第一章32話・イザナミ編「アイリスライツの名の下に」




「…………」


 穂緒ほつぎの様子を海上からずっと見ていた、少女がいた。




 その少女は、「灰色」の髪をしており、「常に無表情で、感情を読み取れない」。

 風に「グレー」の髪色の、「短いポニーテール」をたなびかせていた。




「…………」


 少女は、穂緒ほつぎを『異境いさかい』でアイリスライツに案内したときのことを思い出す。

 なんとはなしに、「何か起こらないかな」、ぐらいに思っていた。


 けれど。


 ……彼女は左手のてのひらを見ると、「キーンという鋭い耳鳴り」のような音が聞こえた。


「……やはりこの力は面白いな」


 少女の想像以上だった。




 少女は、だらんと垂れ下がった右腕に力を入れると。

 ……一瞬で、傷ついて使えなかった右腕が再生する。


「…………」


 手を開いたり閉じたりして、その感触を確かめる。

 腕が治っても、少女は終始、感情の見えない無表情だった。




 そして……「後世写ごせうつしの鏡」を取り出す。

 鏡の中の自身をスワイプし、一つ選ぶと。


 ……少女は背が伸び、少女から女性の体つきになった。

 高校生ほどに見える。


 そして、後ろに結んだポニーテールを解く。

 髪を整え、顔の半分を覆っていた髪をどかした。


 ……一見すると、先程までの少女とは、すぐ分からなくなっていた。




「…………」


 次に少女はおもむろに——空に向かって何か光るものを打ちあげた。

 それは太陽に向かってゆき、やがて太陽に薄い雲をかけると太陽の周囲に光の輪——日暈ひがさが現れる。


 少女は、日暈ひがさとともに、空に浮かぶ穂緒ほつぎを見上げた。


「……頑張った君への、美しい、ささやかな贈り物だ」




 そして少女は、巫心都みこととの、最後の別れ際を思い出す。




『だい、じょう、ぶ……こん、ど、は……すぐ……会、える』

『うんっ…………うんっ……』

『いき、てても、なくなっ、てても……いつか…また……めぐ、り……会、おう……』

『うんッ………また、会おうっ…!!!』




「大丈夫……今度はすぐ会える、か」


 その、老婆でもあり、永遠とわでもあった人物は初めて、

 ————感情らしい感情を、見せる。


「すぐ、また会おう」


 それは————意味深な笑みだった。

 少女は、意味深な笑みとともに、穂緒ほつぎのいる青空を見つめた。


https://kakuyomu.jp/users/kamishironaoya/news/16818622174349040384











「次からは『あれ』、禁止だ」


 穂緒ほつぎ巫心都みこと弥生やよいは、大鳥居を抜けて戦場から戻った。

 今は本部前を共に歩き、帰途きとについていた。

 その道行きで、穂緒は弥生から衝撃の一言を聞いた。


「あれって……『至天回生してんかいせい』のことですか……?」

「支店だか本店だか知らないが、とにかく、あの人型災害因子さいがいいんしを倒したやつだ」

「あの……理由を聞いてもいいですか?」

「……本部からクレームが入った」


 弥生はかたわらに浮く、通信アイテム・コトダマを指した。


「……はあ。どのような?」

「あれのおかげで、現状の霊脈に存在する霊力が空っぽになった」

「……え?」


 穂緒ほつぎは絶句した。

 あれにそんなデメリットがあるとは思わなかった。

 しかし考えてみれば、誰も勝てない人型災害因子に敵う力。

 ありったけ霊力を使ってもおかしくはなかった。


「……つまり、しばらくは災害因子の迎撃ができない。神人じにんのほとんどは霊脈から霊力を受けて戦うからな」


 弥生は、はあ、とため息をつく。


「どんなに人型災害因子を倒せても、一回で全力を出して、後の侵攻を通してしまっては、トータルで現世の被害は大きくなる」

「……霊脈、大丈夫なんですか?」

「しばらく経てば霊力は復活するが、まだ先だろう」

「…………ふぇ」


 穂緒ほつぎは本当に大変なことをしてしまったと落ち込み、肩を落とした。

 そこで穂緒は突然ハッとして、いちるの望みにすがる気持ちで弥生に詰め寄る。


「じゃあ、また別の神に頼むのは……!」


「いや、それはできない。そもそも神は『神器』である『古事記』によって顕現している存在だ。その神であっても人間由来の霊脈の霊力を使って攻撃する。だから普通の災害因子には神でも攻撃が通じたんだろう。しかしそうなると霊脈が空っぽな今は無理だ」


