36.幕間3
ーーー海陽歴2年某月某日。某領・領都
遠雷。閃光が網膜を焼き、遅れて轟音が鼓膜を震わせる。バケツをひっくり返したような雨は止むことはなく、異様なほど高く上がる黒煙が、未だに私達の家が燃え続けていることを示している。
「カケ・・・ケカカカカカ・・・」
「何なのよアンタ・・・!!」
それは突如空の彼方から現れた『黒い』ナニカ。人型なのか、それ以外なのか、不定形なのかすらも分からない、謎すぎる生命体。
「ケカカカ・・・カヵ・・アァ・・あ・・あ・・あ・・あぁ、
着地の衝撃で嘘みたいに剥がれ、捲れ上げた地面と、その下敷きになった我が家の中央で、ソイツはチューニングのようにして笑い声にも似た下卑た声を段々とこちらの言語に合わせていく。
「それで、ココは・・・」
グルりと。首から上の、顔らしき物だけを一回転させ、ソレは自分の手によって焦土と化した大地を、家屋を、何の表情も伺えない無貌の視線で侵略する。
「アァ、理解しタ」
解析、把握、理解。常人ならば十数秒かかるその工程を一瞬で踏破し、ソイツは、この世界における第一歩。侵略のための歩を進めんと、形成した脚の様なものを前方へ押し出・・・
「ま、待て!そ、それ以上はゅ許さん!!」
ガタガタと震える足、変に傾いた剣、緊張と恐怖で上擦った声。
勝てるわけが無い。止まるはずがない。圧倒的な暴と恐怖の前では、どれだけ研鑽を詰んだ戦士であっても怯え怯んでしまうものだ。まして、こんな新兵の、それもまだ年端も行かぬ少年が、それを抱かないはずが無い。
「へぇ・・・?」
「く、来るな!そこから、一歩も動くんじゃない!」
だと言うのに、少年は泣きそうな顔で眼前の敵を見据え、笑う足を叱咤しながら剣を構える。
一重に、それは覚悟故。彼の後ろで倒れている私達を、目の前の得体の知れないナニカから守るため。何より自分自身の身を守るため、彼は心の底から勇気を燃やし、『黒い』無貌に牙を剥いた。
「これ以上、お前をこちらには近付かせna・・イ!?」
「ぇ」
これが演劇や物語であれば、結末は違っていたかもしれない。少年は、正体すらも分からない悪を倒し、英雄となることも出来たかもしれない。
・・・が、コレは現実だ。
得体の知れない黒い物体が突如屋敷に着弾したのも、その衝撃で屋敷が爆発したのも、その『黒い』物体が人の様な形を取ったのも・・・
「凡人、凡夫、脇役、端役・・・コレが何を示すカわかルかい?」
生首。未だドクドクと大地に血を垂れ流し続け、もう二度と、その表情を変えることの出来ない少年の首を掌に、ソレは語り掛ける。
が、当然ながら返事は無い。聞こえるのは、零れた命が地面に跳ね落ちていくビチャビチャという音だけ。
「キミみたいな、分をわきまえないゴミ屑のことを言うんだよ」
嘲るように、蔑むように、ソレは瞳の無い顔で生首と目を合わせ、丁寧に、一言一句に音を込めてそう言った。
「ッ・・・!!」
許せなかった。許したくなかった。こんなにも容易く勇者を、英雄を踏み付け、見下し、蹂躙する目の前の理不尽を、私は心の底から憎悪した。
「お前、オマエはぁぁぁぁああああ!!!!」
衝動のまま叫ぶ。言葉にならない怒りが、臓腑を焼き尽くす憤怒が、理性ごと恐怖を燃やし、身体の痛みすらも忘れさせる。
「よくも・・よくもよくもよくもぉぉぉぉおおおおお!!!!」
下敷きから無理矢理引き千切って這い出した右足も、爆炎に舐められて炭化した左腕も、瓦礫が激突して見えなくなった左目も、今は、先程までの激痛が嘘であったかのように何も感じられない。
視界を染めるのは激情の紅ただ一つ。家を、家族を、騎士を殺され、吹き上がった赫怒の気炎。
炎魔術ーーー『飛炎脚』、『烈赫掌』、『
ギリ・・!と音が鳴るほどキツく握りしめた剣のグリップに罅が走り、踏みしめた左足から何かが折れた音がした。限界だ。もうとっくに、身体も、剣も、取り返しのつかないことになっている。
ゆっくりと、視界の端を流れていく世界が、これまでの人生における数々の思い出を想起させ、その度、涙が溢れるほど悲しくなる。
・・・何で、何で私達が・・私が、こんな目に。
「ほぅ・・キミは・・・いいネ!気に入ッタ!!」
どれだけ力を振り絞っても、どれだけ命を燃やしても、所詮、ただの小貴族の小娘に、こんな理不尽、跳ね除けられるわけが無かったのだ。
「おおぉぉおおおおおお!!!!」
雄叫び一閃。教育係の爺やが聞いたら、卒倒してしまいそうなほど野太い怒号が、刃と共に振るわれる。
