召喚されたのにスキルが「ゴミ処理」だった件
花深まるる
プロローグ
「くはぁぁ~~…」
顎が外れるかと思うくらいの大あくびが止まらない。
チカチカしている窓の外のイルミネーションライトが少しウザイと感じつつ、薄暗いオフィスにぽつんと座っていた。
「…んねむぅ……」
俺の名前は佐藤直哉、25歳になったばかりだ。
今日こそは久々に早めに帰れそうだったので、自然と口角が上がっていた。
席を立って鞄に手をかけた瞬間、同僚に声をかけられた。
おチビちゃんが熱を出したのでどうしても帰りたいと頭を下げられると、無碍にもできず断れなかった。
ヨレヨレのスーツジャケットもそのままに書類を眺めながらまた席に着いたが、自分の要領の悪さに心臓が上から圧迫されるようなストレスを感じた。
言わずもがな集中力は続かず、頭は盛大に前へ後ろへとカックンカックン止まらないのに意識はふわふわ遠のいていく……
…俺には…サンタ…ロスも…来な…んだな……
気が付くと身体がすこぶる軽く、ふわふわしていた。
右目の端に人影がある気がしたので目をやると、ギョッとした。
「…⁉⁉」
「なっ⁉ 俺がデスクに突っ伏している⁉ …え??」
「あー‼ メガネがぁぁ…ってかこの角度はヤバくね?」
「あっ! これは夢か? きっと明晰夢なんだろ? そんな夢見たことないけど…」
「リアル過ぎる…んん…幽体離脱か?」
「ん⁉ はあぁぁぁぁ…⁉⁉」
「俺、息してる⁇」
「たっ…確かに指一本も動かせる気はしないけど…」
「どうやったら目が覚めるのかな……」
アタフタしていると、次の瞬間ジェット機のような爆音が頭の中で全てを掻き消した。
ズタズタと弄ぶような衝撃が身体を貫き、鼓膜を圧迫するような無音の世界に放り出された。
広大無辺の漆黒に、目、鼻、口から侵食され、消滅してしまいそうな恐怖に抗えないでいた。
とつぜん背後から得体のしれない力に身体をぐいっと掴まれ、そこから引き剥がすように引っ張り始めた。
ぐんぐん加速してゆくと同時にまた意識が薄れていった…
「んぁ…るさいなぁ…」
どよめきに目を覚ますと何かの模様が描かれた床の上に横たわっていた。
なんだこの変なお香のような匂いは…どこなんだここは?
………⁉
目がパチリと開いた。
オレンジ色の光を両手に浮かべている白いローブを羽織った二人、金色に縁どられた薄紫のローブを羽織って、杖を持った数名の男女に囲まれている。
「⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉」
慌てて起き上がると、いかにも何かの儀式の中心にいて、隣に二人の男女が立っていた。
男性は背が高く金髪のショートヘアで、白いシャツに茶色のスラックスを履いている。
腕の筋肉が異様にモリモリしているのが不釣り合いだが、ニコニコと人懐っこい感じで、ヘーゼル色の瞳と白い歯が印象的だ。
女性の方も背が高く、ダークブルーの瞳が印象的で、ダークブラウンのワンレングスのロングヘアをポニーテールにしており、紺色のブラウスにスラックスを履いている。
スレンダーで凛々しい感じだが、男性と比べて緊張しているのか、表情が硬い。
男性は俺より背が高いが、女性は同じくらいの目線だった。
俺は試しに頬っぺたを抓ってみた……痛い……
夢の中でも痛いものなのかと悶悶としていたら、もう一人の男性が不気味なほど満面の笑みで話しかけてきたので、反射的に後ずさりしてしまった。
「倒れていたけど大丈夫かい? どうやら僕らは召喚されたみたいだね」
「僕の名前はライヴァン・オルティナスだ。ライヴァンと呼んでくれ」
「彼女はカレン・エルセリアだ、よろしく」
硬い面持ちで女性はうなずいた。
すかさずライヴァンが『君は女の子かい?』と聞いたので、『男だ!』とかぶせ気味に叫んでしまった。
そのとき、重厚な観音開きのドアがあけ放たれ、豪華な金糸と宝石が縫い込まれた深紅のマントを羽織った初老の男性と数名が入ってきた。
「遠き異世界より召喚に応じし勇者たちよ、ようこそアルゼンディア王国へ」
「我が名はエルファス三世、この国を治める王である」
「突然この様な形で呼び出され、驚いていることであろう」
「この決断は我らにとっても苦渋の選択であった」
「せめて今後の生活は、このエルファス三世が保証するとここに誓おう」
「この地を覆う暗黒の脅威を取り除くためどうか我らに力を貸し、共に戦ってほしい」
「我が国には、あなた方のような希望が必要なのだ」
