グロウステイル~敵国の王様が懐柔してくるのでその手に乗ってあげる前に大魔法使いになります~

天崎羽化

第1話 前世




「ぼくに愛されるか、殺されるか。選んでいいよ」


 黄金色の瞳の中に堅固な意志を揺らめかせ、琥珀糖を溶かしたような声色で、幸せと死を躊躇いなく言い放ったのを聞き入れながら、曇天の空模様とさほど変わらない虚ろげな心持で、声の方を見やる。


 甘いマスクに運命のように誂え合わされた金糸の髪と金色の瞳に、ロイヤルブルー地に金刺繍の入った軍服。

 貴公子然とした出で立ちの男が、美しい顔にそぐわない、ひどく平淡な目でわたしを見定めている。


 アニメや映画でしか見たことがない古雅こが霊標れいひょう櫛比しっぴする。

 その真ん中で、泣きはらした目で空を見上げる。

 そこでは、蜥蜴状の鳥が長い尾を悠々とくゆらせ、まるで海を泳ぐように飛行し、龍の親子がじゃれ合うように飛びまわっている。

 地上に視線を移すと、目の前に広がるのはファンタジー全開の夢の国。

 この世界ど真ん中に佇みながら、頭の中を走馬灯が走り抜けた。


(そうだった。わたし、一回死んでるんだ)


 前世は散々。


 大学を卒業し、新卒で営業課に就職し、希望一杯で入社したのもつかの間の春。開けてびっくりブラック企業だった。

 深夜退勤当たり前。時間外のクレーム処理。どうでもいい部署との人間関係。

 極めつけは、歓迎コンパの嵐と同期飲みという名の愚痴飲み儀式の日々がつづいた。


 週5で飲み会はザラで、飲み方も覚束ない面子ではもはやちゃんぽん大会。

 おかげで、数々のお酒を飲んで鍛えられた肝臓強化スキルと、どんなお酒も飲めるという免疫強化スキルが得られた。

 体と心は一年も経たないうちにぼろぼろになり、健康診断は脅威のF判定。

 極めつけは、当時付き合っていたメンヘラ彼氏からの一言。


「おまえみたいな女殺してやる」


 仕事が忙しく、彼に時間を割けなかったばかりに、わたしへの愛情は恨みへと変わっていたことにすら気が付けなかった。


 男運は昔から悪かった。それは自覚している。


 暴力や暴言を浴びることにもいつしか慣れはじめ、彼氏ができるたびにこれが愛なのだと言い聞かせてきた。そうじゃないとやっていられなかった。


 わたしを守ってくれる王子様がきっとこの世のどこかにいる。

 まだ出会ってないだけなんだ。

 がんばって生きていれば、いつか幸せになれる。


 そんな甘い希望を胸に。

 重い体に現実を乗せ、床を嘗めるように出社したある冬の日。

 いつものようにコンビニのコーヒーとサンドイッチを自分のデスクに置き、手をついた瞬間。

 視野がぐらりと傾きながらぐるぐる回り始め、立っていられない程の眩暈に襲われた。


「これ・・・・やばいわ・・・・」


 心臓がずきずきする。動悸が早くなり、汗が雨粒のように吹きだす。

 デスクの上に置いたスマホを、指の感覚だけで探しだし、助けを呼ぼうと画面を見た表示には、毎朝恒例のメンヘラ彼氏からの鬼電と、上司からのショートメールの通知の嵐。見えた瞬間に痛みが増す。


「・・・そんな状況じゃないって・・・・」


 痛みに耐えられなくなり、頭を抱えな、雪崩れるように倒れ込んだ。

 その衝撃で、デスクの上に積み重なった書類の山が崩れおち、枯葉のようにはらはらと体を包む。


 薄れゆく意識の中。

 警備員さんらしき人が駆け寄るのを微かに感じたが、その姿さえ徐々に消えかかる。

 その刹那、今まで感じた事のない痛みが全身に走って完全ブラックアウト。

 文字通り、死んだ。


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