部始終を目撃していた兵隊へ分かりきった答えが返ってくることを承知・・・・・・・・・・・・・・・・・・・で問い掛ける。


「それは当然、【門番騎士】様だよ」


 親方に対し、兵隊も当然と云わんばかりの声色で返事をする。

 

「まぁ、だよなぁ……」


「こういう突発的な魔物騒ぎはよくあるが、皇国の入口である大城門周辺で起きる事は全部あの方のもんさ。なんてったって、この間の皇国上空を飛んでいた龍を撃退したのもあの方だったからな!」


 予想通りの答えに親方は納得し、兵隊は己のことでも無いのに何故か得意気にし、その後すぐに周囲の人々に語り掛けるように己が見た【門番騎士】の武勇伝を話し始める。

 見物人の中に混ざっていた吟遊詩人がこの商機を逃さず音楽を奏で始め、兵隊の武勇伝を語る口もそれに乗せられて熱を帯びていく。

 話を聞こうとさらに人が集まり、大城門が渋滞し始める。

 

「おっと、このままじゃ出入りの邪魔になっちまうな」


 混雑する状況を見かねた親方が一言口にし、己の頬を両手で力強く張る。

 バチン!という音を立て、両頬に大きな紅葉を作った親方が大声を張り我慢の限界寸前の弟子達へ指示を飛ばす。


「一先ず遠くに運んでから始めんぞ馬鹿弟子共ォ! 兵隊さん方も手伝ってくれ! 今回は皇女ひめみこ様直々の依頼だ。二週間で全部終わらせんぞテメェ等!!」

「「「「やっとキタぜぇぇぇ!!」」」」


 こうして、親方の指示に雄叫びで返す弟子達と死体の運搬に手を貸すべく集まった兵隊達と共に、皇国をひっそりと脅かした魔物の解体は進められていくのでであった。

 


 


 絶大なる軍事力を誇り堅牢かつ巨大な城壁が築かれた列強国――皇国こうこく

 大陸の中央に座し、象徴にして国花である桃色の花を咲かせる広葉樹が至る所で一年中咲き誇るこの国は、他の列強諸国の侵略行為や領土問題に悩まされながらもその恵まれた軍事力で国土の凌辱を跳ねのけ続け、大陸に存在する全ての国家の貿易中継地点という莫大な富を産む立場を欲しいままにしていた。

 そんな皇国を治め、帝の血を代々継ぐ皇族が住む王城――その玉座の間にて。

 凛々しく張りのある声が厳かな空気の張り詰める広間に響き渡った。

 

「皇国に迫る『破城魔猪』を一切の被害を出さず、一刀ならぬ一槍のもとに切り伏せるとはまっこと見事である!」


 齢十六か其処等の少女が三つ並んだ玉座で腰かける男女――つまりは皇国の帝と彼を支える二人の妃の姿を遮って前に立ち、腰まで伸ばした菖蒲アヤメ色の髪をたなびかせ、演歌歌手の如く拳を握り締めて仰々しい仕草で語り続ける。


かつて最大危険度S級の魔物である『破城魔猪』を相手にああも鮮やかに一撃で首を断ち切り、瞬殺して見せた者が居ただろうか! いいや妾の知る限りはおらぬ!」


 皇国で最も大きな建造物である王城からは城壁の向こう側まで視認することを可能としている。

 件の魔物が現れてから討伐するまでを見ていたのであろう、利発そうな少女は鼻息を荒くさせ熱く語る。

 

「一応出来そうな者はいるぞ、トモエ。我が国では少なくとも後三人はな」

「ウフフ、そうねぇ。頑張って探せばもうちょっといるかもよね」

「クフフ! 我が子ながら、トモエはいつも元気よのぉー」


 嬉々として弁舌を振るおうとする少女だったが、その背後から揶揄いを含んだ声とそれに同調するなんとも緊張感に欠ける穏やかな声、そしてリラックスしきったようなのんびりとした声がその背中に掛けられた。

 途端、厳かだった空気が弛緩する。

 

「……父様達はちょっと黙っておれ!」

 

 玉座に並んで座る赤い瞳の男性と金髪のニコニコと朗らかに笑う女性と菖蒲色の髪の古風な口調の女性――つまりは皇帝と王妃の二人を少女は冷たくあしらう。

 その顔は直前の上機嫌な様から急転落し、あからさま不機嫌面で皇帝を睨みつける。

 本来ならば不敬罪極まる所業であるが、自身を粗雑にあしらった少女を見る皇帝は慈愛の籠った瞳で彼女の背中を見つめ、玉座の間を護る近衛兵や専属メイド達はこのいつものやり取りを微笑ましく見守る。

