面倒くさがり屋な俺と死にたがりな君
待雪草
第1話
遮る先が危険な場所である為に鍵が開いていてもなお、ずっしりと重い扉は俺の面倒だと思っている心を反映している様でゆっくりと錆び付いた音を立てて開いていく。
相変わらず、新品に交換する様子も油を差して動きを良くする素振りも感じられない教師達の怠慢を開け放てばもう二月だと言うのに身を刺す寒さと薄らと世界を白く染め上げる雪が降り積もった白と灰色ばかりのなんとも彩りに欠ける屋上が広がっていた。
「……さっむ」
数学の宿題の答えを全部、数字の一にした罰でこの時期に使ってる奴なんて殆どいない屋上の掃除を教師に命じられゴミなんか殆ど無いだろうから軽く見て回るだけと上着を着て来なかった事を白い息と共に反省しながら一歩踏み出せば、薄い雪と言えど軽快な音を立てるがそれに何かを思うよりも早く後ろでバタンと重い扉が五月蝿く閉まり、反射的に耳を塞いだ。
「あら、こんな時間に誰か来るなんてね。余程の暇人か同類かしら?」
「ん?」
声だけでなんとなく高慢な奴なんだろうと分かるが、下げていた頭を上げてみれば屋上と外界を遮る唯一の安全策であるフェンスの向こう側、今正しくそこへ向かおうと境目に座っている黒髪の少女と目が合った。
「その見る限りやる気いえ、生気すら感じられない腐った生ゴミの様な目付きをしてるのは安堂君よね?同じクラスの安堂えっと、ネクラ君?」
「……
「あぁ。そうだったわね。気を悪くしたのなら謝るわ」
「いや良い。同じ呼ばれ方は現在進行形で受けてるしな。というかなに危ない事をやってるんだ?
俺の記憶が正しければ年がら年中、自分の机に突っ伏して眠っている様な奴と違って高校生離れした顔付きからクラスの中心にいるタイプだった筈。
何かの間違いがあっても今、こうして眺めている間にも地面に落ちていきそうな場所に座ってる様な女じゃなかった筈だ……まぁ、人付き合いが多ければ多いほど俺には到底、理解出来ないような苦労をしてるのかもしれないが。
「見て分からない?死のうと思って」
風に流される黒髪は発言のせいか、死神の様に見えたのは俺の心が未だに厨二病から解放されていない所為なのだろうかなどと下らない事を考えながら、やっぱり視線の先にいる女を俺は理解出来ないと悟った。
「そうか。まぁ、大して関わりもない俺なんかの言葉で考え直すとは思えないし、死にたいと思ってるんなら良いんじゃねぇの?」
「ふふっ、随分と冷たいのね。美少女が死のうとしてるのよ?体張って止めるべきじゃなくて?」
「えぇ……止めて欲しいのかお前。意外と面倒臭い奴だな」
「……驚いた。貴方、本当に私を止める気がないのね」
育ちが良いのか、それとも単なる性別の差なのか良く手入れされている濡れた黒髪と同じ様な色をした瞳と初めて目が合ったがまるで猫みたいに丸くしていてちょっと面白い。
彼女がふらっと現れた俺に何を期待していたのかは分からないが、死のうとしてる奴を止めるほど俺は語彙を持ち合わせていないし俺よりもマシな人生を生きてそうな奴が、死にたいと思い詰める程の苦しみを分かってあげる事なんて出来ないのだから止めようとするだけ無駄だと思っただけだ。
「別に仲良くないだろ俺達。あぁ、でも死ぬならちょっと待ってくれ。教師達に俺が落としたと思われるのは面倒臭い」
警察とか詳しくはないが、死亡推定時刻とか目撃証言みたいなやつで俺が犯人にされたら否定してくれる彼女が死んでいる以上、恐らく面倒臭いことになるだろう。
そんな他人への無関心さと己が身の可愛さから来るロクデナシの言葉を受けて、本当に驚いたのだが視線の先にいる彼女は──笑っていた。
「ふふっ、ははっ、寧暗君って結構酷い人だったのね」
「……笑いながら言うことかそれ?」
本当に何が面白いのか笑い続ける月影。
あぁ、そう言えば教室で友人達に囲まれているところを見るがあんな感じで声を出しながら笑ってる姿を見た事はなかったなと、思い出してみれば相当レアな光景を俺は目にしているんだろうな。
「どうせならガチャからSSRのキャラを引く方が幸運だったな……」
今やってるスマホゲームちょうど、欲しいなと思っていたキャラがピックアップされているし今ここでガチャすれば良いキャラ出るんじゃないだろうか。
あぁ、でもあのゲーム起動時にタイトルコールするタイプのゲームだから、流石にこの場で突然やり出す訳にもいかないか。
「あー、面白い……今もなんか全然違う事を考えてそうだし」
「おぉ。よく分かったな。スマホゲームの事考えてた」
「ふふっ、なにそれ。私の生死より優先すること?」
「俺にとってはな……つか、もう良い?俺帰っても。見ての通り、コート着てないから寒いんだわ」
なんか話しかけてくるからついつい、応じて帰るのを忘れかけてたけどここ屋上でめっちゃ寒いし、ざっと見た限り死にたがりの女子が居るだけでゴミとかは落ちてないから帰りたいのが本音だ。
何が面白かったのか、未だに飛び降りないで涙を流す程に笑っていた彼女を相手し続けるほど暇じゃないのだがどうやら彼女は俺を解放してくれるつもりはさらさらない様で。
「よっと」
非常に軽い声と共に落ちてくる、屋上の外側ではなく、内側──つまり、俺の方へと。
しかも、全くスカートを押さえないで飛び降りるもんだから身に付けている黒い下着が俺から丸見えだった。
「……死ぬんじゃなかったのか?」
「どうせ死ぬなら綺麗に死にたいじゃない」
「は?」
綺麗に死ぬと言うのなら屋上から飛び降りるという手段は明らかに間違っているんじゃないか?