「びやぁ……」


「それに、今回の一件でアイリスライツが神々からの信用を失ったと考えると……今後戦ってくれる神はいないだろうな」


「悲報:神、カミングしない……」


 それを聞いた途端、弥生はすごく不愉快そうな顔を無言で穂緒に向けた。


「それと、してん何とかは、今後は使うにしても量と効果範囲を絞れ」

「それって、どうやるんです?」

「知らん。言ってみただけだ。自分で考えろ……何しろ、あれはお前にしか使えないからな」

「そんなぁ」

鍛錬たんれんあるのみだな」

きたえればどうにかなるんですか?」

「だから私は知らんと言ってるだろう」

「何も知らんやん……」

「なんだとぉ!」


 思わず関西弁で返した穂緒ほつぎに、弥生は食ってかかる。




 弥生の無責任な発言にほとほと困り果てる穂緒ほつぎだったが、もうひとつ、困ることがあった。


「あのー……巫心都みことさん?」


 ……本部に帰るまでの間、巫心都みことはずっと無言で穂緒ほつぎの腕に自分の腕を絡ませていた。

 手も絡ませて握ってくる。

 自然と押し当てられる胸も気になって仕方ない。


 しかも穂緒の手や腕の、浮き出た静脈をずっとなぞっている。


「それ……けっこう楽しいの?」


 穂緒ほつぎ巫心都みことに困惑気味に聞く。

 くすぐったくてちょっと恥ずかしくて、たまらない。


「うん……好き」


 巫心都みことはなおも無言で、ずっと浮き出た静脈をなぞっている。

 むっつり押し黙っているが、声音からは満足そうな感じが伝わってくる。


「……そっかあ……まあ……いいか」


 穂緒ほつぎは観念してされるがままになる。




「……って、無駄話してる場合じゃない!」


 そこで急に弥生が思い出したかのように声を上げる。


「さっきの無駄だったの……?」

「うるさい! 危うく黙祷もくとうするのを忘れるところだった!」


 弥生はそそくさと道の脇に逸れ、人とぶつからない場所へ移動する。

 穂緒ほつぎ巫心都みことも付き従う。


「特に大刀流火たちるか! お前は今のうちによく現世の人に謝っておけ!」

「だからあんなん不可抗力ですやんって……」

「口答えするな! 早く並べ!」


 穂緒ほつぎは納得のいかない表情で弥生の隣に並ぶ。

 巫心都みことも一緒に並んだ。


「いいか? ……よし、それでは……黙祷」


 三人は現世とのつながりもある大鳥居に向かって手を合わせ、黙祷する。




 黙祷もくとう

 それは前回の戦闘の終わりにも行った、慣例。

 それは、止められなかった災害の被害者への、謝罪。

 それは、新たな人生の旅路についた仲間の幸せを願う、祈り。

 穂緒ほつぎは今回も後悔が残った。




 ……俺は、霧幹むみきと再開したが、結局助けられなかった。

 ……至天回生してんかいせいを発動した分、許さざるを得ない災害因子の侵攻が今後どれだけ現世の人々に被害をもたらすのか、分からない。

 悔いればきりがないのは、前回と同じだ。


 けど、……巫心都みことを助けられた。

 前回も今回も、霧幹むみきを助けることが出来なかった。

 だから、もし巫心都も助けられなかったら、今頃俺はどうなっていたか分からない。

 失ったものを後悔するのも大切だが、自分の手で拾い上げることが出来たことを、忘れてはいけない。



 

 穂緒ほつぎ巫心都みことの顔が見たくなり、薄眼を開ける。

 ……巫心都は、静かに涙を流していた。

 やはり、永遠とわのことだろうかと、穂緒は推し測る。

 永遠には、新しい人生を幸せに送って欲しいと、穂緒は心から願っていた。

 穂緒は目を閉じる。




 ……やはりもう、俺は二度と巫心都みことに涙を流させたくない。

 俺が、巫心都を絶対守る。

 そして、彼女が生前出来なかった「普通のこと」を、俺が叶えてみせる。

 そのために俺は、災害と戦い続ける。

 俺が戦うことで、巫心都みことを守り、現世の家族を守り、現世の人々を守る。

 それが俺の、ここアイリスライツでの、いちばんの目標。


 ……俺は確かに死んだ。

 けれど、魂はまだ死んでいない。

 俺は災害と戦い続ける。

 死者であっても戦い続けるのだ。

 大切な人のために。

 魂のある限り、死者である俺が生者を照らし続けよう。




 ————アイリスライツのもとに。




 生者にために人知れず戦う死者達。

 現世との繋がりを信じて、その黙祷もくとうを捧げる姿を、払暁ふつぎょうの光が照らし出していた。



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