08 生き返って良かったじゃねえか


 修道院の横の街道を横切り斜面を森に向かって歩く。当然だが私は病み上がりでまだ体力が万全とは言い難い。散歩や作業と称して薬草や野菜畑をうろうろしたり果樹園に行ったことはあるが、ずっと修道院の中から出たことはなくて、すぐにへばってしまった。


「大丈夫か、担いで行こうか」

 ヴァラクさんは心配してそう言ってくれたが、死にかけの意識がない時ならいざ知らず、今は恥ずかしい。

「だ、大丈夫です。す、少し休んだら……」


 腕を組んで私を見ていたヴァラクさんは周囲を見回した。修道院はだいぶ下の方にあって、塀に囲まれた墓地が併設されている。草地の斜面の向こうに大鎌で草刈りをしている人が何人か見えた。


「あの、あのですね、私はお礼がしたいと──」

 牛は口実で、いや牛にも会いたいけど、あそこにはシスターラリサも居たし。

「別にいいぜ」

「いや、あの……、お金の価値がよく分からないんですけど、お礼に金貨一枚を受け取ってください……」

「何処から出しているんだい」

「あ、や、その、じゃあ二枚」

「そういうんじゃねえ」

「じゃあ三枚……」


 ヴァラクさんは溜め息を吐いて私の前に膝を折り言った。

「いいから仕舞っときな。いつどこで入用になるか分からねえからよ」

 私の手を取って押し戻すヴァラクさんの手を見る。大きな男の手だ。顔を見上げる。顔がよく分からない。何で──?

 もう一度、見ようとする前に彼は立ち上がった。


「その猫は使い魔か?」

「げっ、僕が見えるのか」

 素知らぬ顔で追いかけていた猫のユランに顎を杓った。何とユランが分かるとは只者じゃないな。


「使い魔がいるということは魔力はあるんだな。魔法が使えねえのか?」

 私が頷くと、ヴァラクさんは私に手をかざして軽く気合を入れる。

「ひあっ」

「貴様何を!」

 ユランは低く身構えたが、ヴァラクさんは何でもないことのように言う。

「身体強化だ」

「何だか体が軽くなったような気がします」

「かけ方を教えてやろう。何かあった時に困らないだろう」

「はい!」


「へその下辺りに集中して力を込める。そこが熱くなったら、その熱を足に腕に背筋を通って頭にと流して身体の中を循環させる」

 何だか柔道か合気道みたいだと思った。

「それで身体強化と言えばいいんだ」

(え、それでいいの?)


「そのまま熱を手に集中させて何かを──、そうだなコップを呼んでみろ」

「コップ来て」

 本当に手の中にコップが来た。修道院で使っている木のコップに似た物が私の手の上にちょこんと乗っているのだ。

「それが召喚だ。呼べば、持ち主のない物が来る。いらない時は返せばいいが、来るかどうかは分からん」

 不思議だ。魔法ではなくて何かのトリックみたいだ。


「魔法はその熱を手の平に集めて、出すものを思い浮かべればいい」

(えー! これで魔法もできるんだー!)

「無難に水でも呼んでみろ」

「お水」

 チャプン……。

 コップにお水が! スゴイというか呆れた。


 例え異世界とはいえ、私のような普通の人間にこんなに簡単に魔法が出来ていいのだろうか。今まで誰か魔法を使ったところを見たことがないが、自然とできるのだろうか、魔法陣も呪文も使わずに。

 猫のユランもヴァラクさんも当然といった顔をしているが。



 そういう訳で身体強化と魔法のやり方を学んだわけだが「その毛糸の帽子は似合わねえな」とヴァラクさんが言うのだ。その艶のあるちょっと色っぽい寂びのある声で、この近い距離で言われるのはどうか。

 確かに病院の毛糸の帽子は灰色でとても地味だけれど。


「えっと、自分の顔を見てないから」

 髪がズル剥けで痩せ細ったムンクのような顔を見るのは勇気がいるのだ。特にそれが自分の顔だと思うと──。


「鏡がねえのか」

 彼はそう言って革製の鞘から磨き抜かれたナイフを取り出した。被っていた毛糸の帽子を脱がして、私にナイフの柄を持たせる。ヴァラクさんの顔を見て、よく切れそうなナイフの刃を見る。角度を変えると私の顔が映った。



「誰、これ……」

 少し掠れた声が出た。だってそうだろう。

「か⋯⋯、髪が生えている。でも黒くない。白っぽいような⋯⋯」

 そこに居たのは私ではない。私は悲鳴を上げそうになって両手で口を押える。手放したナイフはヴァラクさんが回収した。


 私は少しパニックに陥って、鏡を出した。

「なんか顔も変、よく分かんない。ん~~」

 コンパクトじゃあ、よく分からない。四角い卓上ミラーでも小さい。全身が映るスタンドミラーまで、引っ張り出した。

「マリエ~~」

 猫が焦った声を出す。


 何ということだろう。五センチ位に伸びた私の髪はクルクルと渦を巻いた白金色で、瞳の色まで違う。

「プラチナブロンドにベルベティ・ブルーの瞳か」

 男の艶のある声が言う。

「誰これ、私こんな顔じゃなかった」

 顔まで違うんだけれど、西欧風の顔だ。どうなっているの? 私は黒い髪に茶色っぽい瞳で顔も普通の日本人顔だった。


「渡り人か……」

 男が溜め息のように言う。

「あーあ」

 猫の声も溜め息交じりだ。

 ちょっと待って。私、彼の目の前でヤバいことをしたんじゃ。金貨どころじゃない。この世界に無いものだ。

「あ、や、その……」

「取り敢えずその鏡を仕舞ってくれ。牛に会いに行こう」

「う……」

「大丈夫だ。さあ早く」

 ヴァラクさんに促されるままに鏡を仕舞って毛糸の帽子を被る。


「マリエは、それだけ可愛い姿で生き返って良かったじゃねえか」

「う、うん……」

「俺はお前を助けることができて鼻が高い」

「えへ、そうなの……?」

 泣きべそをかきながら笑ってしまう。この人に助けられて良かった。


 ほとんど泣き出しそうな私の手を引っ張って、ヴァラクさんは牛がいたという方に歩く。猫は何も言わないで追いかける。歩きながらヴァラクさんが話し出す。


「俺は傭兵なんだ。この国は貧しい者が多くてな。男は外に出て戦働きをし、女は家で牛や羊を飼い、糸を紡ぎチーズやバターを作って暮らす」

 そう言えばこっちに来て飲んだ牛乳が黄身がかっていて美味しかったな。

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