エルファス三世によると、数百年に一度、夜空に浮かぶ月が突如漆黒に染まった時、異世界から魔王が現れ王国を滅ぼすという聖戦が伝説となって語り継がれているが、その前兆が現れ始めているという。
国王は厳しさの中に優しさを含んだ顔立ちをしており、目元に若干の疲れを見せているが頑健な体格で、かつては剣を握った王の名残を残している。
「まずは疲れた体を癒して、細かい話は後日落ち着いてからにしようではないか」
王の呼びかけで軽い会食の場へ移動した。
食事をしながら簡単な自己紹介や雑談をし、早々に各部屋へ案内された。
ドアを閉めて一人になった瞬間、ズルズルとひざから崩れ落ちてしまった。
「俺、死んではなかったんだな…」
慈悲深い神様や女神様は出てこなかった。
もしかして眠り倒して気づかなかったとか…⁉
もしそうなんだとしたら…残念過ぎるよ俺……まぁ、取り敢えず意思疎通がとれるのは僥倖だよな。
ライヴァンとカレンは違う世界から来たようで、俺がゲームの話をしたら二人ともキョトンとしてしまった。
ライヴァンによると、納屋へ向かっていたら急に風が吹いて淡い光が身体を包み込み、身体が浮いたら次の瞬間にはもう先ほどの部屋にいたという。
カレンも似たような感じだったようだ。
カレンはこの国と似ている世界で騎士団に所属していた騎士だったが、魔物や魔法等は存在しなかったらしい。
どうやら俺だけ少し遅れて現れたので、どよめきが上がったようだった。
特に聞かれなかったので、俺の召喚体験が二人とは違うことは話さなかった。
あんな漆黒無音の恐ろしい体験を思い出したくもないし…
気を取り直して立ち上がろうとしたが、足腰が立たない。
「⁉」
「俺、腰抜かしてたのか……初めてだよこんなの…」
怒涛のような初めてばかりで、身体の内側と外側がちぐはぐで、 かみ合わない感情のうねりが喉の奥をギュッと締めつけて、やがて鼻から目頭にツーンと込みあげてきた。
気持ちが落ち着くまで深く深呼吸をして気合で立ち上がると、壁側に大きな鏡があった。
鏡に映る姿は覇気もなく、メガネは曲がっていてスーツはヨレヨレ、髪の毛は伸び放題…会食にはこの国のお姫様も同席していたけど、あの目線に今は納得だ。
苦笑して、変形したメガネをかけなおすとフッと視界がぼやける…
「あれっ…目がよくなっている⁉」
メガネをテーブルに置いて何気にお腹を触ってみると、何やらゴツゴツしていた。
「へっ⁉…俺、筋肉ってあったっけ…」
シャツをめくってみると、見事な腹筋が露になった。
「⁉」
全体的によく見ると以前とは比べ物にならない程に身体ががっしりしている。
あの暗黒無音は、肉体改造屋だったのか…?
顔は、女顔のままだ…でも身体はがっしりしているし、少しは男らしくなってるのかもな。
俺は中学の頃のあだ名を思い出した…まつ毛くん…
小さい頃はよく女の子と間違われた。
くっきり二重でまつ毛も長い。
背はそこそこ伸びて173㎝はあるが、思春期になっても毛は濃くならず、太らないし日焼けしない体質なので肌も色白、さらには運動音痴だった。
その頃は弄られたくなかったので、顔を隠すような髪型でなるべく目立たないようにして過ごした。
幼い頃から手先が器用で、廃品を使っておもちゃや道具を作るのが得意だった。
その唯一の特技を活かして、廃棄物管理の分野で働いていたエンジニアだったが、俺の発明品が評価されることなく上司の手柄になり続け、報酬も昇進も得られないまま次第に心がすり減って、意味のない毎日を送っていた。
そっか…そうだな、俺は勇者として召喚されたんだよな…
そうだよな、今は俺は勇者なんだ!
会食の場ではこの状況をまだ受け止め切れてなかったけど、ライヴァンは勇者と崇められて、鼻息荒く使命感に目を輝かせていた。
よし、俺もこの世界で魔王を倒してヒーローになるぞ!
そんで可愛い女の子との出会いとかもあったりして…⁉
「おー!なんだか気分が上がってきたー!」
……俺、チョロいよな。
でも、これから俺は勇者として生きていくんだ。
魔法とか使えるようになるのかな、剣とか触った事ないし…俺はちゃんと勇者になれるんだろか?
まぁ、朝になったら何時ものように目覚めて夢でしたってなるかもしれないし…取り敢えず寝るかな。
あぁぁぁぁ〜 やっとまともに寝れるぅ…このベッドふかふかだ…
俺は口角が上がるのを感じながら眠りに落ちた。
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