29.逆境を超えて

「死ね」


そう言った瞬間に振り下ろされた山を、俺は黙って見つめることしか出来なかった。


一体、俺は今日1日で何度「死」という物に接近されねばならないのだろう。


走馬灯すら過ぎらない。恐らく、一瞬で痛みもなく圧死させられて絶命するだろう。


身体も、恐怖によって金縛りにあったかのように動かせない。どれだけ逃げろと指先や脚に指令を送ったところでなんの意味もなく。肉体はとっくに、生存権を手放していた。


「ぁ・・・」


あぁ、俺は死ぬのだろう。思う所は多々ある。まさか自分が両親よりも先に死ぬ親不孝者になるとは思わなかった。とか、


俺の真後ろで倒れてるエイスを守りきれなくて悔しい。だとか、シャールヴィ達が逃げられることを願うだとか。


色々、言いたいことも死にたくない理由もある。だってまだ彼女できた事ないんだぜ?俺。学院でやりたいことだって、行ってみたい場所だって、沢山あったんだ。


「・・・死にたくねぇなぁ」


しみじみと、心の底からの呟きが大気に流れる。その一瞬で、眼前残り数cmの辺りまで、山は迫ってきていた。


抗う気力も無く。俺の前で守ってくれる者も居ない。世界は、英雄譚のように甘くは無い。


よく、『その人の人生の中では、その人が主役』だなんていう言葉を聞くが、他の人間から見れば、そいつは唯の端役であり、モブでしかない。

勿論それは俺も例外じゃないし、ある種それこそが俺のポリシーでもあった。


結局のところ、死を目前にして奇跡が起こるだなんて大層な事象はフィクションなんだ。現実には、そんな奇跡は起こらない。


・・・起こらない、はずだったんだ。


「ぐっ・・・うぅぅ・・!!」


風魔術ーーー『追疾風』、『健脚の清風』、『吹き荒れろ風神の息吹』


文字通りの大嵐が巻き上がる。剣を支え、山をも食い止める暴風が、俺と山との間に滑り込み、振り降ろされる山をかち上げる。


「シャー・・・ルヴィ・・!?お前!?」


「はぁ・・はぁ・・はぁ・・!モズ・・!君が、君が僕を励ましてくれた!君が僕を『英雄』だと読んでくれた!・・・だから、助ける!だから、僕は!君を助ける!!友に報いられないようじゃ、『英雄』なんて名乗れないからッ!」


「シャールヴィ・・・」


相当キツかったのだろう。息も絶え絶え、満身創痍といった様子で、シャールヴィは砕け散った蛮刀を地面に突き刺して重心を預け、今にも倒れ込みそうな程ぐったりとしていた。


が、それでもシャールヴィはそう宣言した。俺の目を見て、真っ直ぐ、自分が『英雄』になると、そう言ってくれた。


「・・・っあぁ!ありがとな!『英雄』!」


いつの間にか頬が熱くなり、気が付けば、目の端から水が流れていた。

どうやら、俺は今泣いているらしい。


自覚した瞬間、一気に感情が溢れ出る。それまで圧倒的な絶望に押さえつけられていた、純粋な死にたくないという気持ちや恐怖。


それらが一気に押し寄せ、さっきとは別の意味で思考がぐちゃぐちゃになった。


「なんだよソレ!?なんなんだよそれっ!?」


叫び散らすロキの声なんざ一ミリも耳に入らず、俺の脳は、しばらくの間感情を湯水の如く噴き出し続ける機械のように、大量の情報を送り続ける。


「・・なぁ、シャールヴィ。勝とうぜ」


「・・・うん!」


「勝って!生きて!お前が『英雄』だってことを!皆に!何より、お前自身に認めさせようぜ!!」


人に呼びかけると言うよりかは、俺自身の決意がただ口から溢れ出ただけなのかもしれない。


が、それでも、俺の声はシャールヴィに届いた。


俺の『熱』は、シャールヴィの心を揺らした。


「うん!勝とう!!」


風魔術ーーー『追疾風』、『健脚の清風』


残り少なくなってきた魔力を絞り出し、全霊を込めてシャールヴィが前へと跳躍する。その背が語りかけて来るのは、『前は任せろ』という絶対の自信。


「あぁ!任せたぜ!!・・・っぅ!?」


マジかっ!?


「もう・・かよ・・・!」


改めて言うことでも無いかもしれないが、俺は今この場にいる誰よりも魔力量が少ない。

今までは、腕輪を使った縛りやスクロールなんかで節約したりなんだりしてたが、それでも、限界が来るのは俺が一番早かった。


「でも・・!まだだ!まだ何とかなる・・!」


まだ魔術一回分、放てるだけの魔力はある!幸い、憑依召喚は召喚した時と解除した時以外は魔力を使わない。だから、まだこの視野と翅は残しておける。


「・・・頼む!有ってくれ!」


一縷の望みを掛け、術式を構築。目の前でシャールヴィが踏ん張り、攻撃を回避し続けるという切羽詰まった状況において尚、俺は悠長に術式を刻み、陣を展開することしか出来ない。


「頼む!速く!もっと速く!」


円環が完成する。瞬間、流した魔力に反応して、刻まれた術式が発光し、魔術陣が起動した。


独特の音が鼓膜を揺すり、ゴッソリと身体から力が抜けていくのが分かる。

もう既に、生きるために残さなければならない必要最低限分の魔力以外は使用した。

故に、目眩と吐き気、冷や汗が止まらない。


だがしかし、魔術自体は発動できた。


・・後は、目当ての物がまだ残っていることを願うだけだ。


召喚魔術ーーー『召来:魔力回復薬マナ・クリスタル・ポーション


魔力回復薬。通称マナ・ポーション。かなり高価な貴重品であり、貴族や大商人ですら滅多には買えない、魔力の回復速度を促進する、一種の秘薬。


一流以上の錬金術師が国に申請し、予めどれだけ作るのかを定められた上でその規定量をきっちり作り、国が管理するほどの超機密の薬品だ。


「頼む!来い来い来い!!」


今までまともに祈ったことも無いような自国の神々や、この国に居る、今目の前で罵詈雑言を吐きまくってる神以外の神々に必死に祈りを捧げ、迷宮倉庫にマナ・ポーションが偶然残って・・・・・いた・・という奇跡を期待する。


