第5話 百年後のボク
【語り】キアリ・ヴォール・ダン・フリス
木々が鬱蒼と茂る森の中。
GAAAA!
「キアリ!」
唐突に名前を呼ばれて、私はとっさに身を伏せた。
さっきまで私の頭があったあたりを大きな鎌がブンと空気を震わせながら通り過ぎていく。
いつの間にか私の背後に忍び寄ってきた巨大鎌虫が、その大きな鎌で攻撃してきたのだ。
(あわわわ!)
私は無様に転げながらその場から退散する。
「数が多すぎる! キアリはそこに隠れていなさい!」
「は、はい!」
アニスに怒鳴られて私は木の陰に身を隠す。身を隠したからといって油断できない。魔物はどこからでも襲ってくるのだ。
アニスが剣を振るう。巨大鎌虫の鎌とアニスの剣が火花を散らす。
「クレア!」
「任せといて!」
クレアがローブをはためかせながら杖をかざす。
杖の先に風が渦を巻く。
「光の精霊よ、我が敵を打ち滅ぼせ!」
神聖魔法【光の矢】!
光の矢が巨大鎌虫の鋭い鎌を打ち砕いた。
GAAAA!
巨大鎌虫が苦悶の悲鳴を上げ、傷口からあふれだす焦げた紫色の体液が草地を濡らす。
むっとした瘴気が周囲に満ちた。
ガサガサと周囲で動く気配がした。
アニスが顔面蒼白になりながらこちらを振り向く。
「まずい! 仲間を呼んでいる!」
アニスの悲痛な叫びが森に響いた。
巨大鎌虫は森で遭遇する魔物の中ではそれほど脅威となる魔物ではない。
でもそれはあくまでも単体での話。護衛を雇いってそれなりの装備を準備して「はい、戦いましょう」とした時の話だ。
でも、はっきりいって今の状況は想定外。ここにいる全員がパニック状態だ。
そんな中で統制なんて取れるはずもなく、魔物を倒してはいるけど、魔物は時間が経つごとにどんどん増えている。
(このままではまずい)
今は何とか持ちこたえているけど、一人でも倒れたらお終いだ。それに時間が経つごとにどんどん状況は悪くなるばかりだ。
「キアリ! 何とか隙をみてここから逃げるんだ!」
「でも!」
アニスが叫んだがどう考えても無理だ。無理で無謀で絶望的だった。すでに周囲は魔物に包囲されている。
「ああもう! こんなことならもっと高い酒を飲けばよかった!」
「そんなお金なんてないくせに!」
「うるさい!」
クレアのツッコミにアニスが吠える。なんだかんだでこの二人は仲がいい。
私たちは冒険者だ。今回はギルドの依頼でこのグリムウッドの森の調査に来ていた。
ギルドの話ではグリムウッドの森の魔物が増え始めている。その調査に私たちは来ていた。すでに何人もの冒険者が先に同じ依頼を受けていて、その全員が未だ帰ってきていない。
その冒険者の捜索と、原因の究明が私たちの仕事だった。
今回、この森に入っている冒険者は私たちだけではない。ギルドは今回の調査を複数の冒険者に依頼し、何としても原因を究明しようとしていた。
今回参加した冒険者のグループは私たちを含めて四グループ、まずは全員で移動し拠点を設置、そこから三方向に分散して探索を行うことになっていた。拠点にはギルドと一組の冒険者が待機していて、明日の昼までに一度戻ることになっている。もし戻ってこない冒険者のグループがあったなら、今度は残った全員でその地域を探索するという作戦だった。
「これじゃ、下手すると最初の冒険者たちは絶望的だな……」
アニスの言葉に私は頷いた。森の中がこんな状況では、行方不明となった冒険者ではすぐに殺されてしまうだろう。問題は私たちがどちら側の冒険者なのかということだ。
入ってすぐの森は何の異常も感じられなかった。
でも、ある一定の距離を進んだところから森の雰囲気が変わった。獣や虫の気配がなりを潜め、これはまずいと気づいた時にはすでに魔物たちに囲まれてしまっていたのだ。
「なんとかして逃げ出さないと、魔物たちが森を抜けてしまうぞ!」
アニスの言う通りだ。
魔物の大暴走。
時折、ダンジョンや森から魔物の大群が押し寄せることがある。原因は定かではないけどダンジョンや森には一定数の魔物がいて、その許容量を超えた瞬間爆発的に魔物があふれだすという現象だ。ここ数年のうちでの発生は二度。そのどちらも周辺の村や町は壊滅的な被害をもたらしている。
