第18話 恐れずに手をのばして

 ラズリに教えられた通り、広場の北側の通路を通るリドとイト。

 住宅地にたどり着き、どの家も色とりどりの花飾りで飾り付けていた。

 「この辺りの空き家っていうと……」

 リドは迷うことなく歩みを進める。イトがその後ろをついていく。

 すぐに見つかった。

 その空き家だけ灰色のオーラに包まれているようだった。雨ざらしで汚れた窓ガラスに大きなクモの巣。花飾りはもちろんない。

 玄関口に座り込んでいたのは、ココペだ。今日もスケッチブックを持っていた。


 「こんにちは、ココペ君」

 リドが声をかけると、ぼんやりしていたココペは、ハッとした表情になった。

 「リドさんとイトさん……」

 リドはココペと目線を合わせるためにしゃがむ。

 「広場の方がお店もたくさんあって、賑やかだよ」

 「し、知ってます。華やかで綺麗ですよね。その景色を描こうかなって思ったけど、人がいっぱいで……ぼくがいると邪魔かもなぁって」

 そして、ふらふら歩いているうちにここを見つけたと、ココペは呟いた。

 イトはココペの片手にそっと触れた。

 「ココペ君は、邪魔じゃないよ」

 「……」

 ココペは黙ってうつむく。

 イトは両手でココペの手を取った。

 「こうやって、いいなって思うもの、心がワクワクするなって思うもの、たいせつにしたいって思うものを、恐れないで掴んで。手をのばしてみて」

 「手を、のばす……」

 うつむいていたココペは、ゆるゆると顔を上げる。そして、琥珀色の瞳をじわじわと見開く。

 「イトさん、髪が……」

 きらきらと、イトの髪と爪に変化が起きる。無色透明の輝きは、次第に鮮やかな黄色へと変わっていく。

 イトの輝きで、空き家とココペを包んでいた灰色のオーラが消えていくようだった。

 イトはじっとココペの瞳を見つめる。

 「もっともっとココペ君には、キラキラした宝物をふやしてほしい。笑顔いっぱいの思い出をつくってほしい」

 「でも、できるかな……ぼくに」

 「きっとできるよ。ココペ君なら」

 イトは優しく笑う。

 きらきら、ふわふわ。ココペの周りを鮮やかな黄色の光の粒子が舞う。

 「きれい……」

 ココペはふわりと笑った。

 やがて光の粒子は一つに集まって、小さな小鳥の姿になり、パタパタと空へ飛んでいった。


 「ぼく、もう一度、広場に行ってみます」

 ココペは立ち上がり、スケッチブックをぎゅっと握りしめて、そう言った。

 「うん。めいっぱい楽しんでおいで」

 リドは、ぽんっとココペの肩を軽く叩いた。

 ココペはリドとイトの顔をしっかりと見た。そして、少し不安そうだけど、キラキラと琥珀色の瞳を輝かせて走って広場の方へと向かっていった。

 イトとリドが再度、広場を訪れると、ココペはちょうど、三人組の少年たちと会話していた。

 「絵、描くの好きなの? だったら、あっちの店で絵の具売ってたよ」

 「なぁ、美味しいお菓子、一緒に食べようぜ」

 「オレたちと一緒に、お祭り回らない?」

 ココペに向けて差し出された手。

 ココペは、一歩踏み出して、手をのばした。

 ぎゅっと手と手が握られる。

 「うんっ……!一緒にお祭り、楽しもう!」


 ココペが少年たちと笑顔で会場を回っていく姿を見て、イトとリドはホッとした表情になった。

 「よかった……」

 そう呟いたイトの頭をリドは、ぽんぽんとなでた。

 「よく頑張ったね、イト」

 「リド、ありがとう。わたし一人じゃ、どうすることもできなかったから……」

 「当たり前のことをしただけだよ。宝石人形がより輝けるように、神秘の力が使えるようにするために、サポートするのが宝石人形師の役目だから」

 リドはイトの髪、特に毛先をじっと見た。イエロートルマリンカラーのままになっている。

 「イト、大丈夫? 疲れたりしてない?」

 「へいきだよ。むしろ、イエロートルマリンに変化したから、活力が湧いてすごく元気!」

 イトはパッと笑顔を浮かべた。

 そして、リドの手を取る。