 それもそうだろう。

 母譲りの菖蒲色の髪と父譲りの赤い瞳を持つこの少女の名はトモエ・ココノエ。

 皇帝を"父様"と呼んだことで分かる通り、この国を代々治める皇族の血を継いだ第二皇女なのである。

 家族からの横槍で乱された空気を咳払いで濁し、王族四人の前で首を垂れて跪く一人の男、その寝癖・・の付いた後頭部へその赤眼を期待を込めて視線を送る。

 

 常識的に考えれば、皇国に仕える者が彼と同じように皇族に直接謁見する立場になれば、身嗜みを整えられ正装に着替えさせられた上で参上することが常識だろう。

 しかし、顔を上げる事無く首を垂れ続けるこの男は今こうして皇族と直々に謁見し、その功績を讃えられるという貴族も羨む状況にあるにも関わらず、正装もせずクネクネ曲がった癖毛を整えるどころか寝癖まで付けて参上している始末だった。

 そして、身に纏う鎧も鉄で作られた、飾り気も無い俗に言う大量生産の既製品。

 手入れはされているようだが傷や汚れが至る所に散在し、その劣化具合は鎧としての機能を十全に発揮することは叶わないだろう。

 また、背中に差した槍も腕の良い鍛冶職人が手掛けた名品ではあるが、それ以上の槍など探せば容易く見つかるであろう程度の代物。

 

 客観的に見て"酷くみすぼらしい恰好をした雑兵"と形容するのがふさわしく、彼の今の恰好はドレスコードに反したものどころでは無い。

 強力な魔物討伐後とはいえ、この恰好で参上していることが国の威信そのものである皇族に対する明確な不敬。

 本来ならば、なんらかの罰を課せられてもおかしくは無いだろう。


 しかし、そんな無礼を働く男を前に国の中枢たる宰相等はそれを叱責するどころか小言を零すことも無く、皇族が彼を讃えるのを口を噤み見守っていた。

 

「ん”ん”っ! 此度の偉業はまさに其方にしか出来ぬ仕事振り、強大な怪物を打ち倒してこそ皇国が誇る"騎士リッター"というものよ!! 流石は妾が見込んだおのこよ。のぉラウド?」

 

 皇帝父達からの横槍で弛んだ空気を引き締めるように一度咳払いをし、再び仰々しい身振りで男へ声を掛けたトモエ。

 鼻息荒く賞賛を口にするトモエを前に、ついにラウドと呼ばれた男が口を開いた。

 

「私のような一介の平民が畏れ多くも貴方様の発言を訂正しますが、俺は"なんちゃって騎士きし”ですよ。姫君」


 態勢は変わらず、顔を上げないまま男がトモエの発言を無礼にも男が訂正する。

 男――ラウドのその物言いにトモエの口から大きな溜息を一つ零し、口を開いた。

 

「教会から正式に騎士の位を授けられとるのに、まーだそんなことを言っとるのか其方は……」

「全く可笑しな話です。私は騎士の位は不要だと申しましたのに、姫君がしつこく駄々を捏ねるから。しょうがなく今は騎士"|ごっこ"をしてあげてるんですよ、私。それだけで十分でしょう?」

「いや、じゃから騎士の叙勲は拒否できぬと何度も言うとるだろうが! そのやれやれ……みたいに肩を揺らすの辞めろ! イラっとする!」

「やれやれ……三年前から姫君の怒りっぽさは変わりませんね。もう十六でしょ? もうちょっと大人なレディにならないと、良い縁談が来ませんよ?」

「其方、マジ不敬な? むしろ来すぎてうんざりしておるところじゃ。はぁ、騎士というのはどうしてこう我が強いというか、変人ばかりというか……いや。騎士の中でも面と向かって妾を煽るのは其方だけだがな」

 

 騎士リッター――それはこの世に二十人と居ない人間の"極致"。

 そのどれもが変わり者や奇人ばかりで、凡そ真っ当な常識人が殆ど居ない事でも有名な"ヤバい奴等"。

 しかし、その一方で、人類間において"最強"を意味する言葉とされている。

 騎士は力の象徴とされており、その象徴っぷりたるや国の軍事力は兵数では無くその国が保有する騎士の数で現わされる程だ。

 戦乱の時代でもある現代で、大陸中央に存在する皇国が今なお健在かつ栄華を誇っているのは、この国には四人の騎士が居るからに他ならない。

 