今の魔物の増え方を見る限り、その可能性は高そうだった。
クレアやアニスはそれなりに実力がある。私にもう少し力があればこんな状況にはならなかっただろう。
「変な気を遣うんじゃないわよ」
クレアが私の顔を見て声をかけてくれた。
こんな状況なのに彼女は私のことを気にかけてくれている。そんな気遣いがかえって苦しい。
光の矢が魔物たちに襲い掛かった。
「そろそろ魔力が尽きそう!」
クレアが悲鳴を上げた。
もう限界だ。
死ーー。
暗い考えが脳裏をよぎる。冒険者において一番の強敵は自分自身の心だと教えられた。
どんなにピンチでも、あきらめなければおのずと道は開ける。だから、冒険者は死の瞬間まで決しておきらめてはいけない。
「キアリ!」
クレアの悲鳴に似た声が聞こえた。
振り返ると目の前に巨大鎌虫の巨大な鎌が迫ってくるのが見えた。
(あ、これは……)
何もかもがスローモーションのようにゆっくりと見える。
黒々として鋭い鎌。一薙ぎするだけで私の体は真っ二つになるだろう。
ぎりぎりまであきらめるな。そう思っていても体が動かない。視界の端に必死になってこちらに向かおうとする二人の姿が目に入った。
(クレア、アニス……ごめん!)
私はゆっくりと目を閉じた。
次の瞬間。
「あわわわわ! ちょっとそこどいてーーー!!」
突然、空から声が聞こえた。
続いて、爆音。
土煙と共に地響きがする。
GAAAAA!
次に響いたのは私の悲鳴でもクレアの悲鳴でもなく巨大鎌虫の苦痛に満ちた叫び声だった。
「あんのクソ師匠! なんてところに放り出すんだ!」
「え……っ?」
目の前の出来事が信じられない。
先ほどまでのさっきに満ちた空気が嘘のように霧散した。
それは男の子だった。
私よりも年下っぽい感じだ。
「目をつぶらないで! 死ぬ瞬間まで生きることを諦めない! 諦めたらそれでおしまいだよ!」
凛とした子供の声だ。
それは幼いけれどもどこか大人びた声だった。
「えっ……誰なの?」
白い服を着た男の子が立っていた。
銀色の髪がすごくきれいだと思った。
男の子の前には鎌を砕かれのたうち回る巨大鎌虫。よく見れば前足がニ本はじけ飛んでしまっている。
「キアリ、大丈夫?」
アニスが駆けつけて私を立ち上がらせる。
「せっかく現世に戻ったのに魔物に出くわすなんてついてない」
がっくりと肩を落とす男の子。周囲には魔物の群れ、とても楽観視できるような状況ではなかった。
巨大鎌虫たちは襲い掛かってこない。まるで何かの力に阻まれたいるかのように、一定の距離を置いて近づいてこなかった。
私は小さく息を吐く。
まだ生きているということが信じられなかった。
「あの……あなたは……?」
状況がうまく呑み込めない。
「こんなことを聞くのもどうかと思うけど、あなたはいったいどこから来たの?」
剣を構え魔物たちを警戒しながらアニスが尋ねた。クレアも杖を構えているがその顔色は悪い。
先ほどはどういうわけか助かったけど、もう一度襲われたなら助かる保証はなかった。
「えっ、ボク?」
場違いなほどのんきに男の子は首を傾げる。
「それは……」
男の子は右手の人差し指で上を指す。
私は上を見上げた。
「ちょっと、それどころじゃないわ!」
クレアが悲鳴を上げる。
周囲にはまだまだたくさんの魔物がいるのだ。
GAAAAAAA!
「まったく、うるさいなぁ。こっちは目覚めたばっかりなんだよね!」
男の子が手をかざす。
同時に光が周囲にあふれた。光はふわふわと漂いながらそれに触れた魔物たちを次々に消失させていく。
周囲一帯から魔物が消失した。
空気すら浄化された感がある。
「これは……浄化魔法!? ……こんな神聖魔法見たことないわ!」
クレアが目を丸くして言った。
浄化魔法は高位の……しかも国家レベル級の司祭にしか使えない究極魔法……のはずだ。しかも、神聖魔法に詳しいクレイも知らないような魔法なんて……
音もなく周囲の魔物たちがすべて消滅したのだ。
それも一人の男の子の力によって……
男の子は私の目を見つめてにっこりと笑った。
「空からやってきたのさ!」
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