第一章12話・初陣編「光と影」




 穂緒ほつぎの号令と共に、ガスマスクに変身した災害因子さいがいいんし達は巨鳥に突撃する。

 ある者は銃を、ある者は剣を手にし、激情に突き動かされて駆けゆく。


 穂緒は腰を低くし、神駆火劔かがりびのつるぎを構える。


 そして——駆け出す。

 

 巨鳥は自分の手下を取られ、激昂げきこうし我を忘れていた。

 数多の巨大な触手を容赦ようしゃなく発射し、蹂躙じゅうりんせんとする。


 ガスマスク達はその攻撃で吹き飛ばされ、宙を舞う。

 しかし弾を何発も叩き込み、巨鳥をひるませる。

 協力して触手に飛び掛かり、その動きを止めようとする。

 穂緒ほつぎの「言殺げんさつ」を受けて、ガスマスク達は一致団結して巨鳥に抵抗を見せていた。


 巨鳥は明らかにさばくのに苦戦していた。

 精彩を欠いた攻撃をせざるを得なくなる。


 ——穂緒ほつぎはその間に、巨鳥へ接近する。


 駆ける穂緒ほつぎめがけて、触手が襲い掛かる。


 しかし穂緒に襲い掛かる寸前、一筋の光がその触手をはねのける。

 それは穂緒の遥か後方、ビルの物影から。


「……!!! 菊之地きくのじッ!!!」


 そう、菊之地きくのじ巫心都みことだった。

 窮地を救う一矢に穂緒ほつぎは思わず反応する。


 永遠とわの全てを見ていた巫心都みことは顔中を涙で濡らし、鬼の形相ぎょうそうで弓矢を引く。


「……許さないッッッ!!!! ……許さないッッッ!!!! ……許さないッッッ!!!! ……許さないぃぃぃぃぃぃッッッ!!!!」


 女子とは思えないほど低いうなり声を放つ。

 数々の矢は、次々に穂緒へ襲い掛かる触手をはねのけていった。


 穂緒ほつぎ巫心都みことの援護を受けながら、瞬時の判断で触手の攻撃を避ける。

 また、迫る触手を、ガスマスク達が穂緒をかばって必死に受ける。


 その間に、——穂緒は伸びる触手に飛び乗った。

 そして巨鳥に向かい、駆ける。


 ガスマスク達は巨鳥に向かって一斉射撃。

 巨鳥の羽を蜂の巣にし、巨鳥の高度を下げる。


 巨鳥は穂緒ほつぎを振り払おうと体をよじる。

 だが穂緒は素早く足にエネルギーを溜めて爆発。

 宙を飛んで、巨鳥の側面に回り込んだ。

 勢いそのままに巨鳥の体の側面を走りながら斬る。

 そして巨鳥の黒い球に向かって落下、刀を突き立てる。


「はあああああああああッッッッッッ!!!!!!!」


 落下攻撃の衝撃で巨鳥はガンッ、と沈み込み、不意を突かれて悲鳴を上げる。

 その衝撃で以前のひびに加え、さらに大きなひびが入る。


「砕けろおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!」


 穂緒ほつぎは歯が欠けそうな程食いしばる。

 巨鳥に抵抗される前に決め切ろうと力が入る。

 巨鳥はすかさず引き離そうと触手をけしかけるが。


 ……巨鳥は悲鳴を上げて体勢を崩した。


 足元でガスマスク達が、触手へ決死の攻撃を繰り返したからだった。


 巨鳥は上手く穂緒ほつぎに攻撃の照準を合わせられず、触手は空を切る。

 その間に穂緒は刀をひねりながら、ひびをさらに切り開かんとする。

 球から、ガガガガッ……、と金属がこすれ合うような低い音が鳴り響く。


「いっけえええええええぇぇぇぇぇ!!!!!!」


 そして。

 ひびの網がパッと広がり。






  バキイィィン—————






 ————破砕音を伴って球が遂に崩壊。

 黒い液体をドクドクと流しながら、球が地面に落下する。

 巨鳥はたまらず甲高い悲鳴を上げ————地面に墜落する。


 先程とは違い、えずくような鳴き声を上げる。

 必死に浮遊ふゆうし直そうとするが、叶わない。


 穂緒ほつぎは着地すると、最後のトドメを刺すため——駆ける。

 それを見た巨鳥は最後の気力を振り絞り、崩壊した球から触手を飛ばす。

 いくつのもの触手が穂緒に向かって攻撃し、


 ——ようとした時、触手は動きを止める。


 一瞬止まったのち、それらは穂緒ほつぎとはあらぬ方向へ伸びてゆく。