自分の喉から、まさかこんな大きな声が出るなんて、こんなことにならなければ、一生知ることはなかっただろう。
「ッ!!」
狙うは頭。何一つ表情の分からない、『黒く』塗りつぶされた様な無貌の顔。唸りを上げる右腕を振り回し、斬圧で世界ごとその顔を抉り断たんと刃を迸らせ・・・
直後に噴き上がったのは、自壊した刃より立ち上る焔の柱。大気に緋色の一閃を刻み、青空を縦に二分する斬撃が、爆音を轟かせて世界を揺らす。
「『・・・が、それだけだ。』ダロウ?」
「はっ・・・!?」
空を断ち、大地を抉り焦がす炎の斬撃。
私の渾身の力を振り絞った、正真正銘最後の一撃。
この生涯で、これ以上の物など絶対に出せないのではないかと思えるほどの大魔術は・・ただ無造作に、何の脈絡もなく掲げられた掌に掴まれ、潰された。
「ふムフむ・・・『流れ』の予測ハ
「なんでっ・・このぉっ!!」
抜けない。叩きつけた刃が・・本来砕けているはずの剣が、こいつの掌から抜けてくれない。ふざけるな。私の全力は、こんな片手間の握力にすら劣ると言うのか。
「えぇっと、こノ後は・・・あぁ、そろそロ面倒なのガ来るのか・・。じゃあ、さっさと盗っちゃおうかな?」
「っ!?」
見られた。
見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた
それは背筋を逆撫で、喉奥を恐怖に竦ませる神の一視。こちらを見透かし、全てを強制的に把握される絶対の眼差し。思考も、行動も、過去も、未来も、全て読み取られ、侵略され、蹂躙される。
「ソレじゃあ、サヨうなら、お嬢さン♪」
「あ・・ふ・・・」
ただそれだけ。コイツからすれば、なんてことは無い。ただチラと私を一瞥し、目を合わせただけのこと。だと言うのに、それだけで矮小な
「【⬛︎⬛︎魔法ーーー⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎】」
あぁ、死ーーーーー・・・・・
『黒い』緞帳が下りる。
「フ・・ふふ、フフハハハハハハハハハハカカカカカカカカカカカカカカカカカ!!!!!!」
切り裂いた骸から、『黒い』液体が流れ出る。
血とも体液とも違う、独特の濃淡を持ったその液体は、1滴が地面に落ちた瞬間に、その体積を数十倍にも増幅させ、一瞬で周囲一帯を『黒く』犯し潰した。
それは、この世界における最初の⬛︎⬛︎化が成功した証。自分が、この世界では強者側であることの証明。
「クカカカカカカカカカカカカカ!!!」
化け物は笑い転げる。愉悦と喜色に無貌を綻ばせ、『英雄』。その器が、自分の手中に収まったことがおかしくて仕方がないと言わんばかりに、笑い、嗤い、哂い、
いつしかその笑い声は、この世界の人間の出すものからはかけ離れ、彼が舞い降りる以前、どこか別の世界で話していた笑い声へと変化して・・・。
遂には、その体までもが、人型から不定形へと溶けだした。
ドロリドロリと無貌が溶ける。
ズルリズルリと大地が沈む。
⬛︎⬛︎の身体より流れ出した『黒い』液体。ソレが大地を塗り潰し、一秒ごとに世界を侵す。
「ケカカ・・ケカ!」
侵略は始まった。
それは、この世界の歴史には無かった事象。この世界の未来には起こり得なかった未知なるルート。
今、この瞬間から、この世界は世界独自の持つ『流れ』の輪から文字通り脱輪し、全く別の、新しい『流れ』へとその身を投じることとなった。
故に・・・
「ケカ・・・?」
「はぁ・・・何でこんな所に来るのかねぇ?折角
「『
「まぁ、君にとってはそうなるのかな?ホントは関わり合いにすらなりたくないんだけど・・流石に、僕の
からね」
本来、この世界に居るはずの無い存在・・即ち、『⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎』の分離体という、『枠外』の存在が可能となる。
「ていうか、コッチにいるんだったらこっちの言葉で喋りなよ。『郷に入っては郷に従え』って、知らないはずも無いだろう?」
「ケカ・・・はハ!マサか、まさカまサかマさか!こンナ出会いがアルとはねェ!!キミは何だい!?いや、ソモそも何でここ二居る!?」
「それはこっちが聞きたいなぁ。せっかく、探知圏外の安全な世界で伸び伸び暮らしてたって言うのにさぁ・・。いざとなったら逃げる準備までしてたんだぜ?僕は。なのに、何で君はここまで辿り着いちゃったかな?」
「ケハッ!ソレはザンネンダッたねぇ!