 騎士が四人――それは世界的に見てもその数はトップクラス。

 彼、彼女等の戦闘力は凄まじい――等という陳腐な一言では済まないだろう。

 騎士同士の戦いで地形が変わるなどは常のこと。

 中にはたった一人で国を攻め滅ぼした騎士や、太古より現代も生き続け数多の騎士を屠った龍――古龍の単独打倒すら成し遂げた騎士の逸話も実在する程だ。

 だからこそ、騎士の称号を持つ者は自由にして不可侵。

 例え、皇族であろうが絶対的な力を持つ騎士を縛ることなど出来ないのだ。

 

 その言葉遣いは割と丁寧なものの、皇族の言葉を真っ向から訂正し、皇女を煽り始めたこの男――名をラウド・ガルバンド。

 皇国領土内の地方にある酷く辺鄙で小さな農村で、牛飼いの家庭に産まれたラウドは産まれながらの超人だった。

 赤子の頃には父の腕の骨を握り砕き、幼少期は牛を片手で引きずり回し、少年期には泥の変わりに廃棄予定の屑金属を捏ねて団子を作って遊ぶという、その超人性を遺憾無く発揮する子供時代を送っていた。

 また、そんなラウドを村に住む住人達は恐れることは無く、他の子供達と変わらず触れ合ったことは幸いだっただろう――ラウドはちょっと煽り癖のあるちょっと変だが真っ当な青年へと育っていった。

 

 

 そんなラウドが騎士の称号を授けられたのは三年前のこと。

 長年小競り合いを続けていた皇国と隣国である帝国との間で領土を侵略を目的とした戦争が勃発。

 帝国の狙いはラウドが産まれた農村を含めた穀倉地帯。

 迫る軍勢を前に近隣の村々の村民が逃げる時間を稼ぐ為、帝国の騎士が率いる一万の軍勢を五百人の義勇軍のうちの一人として加わった。

 義勇軍に退役軍人が参加していた事が功を制し、山岳部の細道と山の至る所に繋がる古い坑道を利用して僅かな手勢での足止め作戦は帝国軍に対して効果的に作用していたが、戦況を見かねた敵国騎士が戦線に参戦。

 氷結の異能を持つ騎士の力は凄まじく、坑道を潰す為に山そのものを大きな氷塊とすることで義勇軍の抵抗手段と戦力を根こそぎ削ぎ落したのだ。

 

 そんな絶体絶命の義勇軍を救ったのがラウドだ。

 僅かに生き残った義勇軍の中から一人飛び出したラウドは相手の騎士に勇猛果敢にも挑みかかった。

 騎士が振るう氷結の異能とラウドの超人的な身体能力の衝突は両軍……特に兵数の多い敵軍に大打撃を与えた。

 三日三晩続いた騎士とラウドの戦いは、トモエの率いる援軍が到着するまで続いた。

 

 凍てつく寒さに消失した森。人の形の名頃を残す無数の壊れた氷像と不自然な程隆起した大地。その横腹に風穴を空けた山々。

 当時、皇族として経験を積むために初めて戦場へ赴いた齢十三になったばかりのトモエは初めて目にする"騎士"同士の激突が起こす惨状に大きな衝撃を受けながらも――その中心で、槍を片手に全身から血を流しながらもしかと両の脚で大地を踏みしめ、こちらを見据えるラウドの姿は今でもトモエの記憶に色濃く刻まれる程の衝撃を彼女に与えた。

 

 そんなこんなで彼をいたく気に入ったトモエがラウドを王城へ連れ帰り、療養すること数日後。

 突然、教会の使者が予告も無しに王城へ来訪し、「ラウドに騎士の位を与える」とトモエ達へ告げたのだ。

 しかし、「騎士? いやー要らないかな……牛と馬の世話しないと」「この爆乳(使者)誰? 要らないって言ってるのに全然聞いてくれないんだけど……」「そういうのいいから、異国の牛か山羊とかくれない? 新しいチーズを作りたいんだ」と徹底拒否。