 穂緒は疑問に思い、周囲を確認する。

 ガスマスク達は、既にほとんどが触手との激戦によって消えたか戦闘不能になっていた。


 ——ガスマスク達を目標にしていない。


 そう思い至った瞬間。

 背筋を怖気おぞけがざあぁぁっとはい上がり、再びあの激情が腹の底から湧き上がる。




「……菊之地きくのじいいぃぃぃ!!!!!!!!!!」




 触手は穂緒ほつぎの遥か後方。

 光の矢が飛んでくるビルの影——巫心都みことを目掛けて伸びてゆく。

 事切れるきわまで真正面からでない、徹底して醜悪しゅうあくな戦い方をする巨鳥。

 穂緒は頭に血が上り、はらわたえくり返る思いがする。


 穂緒ほつぎは足にエネルギーを溜めて爆発。

 持てる全速力で巫心都みことのいるビル影まで駆け行く。

 一部の触手はビルにぶつかり、ビルの倒壊を引き起こそうとする。

 そして穂緒は何とか触手に先んじて、巫心都の元に着く。

 巫心都は迫る触手に矢を撃ちまくっていた。

 そこで巫心都は驚きの反応を見せる間も無く穂緒に抱きかかえられる。


 ——間一髪のところで、二人は触手の攻撃を避けた。


 二人して地面を転がる。

 満身創痍まんしんそういの中、穂緒ほつぎは起き上がろうとする。


 しかし、そこに……倒壊してきたビルが迫る。


 穂緒ほつぎ巫心都みことを抱えたまま、何とかビルの影から脱出しようとする。

 しかし疲労のせいでなかなか思うように足が動いてくれない。

 そして上から降ってきたがれきに、巻き込まれる。

 穂緒は瞬時に巫心都に覆いかぶさり、必死にがれきから巫心都を守った。

 土煙が舞い上がる。


 ……がれきを跳ねのけ、穂緒ほつぎ達は命からがらがれきの中からはい出した。


 二人とも肩で息をし、地面をはいつくばる。


「ゲホッ、ゲホッ……菊之地きくのじ、怪我はないか……?」

「……うん」

「そうか、良かった……」


 何とか巫心都みことを守りきれたことに穂緒ほつぎ安堵あんどする。

 しかし、体は言うことをきかず、なかなか起き上がれない。

 遠くから、もうほとんど虫の息の巨鳥が、浮遊するか落ちるかの狭間で穂緒達に近づく。


 ……あの巨鳥をもう一歩まで追い詰めた。

 しかしそのもう一歩に、届かない。


「ここまで失ってきて、ここまで全力でやって…それでも届かなくて……全てが無意味になるのか……?」


 穂緒ほつぎはうなだれ、独りごちた。

 

 永遠とわ巫心都みことを、ペストマスク達から助け。

 この都市の中をさまよった末に、皆と力を合わせて窮地きゅうちを脱し。

 かと思えば永遠は捕らえられ、結局消えてゆき。

 最後の逆転の一手、「言殺げんさつ」であの巨鳥を追い詰め。

 そうやって、あらゆる困難を乗り越えた先が……これか。


「あと、あとほんの少し……俺に、俺に力が残ってたら……!」


 穂緒ほつぎは悔しさにそのこぶしを強く握りしめ、地面を叩く。

 悔恨かいこんにじむ涙は、無情にがれきをただ濡らす。


「ああ、もう、もう……このまま、消えてなくなるのか……」




 ——斬りたいの? あの災害因子を。



 

 それは風鈴のように、その場をりんと通り抜ける、はっきりとした女の子の言葉。


「…………?!」


 穂緒ほつぎは顔を上げる。

 ……誰もいない。


「……いったい、誰だ?」


 穂緒ほつぎは周囲を確認しながら、何とか立ち上がる。




 ——今、私を知る必要はない。聞きたいのは、あなたが今ここで、この盤面ばんめんを変える一手を教えて欲しいか否か、それだけ。




 声はなおも響く。

 それは穂緒ほつぎの返答を、静かに待つ。


「……どうしたの?」


 巫心都みことは心配そうに穂緒ほつぎを窺う。

 巫心都には声が聞こえていなかった。


「あるのか…?そんなものが。……あるなら、教えてくれッ…!」


 穂緒ほつぎは心の底から懇願こんがんするように、言葉をひねり出す。

 ……そのわずかな希望にすがって。




 ——ええ。しかし私はいいけど、これを使うあなたは、あなたがよく知る、地獄の苦しみを味わうことになる。それでも、いいの?