「おまけに、君の目を通じて本体にも観測されてるんだろ?分かってるっつの。・・それで?質問に答えろよ。
「ン〜・・・
「ハッ。なら死ね」
【⬛︎⬛︎魔法ーーー⬛︎⬛︎・⬛︎⬛︎ー⬛︎の⬛︎】
透明が空を薙ぐ。不可視の巨拳が風を穿って大気を潰す。
炸裂するは、先の炎剣など目じゃない程の超火力。人類がここに居たら、大気を抉る轟音で鼓膜が潰れていただろうと思えるほどの超速が、一瞬にして不定形に突き刺さる。
「ひどイなぁ。殺意マシマシじゃなイカ」
「やっぱこれだけじゃ死なないか・・・」
誰が見たって必殺必死、不可避の一撃。避けることも受けることも拒絶する、文字通りの絶体絶命拳の炸裂は、されど不定形にはなんのダメージも、痛痒すら与えずに透かされる。
「ドレだけ魔力ヲ込めタ所で、
「アッハハ!やっぱ分かってても腹立つもんだねぇ。流石は⬛︎だ!目的は果たせたとは言え、その顔見てると叩きのめしたくなってくるよ!」
「へぇ・・目的?そんなノ有ったのカイ?」
「まぁね。もう隠す理由もないしぶっちゃけるけど、僕の目的は、最初っからコレだけなんだよね」
そう言って分離体が取り出したのは、青白い炎に包まれた白銀の球体。ソレは一般的には人魂と呼ばれる、人間の中核。人の物理的な核が心臓だとするなら、ソレは極めて魔術的・精神的な核となる物。
即ち『魂』である。
「ッ!?」
「どうかな?結構綺麗に抜けたと思ったんだけど・・・」
「イ、一体いつ・・まさカ、イや、有リ得なイ!有り得ルはズが無い!
「あんなモノ、目眩し以外の何でもないさ。・・透明だけど目眩しって、中々どうして、愉快な比喩だと思わないかい?」
「どうダッていイヨそんなコト!それヨリ、いつ・・いや、ドうやッてソレをボクから抜イた!?」
余裕ぶっていたとはいえ、不定形は常に魔力的・精神的な防御結界に身を包み、かつ分離体の一挙一動を警戒していた。であるにも関わらず、いつ、どのタイミングで、どのように『魂』が盗まれたのか、彼には皆目検討もつかなかった。
・・・否、皆目というのは語弊がある。少なくとも、『どのタイミング』で『魂』が抜かれたかについては、分離体の証言からあの不可視の一撃が撃たれた瞬間であると推測が出来る。
が、それすらブラフという可能性もゼロではない。というか、そもそも、これだけの警戒態勢の中で一切の証拠も気配も感じさせずにそれを実行されているという事実がある以上、分離体はいつでも不定形を、それこそ『核』ごと引っこ抜いてぶち殺すことすら可能だということを念頭に入れて行動しなくてはならない。
そしてその方法が分からない以上、不定形がそれを回避出来る可能性は・・・
「どうやって・・・か。仕方ない。キミがそんなに望むのなら、見せてあげないとね?」
「ッ!!」
限りなくゼロに近い。
見えなかった。何も。分離体の腕は愚か、大気の揺らぎ、空気中魔力の揺らめきすら、その無貌の目では捉えられなかった。
見えなくなった。全て。分離体の憎たらしい姿は当然として、それ以外。器の死骸も、『黒い』大地も、全てがこの目で『
「う・・ブぁ・・・オ・・マェ・・・は・・!!」
「負け惜しみかい?ま、それも結構なコトさ。どうせ、この先数百年、君は何も出来ないまま
感じ取れるのは、自分の身体が形を保てなくなって行く事実だけ。無貌が崩れ、触手が解け、魔力が消えて世界が傾ぐ・・否、傾いでいるのは世界ではなく、己自身。溶けだした事で脚という支えを失った身体が、急速に地面へと倒れていくことで、この世全てが傾ぐを通り越して回っていく。
「ぁ・・・ぅ・・・」
遂には首すらも消失し、崩れかけの無貌は、無惨にも打ち捨てられたヘドロの様に、地面へとこびりついた。
「それじゃあ、数百年後にまた会おう」
そのヘドロですら、今や見る影も無く。排水溝に吸い込まれる濁流が如く、最後には洗いざらい全てがこの世界から消えていった。
かくして、人知れず不定形の危機は去った。同時に、救い出されたことで輪廻へと戻った彼女の魂も、数百年の時を経て、別の少女へと転生する事になる。
ーーーその
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