 「リド、わたしたちもいろんな店を、見て回ろうよ」

 「そうだね!」

 リドとイトも花飾り揺れる会場を見て回っていく。


 「あら〜イトちゃん、お疲れね。ふふ、花のリース、しっかり握っちゃって」

 リドの母がソファで寝るイトの手から手作りの花のリースをそっと取る。

 「リド……あれ、なに……」

 イトはむにゃむにゃと寝言を呟く。

 「夢の中では、イトさんはまだ、リドと一緒にお祭りを楽しんでいるんだな」

 リドの父は持ってきた薄手のブランケットをイトに掛けてやった。

 「イト、すごく楽しんでたよ」

 リドはそう言って、すっかり元の無色透明の輝きに戻った髪に絡まっていた紙吹雪を取り除いた。

 昼間、リドとイトはいろんな店を見て回り、旅芸人の催しを見たり、手作りの花のリースを作ったり、町の人たちとお祭りを楽しんだ。

 イトもココペも、楽しい思い出を作ることができて良かったとリドは思い、イトの頭をそっとなでた。


 数日が経ち、いよいよリドとイトは学校へ戻る日が来た。

 「え、このワンピース、貰ってもいいんですか?」

 イトの手には、綺麗に洗濯されたレモンイエローのギンガムチェックワンピースが入った紙袋を持っていた。

 ワンピースを貸してくれたラナに返そうしたが、あげると言われたのだ。

 「いいよ〜! 私が着るにはちょっと丈が短くなってたし、イトちゃんの方が似合ってたからね。似合う人に着てもらう方が私も服も嬉しいし」

 「それに、宝石人形がより輝くには、身だしなみは大切。美しさは力になるから」

 ラナとラズリにそう言われ、イトはありがたくワンピースを貰うことにした。

 「ラナさんとラズリさんも、今日、この町を出るんですね」

 リドはラナとラズリの旅装姿を見てそう言った。

 「うん。今度は南の方に行く予定。でもきっと、またこの町には来るよ。気に入ってるからね〜!」

 「また会うときまで、二人とも元気で」

 こうして占い師のラナとラズリはリドたちより一足先にこの町を旅立った。


 リドとイトは荷物を取りに家を戻ろうと歩き出すと、後ろの方から「イトさん! リドさん!」と名前を呼ばれた。

 振り向けば、ココペが走ってイトたちのそばに来た。

 「今日、学校に戻るって聞いて……イトさんに、渡したいものがあって」

 ココペは一枚の紙をイトに差し出した。

 「これ……わたし?」

 紙に描かれていたのは、ギンガムチェックのワンピースを着ているイトの姿だった。着彩もされている。

 「う、うん。感謝の気持ちを込めて描いたんだ。あのとき、イトさんの目も覚めるような鮮やかな黄色の輝きを見たら、前向きな気持ちになれたし、勇気も出た。そのおかげで、ぼくは友達ができた!」

 ココペは琥珀色の瞳をキラキラと輝かせていた。

 「ココペ君の力になれたなら、よかった。この絵、ありがとう。すごくステキ……たいせつにするね」

 イトは貰った絵を大事そうに胸に抱いた。

 「あのときのイトさん……太陽みたいにキラキラ輝いてて、眩しくて、本当に綺麗だった……。あ、あの、またこの町に来てくれる?」

 ココペは頬をちょっぴり赤く染めてイトを見た。

 「うん。リドの家族もいるし、この町、居心地が良いからまた来たいと思ってるよ」

 イトがそう言うと、ココペはパッと顔を輝かせた。

 「また会えるの、楽しみにしてるね……!」


 「リド、学校頑張るのよ〜」

 「二人とも帰り道、気をつけて」

 「うん。母さんと父さんも体に気をつけて」

 リドの両親はリドとイトを抱きしめる。

 抱きしめられたリドとイトはくすぐったそうに笑った。

 「イトちゃん、リドと一緒に頑張ってね」

 「イトさん、また会えるのを楽しみにしているよ」

 リドの両親にそう言ってもらえて、イトの心はぽかぽかと温かくなる。

 別れの挨拶を済ませると、リドとイトは馬車の乗り場へと向かった。

 「この町に来れてよかったなぁ」

 イトは髪を風になびかせながら、そう呟いた。

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