 驚く程に牛飼いへの愛着を見せ、前代未聞にも騎士の叙勲を拒否し続けるラウドにトモエが数日掛けて交渉をした結果。

 

 『じゃあその騎士"ごっこ"に付き合ってあげるけど、代わりに「門番」みたいな楽な仕事だけしかやらないし、朝は牛達の世話があるから働くのは昼からね。……ところで君誰? どこの子かな?』

 『ごっことは何じゃ! 妾が子供とはいえ、お主色々失礼だぞ……戦場でうたのに誰とか言うし! ってか妾、この国の皇女なんだが!』

 『いやー。まさかウチの商品を気に入ってくれてる第二皇女様とお会いできるなんて。今年も良い物が出来てるんで、楽しみにしててくださいね』

 『うむ。お主の家が作る乳製品は真美味だからな。次の献上も楽しみにして――って妾を誰か知っておるではないか!?』

 『ハハッ、ジョークジョーク。そう怒らない怒らない……あ、このナッツ食べます?』

 『なんじゃこいつ……!?』

 

 なんて一幕がありながらもその日、皇国に四人目となる騎士()が誕生した。

 超ド田舎産まれ、教育最低限、礼儀……??? 状態なラウドからすれば皇族と言われても、本人の中では「なんか偉い人なんだろうな = うちの村長をでかくした感じ(?)」となんともふわっとした認識のせいで農村の村長と殆ど変わらない対応をしているだけなのだが、ナッツを方張りながら、第二皇女と行うやり取りを見て何人もの侍従の顔が青褪めさせ見守っていたという。


 本当に門番しかやらないし昼からしか夕方前までしか働かないが、門番としての機能を十二分どころでは無い程に発揮し、皇族たるトモエとの間で騒動に巻き込まれながらも功績を上げ続け、いつの間にか呼ばれるようになった名は【門番騎士】。

 

 そして現在、あの頃から何も変わらないラウドを前にトモエの口が楽しそうに弧を描く。

 この三年。

 色々なことがあった。

 

 帝国から布告無しにプライドの塊氷結の騎士に再戦を申し込まれ、皇族に許可も取らずに決闘を始め、打ち勝ったり(山がいくつか消えた)、

 チーズ作りに没頭してトモエの誕生日パーティをすっぽかしたり、

 皇族たるトモエの血を取り込もうとした裏社会の巨大組織が宰相を抱き込み、騎士が不在な僅かな間に攫われた彼女を奪還したり(城壁の二割が吹っ飛んだ)、

 牛の出産立ち合いの為に、無断で門番(本人曰く、門番は慈善事業ボランティア)を休んだり――。

 突然仕事に来なくなり、皇族からの招集令を無視していると思えば、新しく馬を飼い始めたらしく。それを愛でるのに一ヵ月以上門番をやらなくなったり(相当駄々をこね、皇族と教会が手を組んでめちゃめちゃ頑張って説得した)、

 

 …………とにかく色々あったのだ。

 そんなこんなで【門番騎士】の名はこの三年で諸外国にも口伝えに広がり、より一層皇国への対応を改めさせることになり、結果的には皇国にとっては吉兆ばかりがラウドの所業功績で齎された。

 そして今回。

 新たに築かれた偉大な功績を、皇国の長の一族として讃える口上を高らかに放った。

 

 「我が騎士の無礼に慣れてしまっている自身になんとも言えん複雑な気持ちが湧くが……とはいえよくやった妾の騎士よ!! 其方の活躍がまた皇国を救った! 故に――」


 新たな功績を立てた彼に、渾身のドヤ顔でトモエはもはや"御約束"となった決め台詞を吐き出した。

 

 「其方には此度の褒美を授けよう!!! "皇族が管理する宝物の中で望む物を一つ。さらに公爵の位の授与と功績に見合う報奨金、そして其方の為に作らせた騎士に相応しいこの専用の槍"を送ろうではないか!!」


 トモエが衛兵に持たせた両刃の赤い柄の槍を指差し、ポーズを決める。

 彼女の今の心境を言葉にするならば、「決まった……っ!」 であろう。

 

 トモエはこの褒美を授ける前のこの口上を話す時が公務の中では一番好きだったりする。

 この口上に平民は勿論、大貴族や騎士も顔を喜びに綻ばせ褒美を受け取る。

 皇族の繁栄を象徴するようなこの光景はトモエ達が愛する国の為に働く彼等へ、皇族の一員として報いるこの瞬間に強い満足感と充実感を感じるのだ。

 トモエの口上がラウド以外の誰かであれば、この後はそれはもう盛大に祝われ晩餐会まで直通コース。玉座の前に控える護衛や侍従達もこれから始まる激務を前に気合を入れ備えるのだ――本来ならば。