此処からグランドを見下ろせばまだ、部活動をしている生徒達が見えるが彼らがお人形に見えるぐらいにはこの屋上は高い場所にあるのだから月影が化け物レベルで頑丈じゃない限り、落下していけば出来上がるのは頭が潰れた血塗れの死体だろう。
「血塗れになりたくないとかじゃないわよ。私が死ぬ時に『あぁ、寧暗君にグチャグチャになったところ見られるんだー』って思いたくないだけ。だからそう、貴方が邪魔をしたのよ。折角、私が勇気を出した日だったのに」
理不尽、あまりに理不尽な物言いだ。
例えるならそう、ジャムを塗ったパンがほぼ必ずと言って良いほどに塗った面が下になって落ちる様な酷い理不尽を俺は今、向けられている。
「それにちょっとした心残りも出来ちゃったし」
「……死のうとしてた奴のセリフかそれ」
「あら、他人事みたいに言ってるけど私の心残りは貴方よ寧暗君」
「は?」
少し前に彼女のことを理解出来ないとなんとなく思ったが、まさかこの短い間に本当に理解出来ないと思う事になるとは。
「俺が心残り?目の前でクラスメイトが死のうとしてるのに止めもしないロクデナシの何処が気になるんだ?」
嫌だけど此処はまだビンタをされた方がまだ納得が出来る。
そもそも、俺と月影は今日に至るまで殆ど会話すらしてない様な間柄で精々、提出物とかちょっと退いて欲しい時とかそういう集団生活の中で必要となってくる最低限のやり取りをした事があるだけのクラスメイトに過ぎない。
「そういうところよ。他人に関心がない癖に自分が周りからどう思われるかは分かってる。けど、貴方はそれを改善するつもりは微塵もない……端的に言ってしまえば他人に好かれる努力をしていない」
「ん。まぁ、否定は出来ないな」
「クラスでも寝てばっかり。ネクラ君って間違われるのもある意味、当然のことかしらね」
「今度は罵倒か?」
「好きに受け取って。私は貴方に興味を持った理由を述べてるだけだから」
……不味いな、どうやら俺は関わってはいけないタイプの女と関わってしまったらしい。
さっきから肌に感じている冷たい風が齎す寒さとは違う、身体の内側くる様な寒気を感じつつ目を逸らせば良いのに俺は月影の真っ黒な瞳から逃げられずにいた。
「私って可愛いでしょ?家もお金持ちだし。だから、人間が欲深くて本心を隠す生き物だってよく知ってるし、そういうのばかり見ていたら疲れちゃって。だから死のうと思ったのだけれど」
「……」
「ふふっ、目を逸らさないのね。嬉しいわ。貴方はずっと本心を口に出していたし、今も私に怖いと思ってるのが凄く伝わってくる。正直な人なのね寧暗君」
「……捻くれてるとも言うと思うけどな」
「ふふっ、そうかも」
もう何度目か分からない何が面白いのか笑う彼女の笑顔は、本人が自身に下していた評価の通りとても綺麗で愛らしいと思える筈のものなのだが、俺はそれと同時に恐怖を感じていた。
それはきっと、暗い夜道を一人で歩んでいる時にふと照らされている道の向こう側に何処までも続く暗闇を見てしまっている時と同じタイプの恐怖だ。
「貴方をもっと知りたい。ねぇ、良いでしょう?寧暗君」
触れたところの熱が奪われる様な冷たさが彼女の両手が触れる頬から感じる。
俺が来た時にはもうちょっと、外側へと飛び降りれる程に外で過ごしていたのだから相応に冷えているのは理解出来るがゾッとする様な冷たさと共に覗き込まれる黒い瞳は絶対にこの寒さが齎す冷たさとは別のものだろう。
けど、不思議な事にこの冷たさと黒い瞳は俺に焼き付いてしまったとこの瞬間、唐突に思った。
「……否定しても勝手にするだろ月影」
「正解。少しは私の事を理解してくれた様で嬉しいわ」
「濃すぎるからな……例えるならカルピスの原液を水で割らないぐらいには濃いよ」
「カルピスの原液?」
「お前マジか」
「美味しいのなら今度、寧暗君が飲ませてくれるかしら?」
「お嬢様の口に合うかは保証しないからな」
俺と同世代でカルピスの原液を全く知らない奴が居るとは……いや、流石は金持ちの生まれなだけあるか。
「えぇ。楽しみにしてるわ」
そんな笑顔を浮かべて楽しみにするほど、良いもんじゃないとは思うがまぁ良いや面倒臭い。
口に合わないなら大変な思いをするのは月影だし、カルピスの原液を買うくらいなら別に財布に痛くもないからなと、そこまで考えて自分が当然の様にこの後も月影と関わる事をすんなり受け入れてる事に気がついた。
「ん?どうしたの不思議な顔をして」
「……なんでもない。ほら、もう帰るぞ。本当に寒い」
未だに頬を挟んでいる月影の手を取って、俺達は屋上から学校の中へと戻って行く。
「……ふふっ」
何が楽しいのか俺の手をニギニギと感触の一つ一つを覚える様にしている彼女から伝わってくるほんのりとした温かさに気が付かない様にしながら。
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