スラム街冒険者と悪魔憑き ~百年の修行から始まる魔法革命譚 〜
須賀和弥
第1話 サラ・ヴェレニア・アリオーネ・ディアファナ
【語り】ボク
目がさめると、そこは白い世界だった。
(ここはどこなんだろう?)
ぼんやりと考える。
いつもの部屋の中だろうか。
でも、いつもの部屋だったら、もっと寒くて暗いはずだ。
あの日ーー
十才の誕生日、ボクが「あくまがえり」だって分かったときから、ボクはおやしきの地面の下の小さな部屋にとじこめられた。
今までやさしかったお父さまも、お母さまもボクが「あくまがえり」だって分かるとすごく泣いて、すごく怒って、ボクを剣の鞘で叩いたんだ。
「ごめんなさい!ごめんなさい!」
ボクはなんどもあやまったけど、お父さまもお母さまもボクを打つのを止めなかった。
メイドのマーシャもボクが助けを求めたけれど視線をそらされてしまった。
(もう、ボクを助けてくれる人はいないんだ……)
それから、ボクは地面の下の部屋にとじこめられた。
寝るときはボロボロの布にくるまって寝た。ごはんはいっつも夜おそくに小さなお皿にのったかたいパンが一個だけだった。
おなかはいっぱいにはならないけど、ボクはそれをいっしょうけんめいに食べた。水はなかったけど、かべの石がぬれているところがあってのどがかわいたら、その石をなめた。
そうしているうちにどれくらいたったんだろう。
「出ろ!」
とつぜん、部屋のドアがひらいて兵士さんがボクの手を引っぱった。立ちあがろうをしたけど足に力がはいらない。
「クソガキが!」
兵士さんはそういうとボクを汚い布袋に入れるとかついで部屋を出た。
頭まですっぽりと入る大きな袋だけどたくさん穴が開いていたおかげですき間から外を見ることができた。
石のかいだんをのぼると廊下に出た。
まっ赤なじゅうたんをしいた廊下だ。
お父さまやお母さまに会えるかもしれいを思ったけど、二人はいなかった。
お父さまとお母さまに会えなくてさみしかった。
兵士さんはボクをかついだままどんどん廊下をすすんでいった。
外に出ると袋に押し込まれて木の箱の中に投げ込まれた。
それから馬車にのせられてガタゴトとゆられた。
どれだけ運ばれたんだろう。
いつのまにか眠っていたみたいだった。
「この辺でいいだろ」
兵士さんの声が箱の外から聞こえた。
ボクの入った箱が持ち上げられた。
「ほ、本当にやるんですかい?」
「当たり前だ。領主様の命令だぞ!」
兵士さんたちの声が聞こえる。
「なんだ。怖気づいたか?」
「いや、なんだか呪われそうで……」
弱々しい兵士さんの声が聞こえた。
「ふん。どうせそのままにしてても魔物に喰われてお終いだろうが……」
ガン!
箱が殴られた。ボクは声を上げそうになって口元を必死におさえた。
涙が出てきた。
「こいつを川に捨てるぞ!」
川の流れる音が近づいてくる。
(ああ……ボクはすてられるんだ)
なんとなくそう思う。
ボクは「あくまつき」で、いらない子だった。
だから、箱に入れられてすてられるんだ。
「……恨むなよ」
木の箱がふわりと浮いた。
それからガンガンぐるぐると回転しながら落ちていく。
ドボン。
ボクの入った箱は水の中に落ちた。
木のすき間から水がしみ込んでくる。
冷たい水がどんどん迫ってきた。
なんとかいっしょうけんめいにあばれて袋から出る。
バキバキッ!
木の箱がこわれた。ボクは川の中に放り出された。
冷たい水が体を包み込む。
肌を刺すように冷たい水。
いっしょうけんめいに泳ごうとしたけど手に力が入らない。
息を吸おうと開いた口から水が流れ込んできた。
く、苦しい!!
もがけばもがくほどボクの体は沈んでいく。
(ボクは……死んじゃうのかな)
お父さまとお母さまの顔が頭の中に浮かんだ。
出ていけ! お父さまが怒鳴る。
二度と顔を見せないで! お母さまの悲鳴が聞こえる。
(いやだな……)
もうどうでもいい。お父さまもお母さまも……
でも、妹のレアリアにはもう一度会いたかったかな。
泣き虫のレアリアはいつもボクのあとをついてきた。
一緒に遊んだり、一緒にイタズラしたり。
しばらく会っていなかったけど、ボクがいなくなって寂しい思いをさせてしまってたな。
ごめんね。こんなお兄ちゃんで……
そう思っていると、目の前が真っ暗になっていった。
苦しくない。
ああ、ボクはとうとう死んじゃったんだ。
そして、気がついたら白い世界にいた。
(ここはどこなのかな?)
ふわふわと浮いている。
(ここは天国?)
絵本にでてくる天国はお花とかがいっぱい咲いているはずだ。
白いだけの世界。
暑くも寒くもない。
水の冷たいのは嫌だけど、何も感じないのも嫌だ。
ここは、ボクの知っている天国とはちょっと違うみたいだった。
正直がっかりだ。
「何をたわけたことを言っとるんじゃ!」
「うわっ!?」
突然声をかけられてボクはとびあがった。いや、もともと浮いているんだけど。
声のした方に振り向くと、そこには一人の女の子がいた。
黄金色の髪と瞳の女の子だ。
天使さんかな?
「ほほう、死にかけのくせに元気じゃのう」
女の子は楽しそうに笑った。
「あなたはだれですか?」
女の子はボクよりも少しだけお姉さんだ。
「ワシの名はサラ・ヴェレニア・アリオーネ・ディアファナ」
「サラ・ヴァレ……?」
女の子の名前は長くて覚えにくかった。
「サラでいい」
「じゃあ、サラお姉ちゃんだね!」
「なっ!? お姉ちゃん!?」
サラお姉ちゃんはびっくりしたようにボクを見ている。
そうそう、ボクはお兄ちゃんかお姉ちゃんが欲しかったんだ。
「まぁ……確かにお主よりははるかに長く生きてはおるがな……」
「じゃあ、お姉ちゃんでいいよね」
「……うん、まぁ……よいぞ」
サラお姉ちゃんはちょっと困ったような顔をしたけど、ボクはうれしくてそれどころじゃなかった。
「ねぇ、サラお姉ちゃん。ここはどこなの?」
「ああ、そうじゃった!」
サラお姉ちゃんはにっこりと笑いながらボクの肩にぽんと手を置いた。
「お主がもうすぐ死にそうなのでな、お迎えに来たのじゃ」
天使さんだと思ったら死神さんだった。
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