兄の想い

 和奏さんの逆プロポーズから少しして、夫から連絡があった。今夜は兄がうちに泊まるらしい。まさか恋人からの突然のプロポーズに僕が関わっていると気付いたのだろうかと苦笑しつつ家に帰ると、ひたひたと足音が近づいてきた。おかえりと出迎えてくれたのは夫ではなく、どこか不機嫌そうな兄だった。


「なに。ずっと起きてたの?」


「ああ。海と話がしたくて」


「一旦寝てからで良い?」


「寝る前に聞いてくれ。寝たら昼まで起きんだろお前」


「分かった。風呂入ってくるからちょっと待ってて」


 軽くシャワーを浴びてからリビングに戻る。兄はソファに座ってうつらうつらとしていた。声をかけるとハッとして、両親が僕の結婚を認めてくれたことを報告してくれた。


「ふぅん。認めたんだ」


「一応ね。で、本題なんだけど……」


「うん」


「……実は俺、三年くらい前から付き合ってる人が居て」


「その人にプロポーズされたんだろ」


 話の腰を折ると、兄はやっぱり知ってたかとため息を吐いた。


「和奏、店に来たんだな」


「うん。妹の僕に相談があるって言って」


「……そうか」


「僕が同性愛者だって話は僕からはしてないけど、必要なら勝手に話して良いから」


「……海」


「なに?」


「……俺、彼女と結婚したいと思ってる」


「うん。しなよ。勝手に」


「……怖かったんだ。俺が結婚したら、海は絶望してしまうんじゃないかって」


「……そうだね。昔の僕なら、嫉妬に狂ってただろうね。けど今なら素直に祝えるよ。だからちゃんと式には呼んでよね。夫と一緒に出席するから」


「うん」


「……心配かけて、ごめんね」


「ううん。生きる選択をしてくれて、ありがとう」


 ぽろぽろと兄の目から涙が溢れる。幸治さんに保護されたあの日、兄は平然としていた。内心は不安だったのだろうか。それとも、あの時はまだ本気で死ぬなんて思ってはいなくて、帆波と月子のことがあったから不安になったのだろうか。どちらにせよ、兄を不安にさせたことに変わりはない。


「……寿命が来るまでは生きるって決めたから、もう心配しなくていいよ。二人との約束もあるし、今はもうそう簡単には自殺なんて出来ない」


「約束?」


「言わない。人に話すにはあまりにも重いから。それより兄貴は目の前の大切な人を幸せにすることだけ考えなよ。僕のことばかり気にかけてないでさ」


「うん。そうするよ。……明日、というか今日だね。今日、彼女と話をするんだ」


「親には挨拶したの?」


「まだ。これから。海達にもまた改めて紹介するよ」


「ん。分かった。また連絡して」


「うん」


「話は以上?」


「うん。以上。聞いてくれてありがとう。ごめんね。彼女と話す前に、どうしても海に聞いてほしくて」


「ん。じゃあ僕はもう寝るから」


「うん。俺もちょっと仮眠してから帰るね。おやすみ」


「おやすみ」


 兄と別れて寝室の扉をそっと開け、ベッドに潜り込む。こちら側を向いて眠っていた夫の瞼がうっすらと開く。僕に気づくと彼はおかえりと柔らかく笑った。ただいまと返すと、軽く抱き寄せられる。「海ちゃん。大好きだよ」と寝ぼけたような声が胸に沁みる。知ってると返して、彼の背中に腕を回す。落ち着いた呼吸音と心臓の鼓動に導かれ、夢の中へと落ちていった。

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