 しかし、この【門番騎士】への謁見――これだけは頂けない。

 ラウドの返答を聴く前段階で既に両親は苦笑い。

 侍従や執事達もラウドのことを酷く冷めた目で見つめる。

 

 「いやー……いつも言ってるんですけど、そういうのは要らない・・・・からなぁ。あ、じゃあ今年仔馬が産まれたんで栄養価の高そうな飼葉いっぱいくださいよ。一年分を定期的に貰えると最高ですね^^」


 これだ。

 褒美の話が出る度に似たようなことしか口に出さないこの男に皇族に従い、彼等に奉仕するこそが最大の喜びを感じる侍従達がげんなりとする。

 この男は筋金入りの酪農馬鹿――脳内の十割が牛、馬、羊、山羊を育てること、そして乳や羊毛で加工品を作ることにしか興味を示さないのだ。

 今話に出た仔馬というのも、どうせ以前門番の仕事を放棄した件で話に出た馬が産んだものだろう。

 

 「またかァーー!! 何故其方は受け取らん!! 其処等の貴族なら尻尾を振って喜ぶ物ぞ!」

 

 「これトモエ。貴族を犬のように言うでない。相手より地位が低い者が尻尾を振るのもまた処世術だと教えたであろう?」

 

 「妾はともかく、母様第二妃がそれを言うのは色々と拙いのでは! って、娘の妾にこのようなことを言わせないでください!」

 

 「いやだから、受け取らないんじゃなくて別のにして欲しいんですって。牛飼いに武器とか渡されても困るんですよ! もっとこう……牛飼いが喜びそうな物を毎回選んでくださいよ」

 

 「其方は騎士だと何度も言うとるだろうが! 後、要らないって言うな! その心底迷惑そうな顔もやめろ! 傷つくだろ!」


 キーキー吠えるトモエが地団太を踏み、ラウドに異議を唱える。

 今のラウドの表情を表すとこうなるだろう。


 ( •᷄ὤ•᷅ )


 眉間に皺を寄せ、眉を顰める――明らかに嫌そうだった。

 

 「こ、の……っ! そうじゃ、この間やった三ツ又の槍はどうだ……ん? そうだ、何故今手に持っておらん」

 「あー、あの"フォーク"はかなり助かってますね。うちの爺ちゃんも年で普通のフォーク(牛なんかの寝床に引く敷料や藁を掬うもの)は重くて作業が出来なかったんですが、あれは大きさの割に凄く軽いんで重宝してるって喜んでます」

 「皇国一の鍛冶師に作らせた槍を牧草フォーク代わりに使っとるのか!? 武器として使えと再三言うたであろうが!」

 「いや、槍は別にこれでいいし……爺ちゃんも世話が出来なくて落ち込んでたんで……今は凄く喜んで作業してますよ」

 「既製品と専用の武具を比較するな……というか、妾からの贈り物を他の者にやるな! 泣くぞ!」


 武器を贈れば農具にし、防具をやれば宝物庫に無断で戻し、財宝をやれば貧しい者に投げ渡す。

 この男の思考は、牛飼いとしての仕事に使えそうかどうかで物の使い道を決めるのだ。

 以前、試しにトモエが褒美を全て牛飼いに必要な物に揃えて渡した際、ラウドはそれはもう喜んだ。

 大喜びで受け取り、数日門番に来なくなったと思えば(褒美の中にあった新しいチーズ製造機にドハマりし、数日チーズ作りの研究をしていた)、後日意欲的に門番に取り組む彼の姿が目撃されたとか。

 

 しかし、功績を上げた"騎士"への褒美が"牛飼い"の道具。

 どれだけ本人が望もうが、外聞としては余りにもよろしくない。

 悪意ある者や皇国を陥れようとする者達が見れば、自国の騎士に対して「牛飼いでもやっていろ」と国が言外に告げていると受け取り、抗議する者達が後を絶たなかったのだ。

 特に国外――つまりは他国の連中はラウドへの褒美内容に関する知らせを受けてからは、水を得た魚のように意欲的に"引き抜き活動"を始めた。

 他国からやってきた使者が隠すことなく、正門で門番をするラウドへ"自国の勧誘ヘッドスカウト"を行い、それは日に日に増すばかり。

 国を挙げて抗議をしようにも褒美内容を突かれればぐうの音も出せないのは明らかだった。


 この一件は、当分の間トモエを含めた皇族の頭を悩ませる大きな問題となった。

 故に、トモエ達は正式な場で褒美を贈る際は、受け取って貰えないと分かっていても至極真っ当な金品を用意する――そういう背景があった。

 

