15 州都への道中
出発の日が来て、私は村長の馬車に乗せて貰った。ヴァラクさんは私達の馬車の御者としてもうひとりの御者と御者席に乗るという。
「ごめんなさい」
「何を言っている。これが普通だ」
彼の普通が分からない。私、迷惑かけちゃってるのかな。
何となく馬に乗って並走して行くのかと思っていた。そしたら一緒に馬に乗せてもらってなんて妄想して、うへへとゆるんだ顔をして猫に気味悪がられた。
考えてみたら初っ端から迷惑のかけ通しじゃない? 死にかけで修道院に運ばれて、寄付なんかさして、様子見に寄ったらとんでもない拾い物で、牛は人になるし、勝手に懐かれて一緒に大修道院まで行くことになるし。
もういいや、このままお世話になっちゃおう。私は開き直ることにした。
修道院を出る時は、お仕着せのグレーのブラウスに黒のジャンパースカート姿だった。その下にレギパンと黒のスニーカーを履いて出発する。途中でブラウスはTシャツにしてチュニックシャツに着替えた。頭には布帛のハイキングハットを被る。
「その格好だと男に見えるぞ」
「えへへ、側に居ても大丈夫」
「変わった奴だな」
いいんだもーん。
馬車が止まると私はヴァラクさんの側をちょこまかと動いて手伝ったけれど、邪魔をしているような気もする。
馬車は山の麓を進む。景色は綺麗だけれど山間の隘路を通る時は馬車は遅々として進まない。宿もない場所だと野営になる。
ヴァラクさんが鹿を仕留めて捌いてくれて、お肉の半分をもう一つの馬車に乗っているソフィア様の一行に渡す。野営の準備は護衛騎士がするようで、ソフィア様たちは馬車の中で食事するという。外で一緒にワイワイ騒いでという訳にはいかないのかな。お貴族様だし。ちょっと寂しいが仕方がない。
私はヴァラクさんが鹿を担いで帰った時から、彼にくっ付いて彼が捌いて調理するのを見ていた。邪魔しているともいう。
「怖くねえか」
「何が?」
「普通の女性は鹿を捌く所を見たりなんかしないからな」
「あ、そうなんですか。みんなやっているのかと思ってた」
「色んな所に行って色んな物を見て、自分でもやってみればいいんだ」
「ヴァラクさんが連れて行ってくれるの?」
「俺か、俺みたいなのでいいのか」
「うん」
どうしてそんなことを言うんだろう。
私は修道院で色々なことをさせられた。それは今私の身に付いている。薬も作れるし、野菜も育てられるし、料理も手伝った。
でも、まだまだだ。ステータスを見ればどれも初級のままだし、私なんかお荷物だろうに。
「この格好でモテることはねえと思っていたからな、油断したな」
「そうなんですか? シスターたちが声がいいとか、マダムにモテそうとか噂で言っていましたよ」
「想像力がすげえな」
ヴァラクさんは苦笑いだ。
村長が近くの川から水を汲んできて、慣れた様子で石を組んで竈を作った。火を熾し鍋にニンニクを擦りこんで、リアムがチーズの塊を削って小麦粉をまぶして入れる。村長もリアムも手際がいい。
「これは?」
「チーズフォンデュにするんだ」
「暖まるよ」
晩ご飯は鹿の焼肉とチーズフォンデュだという。
ヴァラクさんが肉を焼いている横で、村長がチーズの入った鍋にワインを入れ火にかける。チーズがふつふつと煮立ったらパンやソーセージ、隣で茹でた野菜を長いフォークに刺してチーズを絡めて食べる。
焼けたお肉に齧り付くと肉汁が香辛料の香ばしい匂いと絡んで美味しい。
「そら、もっと食え」
そう言ってお肉やらチーズの絡んだ野菜やソーセージを渡してくれる。
「美味しいです」
「そうか」
村長とリアムは私たちの様子を見て「親子みたいだ」と笑う。私は親子という言葉に少し引っかかった。
少し不満そうな顔をしていたのだろう。ヴァラクさんはどこからか柑橘系の果物と洋梨のような果物を出して、果汁を絞って水とワインで割った飲み物を作ってリアムと私にくれた。
野営のテントも村長とヴァラクさんが張るのを手伝った。ひとつのテントに雑魚寝だ。ヴァラクさんは見張りをするといって外に出た。どこに行っていたのか猫が戻ってきて私のそばに丸くなるので抱き寄せた。
◇◇
道中の馬車の中でリアムが話しかけてきた。
「マリエはお姫様みたいに美しくドレスで着飾って、王子様と恋をしたいと思わないのですか?」
異世界に定番のキラキラ王子様がこの世界にもいるのだろうか。しかし私がこの世界で会った男はキスだけして放置した天使に、一応男と言っているが猫な使い魔に、牛だった領主様の息子と、目の前にいる村長と息子くらいだ。
「私は自立してひとりでも生きて行けるようになりたいの。でも、私はまだ子供だし、側にいて導き助けてくれる人がいるといいなと思う」
私の要望は我が儘だ。邪魔するな、手伝えってんだから。
「いたらいいですね、そんな人が」
「そうね」
ひとり、当てがなくもないけれど、でもまだ子ども扱いだし。
村長の息子のリアムはいい子だ。
「リアム君は長男なの?」
「僕は──」
「この子は三番目の子じゃ」
村長が話を引き取った。
「長男は死んで、次男が跡を継ぐ。リアムの後にも女が二人生まれたがひとりは死んで、アンナも身体が弱かった」
「まあ、そうなんですか」
「じゃが、あんたが修道院に入った頃から段々元気になって、学校に行きたいと言い出したんでリアムと一緒に行かせたんじゃ。リアムは大聖堂付属学校に行く予定じゃし、アンナも友達ができた方がいいじゃろう」
アンナも体が弱かったんだな。
「わしも若い頃、傭兵になって戦争に行った。この腕の傷はその時の傷じゃ」
村長が上着の袖をまくって傷跡を見せる。引き攣れた傷跡は刃物での傷には思えない。
「村長さんもですか」
「ああ、大砲の弾が飛んできて弾けるんじゃ。目の前でたくさんの人が死んだ。今は武器も扱いが難しくなって、訓練が必要なんだそうだ」
戦争では大砲を乗せた一輪車を馬で引っ張ったり、兵士が引っ張って戦場に行き、狙いを定めて砲弾を飛ばすそうだ。弾は着弾して弾けたり、燃えたり爆発したりと威力もあるという。大砲や銃での撃ち合いもあるし、銃や槍を持った軽騎兵の奇襲攻撃もある。統率の取れたよく訓練された兵士が必要なのだという。
「アンナは身体が弱い。アルビノは弱いんじゃ。五歳くらいで死ぬかと思うたが生き延びて最近は非常に元気じゃ。アルビノが育つと縁起がいいと言われとる」
アルビノ。聞いた事がある。色素欠乏症だっけ。ウサギの瞳が赤いのはアルビノなのよね。そうか、育つと縁起がいいんだ。
のんびり村長やリアムと話していると、やがて馬車は十字路に出た。
猫は馬車の中で隣に丸まっていたけれど、ふと起き上がって身軽に馬車の外に出て御者席に行った。
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