「分からない。だが、俺はどんな代償を払おうとも、今この場であいつを倒さなければ意味が無いんだ!頼む、教えてくれ、その、この盤面ばんめんを変える一手をッ!!!」




 ——そう、分かった。これは必要な代償。けど、それはあなたが前に進むための契機けいきだったはず。それを再確認して、再び前に進んで。必要な言葉は、




 そして、穂緒ほつぎの耳元で、声がささやかれる。




「『臨死解放りんしかいほう』、そして断災器だんざいきの『めい』、その二つを言うだけ」




 穂緒ほつぎは思わず横に振り返る。


 ……誰もいない。


 何が起こったのか、全く状況が穂緒には理解できなかった。

 しかし。


「……もう、やるしかない。何が起ころうと、何が代償だろうと、俺は、絶対あいつを消し去らなければならないんだッッッ!!!!!!!」


 穂緒ほつぎはバッと顔上げる。

 そして。






臨死解放りんしかいほうッ!!!!! 神駆火劔かがりびのつるぎッ!!!!!!」






 ——瞬間、目の前の風景が二重三重に見え、傾く。

 ……そして暗転あんてん

 穂緒ほつぎはその場で倒れた。


「どうしたのっ!?!?!?!?」


 巫心都みことは慌てて穂緒ほつぎに這い寄る。

 その間に、巨鳥は穂緒達を見つけ、最後の力で触手を猛然と突撃させ、影をはわせる。

 巫心都は逃げる暇もなく、反射的に目をつむる。


 ……何も起こらない。


 巫心都みことは恐る恐る、目を開ける。


 ——そこには、見知らぬ半透明の少女が、シールドを張って触手と影の攻撃を防いでいた。

 シールドは、二人を守るように、半球状に展開されている。

 少女の顔は、よく見えない。


「何が、起きてるの……?」



 

 穂緒ほつぎが、暗転ののち次に感じたのは——死の間際。


 津波の中を流されている。

 水流の音。

 黒い水。

 息ができない。

 震えあがる程寒い。

 濡れた服で重く、上手く体を動かせない。

 やがて顔を出すことすら、困難になる。

 死が近づく恐怖。

 そして激しい悔恨かいこんに襲われる。

 俺はどうしてここで死ななければならない?

 どうしてこんな早く人生の幕を閉じなければならない?

 どうして

 どうして

 どうして

 どうして

 どうして

 どうして

 どうして

 どうして

 どうして

 どうして

 どうし

 ……



 