 「はぁ、どうせこうなると思っておったわ。褒美は全て其方用の宝物庫に入れておくからの――まてまて、それとは別に新しい農具か何かを手配しておくからその顔はやめよ」

 

 再び、( •᷄ὤ•᷅ )の顔になり始めたラウドはその一言で笑顔になる。


 「じゃあ姫君、牧草お願いしますね。俺は門番の仕事に戻りますから」

 「……う、うむ。しっかり励むのだぞラウドよ」

 「あ、忘れてた。俺一時間後には帰りますね」

 「……えっ。まだお昼――」

 「冬に備えて羊毛で防寒服作りたいんですよね。じゃ、俺はこれで」


 言うだけ言ったラウドが玉座の間をゆっくりとした歩調で出て行く。

 途端に静寂に包まれる玉座の間で、トモエは疲れたように肩を回す。

 

 「彼奴の奔放さはどうにかならんのか……」

 

 出会って三年になるがラウドの奔放さは不変も不変。

 他国の王族に対してもこの対応で接し、一切変わらないのがラウドの恐ろしい所の一つだった。

 

 「ハハハッ。トモエはいつも騎士ラウドに翻弄されているな」

 「うぐっ……父上、そう言わんでくれ。ラウドの酪農馬鹿っぷりは手に負えんのだ……」

 「クフフ! そんなこと言うて、実はラウドとのこの問答をいつも楽しみにしておるではないか」


 母の言葉にトモエは僅かに顔を赤らめる。

 

 「は、母上はお静かに!」

 「我が騎士、なんてラウドくんにしか言わないものねトモエちゃん」

 「~~ッ! クララ母上もからかうのはお辞めください!!」


 類まれなる才を持ち"皇国の才女"と呼ばれ他国との外交で特にその手腕を振るう彼女でも、癖が余りにも強い――というか余りにも自由が過ぎる"騎士"達の相手を努めきれず、ラウド以外の三人の騎士に対しても同様に何らかの強烈すぎる癖には翻弄されてばかりだった。


 トモエは自国に仕える四人の騎士それぞれと何年もの付き合いがある。

 そこで掴んだ彼等の特徴を文字に起こすのであれば、

 

 酪農馬鹿(会話が全て酪農の話になる。すぐに帰るし、繁殖シーズンになると皇都に顔を出さなくなる)

 オシャレ中毒(会話が全てファッションの話になる。無理矢理服を着せ変えられ、満足するまで絶対に解放して貰えない)

 サイコパス・バイセクシャル(会話が全てド下ネタになる。下ネタ好きな母が同調して止められない)

 金属依存症(会話が全て自分好みの武器の光沢の話になる。光沢は意味が分からない)

 

 こうなるだろう。

 

(いや、どうやって手綱を握れと……? 無理であろう、これ。なんだ光沢って)

 

 頼もしい"騎士"ではあるのだが、余りの特殊さに頭を悩ませるトモエ。

 

 「ハッハッハ! 悩んでおるな。しかし、あれこそが"騎士"というものだ。しっかり、付き合ってゆくのだぞトモエ」


 それこそが大いなる国益に繋がる――と、終始したり顔の皇帝が笑いながら告げる。

 

 トモエは視線をラウドが出て行った大扉の方へ向け、物憂げな雰囲気で頭を抱えしゃがみこむ。

 長い付き合いになるであろう騎士達との関わり方に、この国一番の苦労人皇族は今日も頭を悩ませるのであった。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

ラウドくんは酪農をする為に生きています。

牛と触れ合わないと暴走します。


後、ラウドくんの家に牧羊犬はいますがいません()。

いるにはいるんですが、牧羊犬としての訓練する前に当時小さかったラウドくんが牛や羊を追いかけて押したり力尽くで引っ張ったりして制御してました。

なので、牧羊犬として飼われましたが今ではすっかり室内犬として愛されています。

羊とか追えません。

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