第8話 貴方の幸せを祈って

 「ねぇ、クリソス君。あおいろっていったら、なにを思いうかべる?」

 「んー……海?」

 イトとクリソスは図書館にいた。館内では静かにしていないとだめなので、二人は小声で会話する。

 二人は写真や挿絵の多い図鑑をいろいろと見ていた。

 「うみ……。ねぇ、それいがいは?」

 「えー? 空とか?」

 クリソスは花の図鑑を見ながらそう言う。

 「うみ、そら……。どうやってししゅうすればいいの……」

 イトはガックリと肩を落とす。

 「あ、じゃあこの花とかは? 青い花だよ」

 クリソスは青い花の写真が乗ったページを見せてくれた。

 ネモフィラ、アジサイ、ベロニカ、デルフィニウム、ブルースター……水色や青紫色の花の写真がずらりと並ぶ。

 「きれい。でも……」

 リドのイメージに合う花ではなかった。イトは小さくため息をついた。

 そんな時だった。

 「あら、今日はお友達と一緒なのね」

 「ジアルドせんぱいとサフィロスさん!」

 イトたちの前にシンシアとサフィロスがいた。

 シンシアはちらりとイトたちの前に積み上げられた図鑑を見る。

 「なにか調べもの?」

 「今、課題でパートナーに贈る刺繍入りハンカチの制作をしてて。でも、いい図案が思いつかないから、こうやって図案に使えそうなアイデアを探しているところなんです〜」

 クリソスがそう答えると、シンシアは「懐かしいわねぇ」と目を細めて呟いた。

 「私たちも一年生のときに、刺繍入りのハンカチ作ったわ」

 「あの、せんぱいは、どんなししゅうをしたんですか?」

 イトは気になって聞いてみる。

 「リンドウよ。花言葉がサフィロスにぴったりだったから」

 「リンドウ……えっと花言葉は、誠実、正義、高貴、勝利……とかですね〜」

 ちょうど花の図鑑を持っていたクリソスがリンドウのページを探し当てる。

 「サファイアの石言葉にも誠実ってあるの。ね、ぴったりでしょう?」

 「たしかにぴったりですね。サフィロスさんは、どんなししゅうをしたんですか?」

 イトはサフィロスにも聞いてみる。

 「星だ」

 「どうしてお星さまにしたんですか?」

 サフィロスは一瞬、隣のシンシアを見た。

 「……星みたいだと思ったんだ」

 イトはシンシアの方を見る。ちょうど窓から射し込む太陽光を反射してシンシアの長い金髪は艶々と輝く。確かに夜空できらきら輝く星のようだった。

 「ふふ。私ね、その星が刺繍されたハンカチ、お守りみたいに制服のポケットに必ず入れて持ち歩いているの。あ、見る?」

 シンシアが制服のポケットに手を入れようとすると、パシッとサフィロスがシンシアの腕を掴んだ。

 「あ、あんまり上手く刺繍出来てないから……見せないでくれ」

 「綺麗に刺繍できてたと私は思うけど……。でも、サフィロスがそう言うならやめておこうかしら。ごめんなさいね」

 シンシアがそう言うと、サフィロスはホッとして掴んでいた手を離した。

 「その、せんぱい。ちょっとそうだんしても……いいですか?」

 イトがおずおずとたずねると、シンシアはにっこり笑った。

 「もちろんいいわよ!」


 イトは、刺繍糸は青色と緑色を使いたいこと、だが刺繍のモチーフが決まらず悩んでいることを話し、それを聞いたシンシアは、ポンと手を打った。

 「それなら、青い鳥なんてどう?」

 「あおい、とり?」

 「えぇ。青い鳥は幸せのモチーフなのよ」

 シンシアはそう言って、机に積み上げられた本の中から一冊を引っ張り出した。幸運を呼び込むとされるものについて書かれた本のようだ。

 「どこかのページに書いてあるはず……あ、コレよ!」

 目当てのページを探し当てたシンシアはイトに見せる。

 「しあわせを、よぶ……」

 イトは青い小鳥の挿絵にふれる。

 イトは、リドと出会えて幸せだった。イトの大好きなリドにも、たくさんの幸せが訪れてほしい。

 「あおいとり……リドにぴったり」

 イトの呟きを聞いたシンシアは「お役に立てたなら良かったわ」と言って席から立ち上がる。

 「それじゃあ、私たちはこれでお暇するわ。素敵な刺繍入りハンカチができるように祈るわ」

 イトとクリソスも立ち上がり、ペコリと頭を下げた。

 「ありがとうございました!」

 シンシアはにっこり笑い、サフィロスは「頑張れ」と言って、二人は去っていった。


 シンシアとサフィロスが去った後、クリソスも気になるのか本のページをペラペラとめくり、見ていた。

 「へぇ~……面白いね、これ」

 「ほかにどんなものが、かいてあるの?」

 「猫とか、テントウムシとかあるよ」

 イトとクリソスは頭を寄せ合って、本を一緒に読んでいた。


 しばらく本を読んでいたイトとクリソスは、今は紙にペンを走らせていた。

 「……うん。いい感じ!」

 先に図案を描き上げたクリソスは満足そうな顔だ。

 「できたの? 見てもいい?」

 イトがそう聞くと、クリソスは快く見せてくれた。

 「テントウムシだ。それにねこちゃん……かわいいね」

 「でしょ〜? テントウムシも幸運を呼ぶんだって。それで、猫は魔除けの意味を持つんだって。猫で魔除けして、テントウムシが幸運を呼ぶ……これでリリルには、良いことばっかり訪れるようになる!」

 クリソスは自慢げな顔だ。

 「ふふ、すごいお守りになるね」

 イトがそう言えば、クリソスは満面の笑みになった。

 「イトちゃんは? どんな感じ?」

 「こんなかんじにしようかなって……。どうかな?」

 イトは図案を描いた紙をクリソスに渡す。

 「へぇ〜いいじゃん!」

 青い鳥と四葉のクローバーがデザインされていた。

 「ほ、ほんとう? いいかんじ?」

 イトは少し前のめりになる。

 「うん! リド君も、きっと喜ぶよ〜」

 クリソスにそう言われ、イトは嬉しくなる。

 「ね、イトちゃん。明日も一緒に作業しない?」

 「いいよ。いっしょにやろう」

 イトは、描き上げたばかりの図案を大切そうに胸に抱く。

 大切な貴方にたくさんの幸せが訪れるようにと祈りを込めながら刺繍をしようと、イトは思った。

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