「…………っっっああはっ、ごはっ、はああっ、ごはああっっ!?!?!!?!?!」


 瞬間、穂緒ほつぎは死の体験から戻る。

 脳が激しく揺さぶられるような感覚。

 激しい吐き気。

 一気に戻る呼吸。

 過呼吸で息がままならない。

 目の焦点が合わない。


 ……余りにもリアルすぎる体験。

 痛みはないが、それはまるで夢を見ている時のように、見ている間はそれを今起こっている現実だと認識させられた。

 意識が戻ってはじめて、それが現実ではなくあの声が言っていた「代償」だということに気がつく。


 自分が死んだ時の状況を、そっくりそのまま再び体験させられる——。

 まさに、地獄の代償。

 これが、臨死解放りんしかいほう……。

 こんなものをしょっちゅう使っていたら、体よりも先に精神が崩壊してしまう……。


 そこでふと、穂緒ほつぎは気づく。

 まだ、現実の世界には戻っていなかった。


 ——そこは、上空が快晴の青空、そして足元が皆既日蝕かいきにっしょく暗空あんくうを反射した、広大な空間だった。


 目の前には、透明な階段。

 穂緒ほつぎは立ち上がり、その階段を上る。


 上った先、そこには巨大な白い門が待ち構えていた。

 すると手に持つ神駆火劔かがりびのつるぎが光り出す。

 門には、鍵穴のようなものが真ん中にあった。


「……ここをこじ開ければ、くれるんだな?この盤面を変える一手を……! 払った代償に見合うだけの一手を、俺に……見せてくれッッッ!!!!!!!!」


 穂緒ほつぎは意を決して思い切り神駆火劔かがりびのつるぎを鍵穴にぶち込み、真横にねじ回す。

 すると——白門は低い音を放ちながら、その重い扉が開かれる。

 扉の中からは光が漏れ出し、穂緒を包み込んだ…………。




 ……巫心都みことの隣で穂緒ほつぎが倒れて、わずか。

 突然、その時は訪れる。


 ——穂緒がいきなり光に包まれ。

 光が、弾ける。




 ——アヤメのような紫と黄色のエネルギーを、面からたなびかせた穂緒ほつぎが現れる。




 いつの間にか、穂緒を守っていた半透明の少女もいなくなっていた。


「どういうこと……?!」


 巫心都みことは状況に理解が追い付かず、ただ驚くことしかできない。

 すると穂緒ほつぎはおもむろに片手を巨鳥に向ける。




「——しょく




 穂緒ほつぎが言葉とともに手を握った瞬間、その場が完全な漆黒しっこくに包まれる。

 唯一、空に浮かぶ皆既日蝕かいきにっしょくのみが、暗黒の世界を見通すかのように仄暗ほのぐらく輝く。


 巨鳥は目標を見失い、困惑の中で触手を振り回すが、くうを切るばかり。

 精神支配の影も出そうとする。

 しかし暗闇の中では溶け込んでしまい全く意味を成さない。


 巨鳥が混乱する最中、暗闇の中に何者かが一瞬で通り抜け、一閃が浮かぶ。

 巨鳥は振り返るが、その時にはもう軌跡が残るのみであった。


 巨鳥はかんしゃくを起したように触手を叩きつけまくる。

 冷静でなくなった巨鳥。

 その背後を虎視眈々こしたんたんと窺う、闇に潜む、闇より暗い影。

 そして。


「——えん


 一瞬、漆黒しっこくの影が過ぎる。

 何の前触れもなく巨鳥の触手一本が、超高温の炎で燃え上り、消し飛ぶ。

 跡には紫と黄の軌跡が一閃。

 巨鳥は突然の事態に理解が追い付かない。


「——ひょう


 今度は巨鳥をはい上がってきた炎が急激に冷たくなり、一本の触手が凍りついてしまう。

 その触手は機能を停止し、動かなくなってしまった。


「——えん、——ひょう


 一本、また一本と、その巨大な触手はいとも簡単に使い物にならなくなる。

 触手を切り捨てる軌跡は、巨鳥本体に近づくように触手を切り刻んでゆく。

 最後には、崩壊しかかった巨鳥の球が砕け散る。


 ……巨鳥は遂に地面へ完全に墜落。


 悲鳴をがなり立てながら弱弱しく苦しみにもだえる。

 もはや巨鳥の攻撃手段は無いに等しい。

 そして、闇の中から、闇より暗い影が現れる。


「——びゃく


 一瞬にして、その場が激しい光に包まれる。

 巨鳥はその光量の差に目をくらまし、何も視認することが出来ない。




 巨鳥の前に立つ穂緒ほつぎは、静かに神駆火劔かがりびのつるぎを上段に構える。


 神駆火劔にはめられた二つのつばが展開、広がる。

 それらは重々しい機械が動き始めるような、擦れて低く響く音を立てる。

 それぞれのつばで違う向きの回転を始める。


 すると穂緒の周りに、赤熱せきねつしたように輝く立方体が無数に現れる。

 それらは穂緒を回る、何重もの輪となる。


「お前の怨嗟えんさの言葉は一切受け入れない。ただ消えゆくのみだ。霧幹むみきの苦痛と、俺の激情と、菊之地きくのじの絶望、そのすべてを受け入れてこの世界からく失せろ」


 面からたなびくエネルギーがこれまでに無く、激しく噴出する。

 穂緒ほつぎを回る無数の立方体は、神駆火劔かがりびのつるぎの刀身へと収束しゅうそくしてゆき————






「俺は、お前をことごと撃滅げきめつし、殲滅せんめつするッ……!そして、灰燼かいじん塵芥ちりあくた残さず、この世から……消え去れえええぇぇぇッッッッーーーー!!!!!」

 





 ——穂緒ほつぎ神駆火劔かがりびのつるぎを振り下ろす。

 その瞬間、あまりの轟音ごうおんに、音が消えてなくなったかのように錯覚さっかくする。

 



 ————巨鳥は穂緒ほつぎの降り放った膨大なエネルギーで消し飛んだ。




 光の明滅に包まれ、圧倒的な爆風で近くのビルは消し飛ぶ。

 周囲一帯、見渡す限りのビルはなぎ倒されていった。

 紫と黄の炎に囲まれて守られる巫心都みことも、その場でいつくばるのがやっとだった。


 爆発の衝撃は空に風穴を開ける。

 天からは陽光ようこうを呼び込み、光が地上に降り注いだ。



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