果たして結果は・・・


「っしゃああ!!」


魔力切れで怠くなったり目眩がしてふらついてたりしていたコンディションが気にならなくなる程の喜びが脳内を駆け巡る。


思わず声に出て叫んでしまったが、そうなるのも仕方ないだろう。なぜなら、『春休み』に使い切ったと思っていたマナ・ポーションがまだ残っていたのだから。


打開の一手がまだ残されているのだから・・!


魔術陣からゆっくりとその姿を現したのは、宝石のような煌めきを持ち、結晶のような形をした1つの小瓶。


特殊な魔術加工をされたコルクで蓋をし、中身が零れ出さないようにその上からキツく紐で締め上げた頑丈な作りをしている。


が、見た目に反して、その蓋の堅牢性はそれほど高くは無い。コルクを縛り上げているこの紐も魔道具であるため、魔力を通せば・・・ほら、解けた。


後は、コルクを開け、その中身を飲み干すだけだ。・・たったそれだけで、勝ちの目が見えてくる。


「っっし!漲ってきたァ!!」


魔力充填完了!心做し、ちょっとハイになってる気がするが、関係ない!関係ないね!何も問題ない!


「これで、奥の手が使える・・・!」


出来れば使いたくなかったがなぁ!だがもう良い!全部使っちまおう!・・・が、その前に、シャールヴィに報告だ。一度、攻め方を話し合う必要がある!


「おーい、シャールヴィ!」


と、その瞬間。俺は盛大なミスを犯したことを理解した。

今、シャールヴィは全力でまるで舞うようにして巨神の攻撃をその足元で回避し続けている。


それは、多大な集中力と全神経をフル稼働させて行わなければならない、かなりの繊細な行為だ。


そんな時に、自分の名前を大声で横合いから呼ばれる。そんなことをされたらどうなるか。


シャールヴィの心で迷いが生まれた。呼び掛けに応じるべきか。回避に集中するべきか。

それを考えた時点で、おそらくは詰み。


少しの乱れで動きが濁り、大剣が叩きつけられたことで飛び散った瓦礫に足がぶつかる。

勿論、ただ躓いただけではシャールヴィの脚にそこまでのダメージは出来ないし、体幹もそこまで長い時間揺らがないだろう。


本当に一瞬程度、動きが濁っただけなのだ。が、巨神には、その一瞬さえあれば十分。


長く一国の主を支え、永く一種族の頂点に君臨し続けた巨人の本気。隙を見せた者を全力で殺しに行く、容赦の無い無慈悲な斬撃。


それまでの打撃に近い叩きつけとは違い、ハッキリと鋭さが分かる、確実に相手を殺すための振り下ろし。


超速のソレが躓き揺らいだシャールヴィを捉える。


「っ〜〜!!!」


言葉にならない声が喉奥から漏れ出でる。これでシャールヴィが死んだなら、それは恐らく俺のせいだろう。そして、そうなったならば、ここにいる全員が殺される。


俺のせいで。俺が余計なことをしたせいで。あれだけ俺を信じて前に出たシャールヴィを俺が信じず、シャールヴィが俺の奥の手に合わせられないと心のどこかで決めつけていたせいで。


・・・全員、死ぬ。


「・・・・!!」


せめて、最後まで足掻こうと、シャールヴィを凝視しながら、中空に術式を刻んでいく。

もう奥の手なんざ知ったこっちゃねえ!例えここで俺が死のうが、英雄シャールヴィだけは生き残らせる!俺より先に、アイツを死なせてたまるかよ!


が、それでも。構築が間に合わない。どれだけ簡易的にして、どれだけ全速で陣を描いても、発射する頃にはあの刃はシャールヴィを両断している。


「ぐ・・・!」


もうあと一秒後には、シャールヴィは斬られている。だから、今!この瞬間に!発射しないと・・!発射・・・しないt・・・


「ッ!!」


雷魔術ーーー『鳴王の剛槍』


炎魔術ーーー『飛炎脚』、『烈赫掌』


一瞬で視界内を閃光が席巻する。辛うじて見えたのは、一条の雷槍と一直線に跳ぶ黄金の光。


次いで響いたのは、轟音。先の雄叫びに勝るとも劣らない大音量が霧中を支配し、鼓膜を爆砕する勢いで轟きを上げる。


「・・・少し、寝坊・・して・・しまった、ようだ・・ね」


「感謝するぞ、赤髪。これでかなり回復出来た・・俺はまだ、戦える」


後ろから声がする。これまでに聞いたどんな時よりも疲れ果て、それでも尚、今まで以上に頼りがいのある声がする。


「エイス・・・ダバーシャ・・・!」


「おっと感動の再会は後回しということで。・・先ずは、あのデカブツを倒そう」


「あぁ。賛成だ」


俺からのハグを華麗に避け、二人ともが目の前に立ちはだかる巨神を睨む。


エイスはまだ若干寝起きだからか頬が赤く、ボーッとしているが、それでも二人は決意を漲らせた瞳でもって、巨神を見据えた。


「OOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!」


負けじと雄叫びを返してきたのは巨神。


地を揺るがし、鼓膜を爆砕する程の轟音が平原を蹂躙する。


奇しくもそれが、開戦の合図となった。

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