第14話-1

 穏やかな風が気持ちいい。私は、魔法師団で魔法の特訓に励む渼音に差し入れのおやつを手渡すと、その足で散歩を行っていた。王城の敷地は広大だ。私達が住んでいる渼音の月の宮をはじめ12棟にも及ぶ宮殿が、王城を囲むように建てられているらしい。その中には、私が賜る予定だった星の宮も含まれている。


 …辞退しておいてよかったなぁ。


 最近では回復薬作りを通してニステルローイ王国に僅かながらの貢献ができてるとは言え、宮殿を一つ賜るなんて改めて考えてみても恐ろしいよ。月の宮でさえ、顔と名前が覚えられないくらいの沢山の人達が渼音のために働いているのだ。その中で宮殿の女主人然と振る舞っている渼音は本当に立派だと思う。


 …この辺りが星の宮の近くだと思うんだよね。


 特に目的もなくふらついていた私は、自分が住むはずだった建物に興味が湧き一目見てみようと足を向ける。月の宮付近は壮大な庭園となっていて、辺り一面が良く手入れされた花で覆われているといった印象だけど、この辺りはまた雰囲気が違うんだなぁ。遠くに星の宮が見えてくる。大きさは月の宮と同じくらいか。どうやらティエリー様は、本当に渼音と私の待遇に差を付けるつもりがなかったようだ。


 …本当に良い人達で良かった。


 聖女ではなく、何者でもない私がずうずうしく渼音と同じ待遇を要求するつもりは全くない。だけど、それはさておき心遣いをして貰えるのは嬉しいし、有り難いとも思う。森に囲まれた離宮といった佇まいの星の宮を眺めていると、突然ガサガサっと茂みの方から音が聞こえてくる。


 …王城の敷地内だから、流石に魔物は出ないよね。でもこれだけ立派な森なら、野生動物くらいはいるのかな。熊とか危険な動物はいないと思うけど……。


 「シャーッ、シャーッッ!!」

 「この鳴き声は…猫?」


 日本でもペットとしてお馴染みの、猫が威嚇をするような声に興味を覚えて茂みの向こう側へ行ってみる。そこには、小さな子猫が全身の毛を逆立てて、大きな蛇を必死で威嚇する姿があった。


 「!? 危ない!!」


 トグロを巻いていた蛇が、今まさに子猫に飛びかかろうとバネの様に体を縮ませている。私は咄嗟に足元にあった木の枝を掴むと、思い切り蛇に投げつける。手から放たれた枝は当たりはしなかったものの、蛇のすぐ横へと落ち柔らかな土を削った。蛇は、突然の横槍に驚いたように茂みの中へと姿を消してしまった。


 「良かった……。」


 その場にへたり込み、大きく息を吐く。まだ心臓がドキドキしている。


 「なんで!? なんで、ボクのエモノよこどりするんだ、です!」

 「……へ?」

 「だから、なんでボクのエモノをよこどりする、ですか!?」


 私は声がする方を見る。やはりそこには、子猫しかいない。抜けるような白地に、荘厳な金色のトラ柄模様を持つ短毛。体の割に大きくがっしりとした脚と長い尻尾。瞳は、透き通ったエメラルドグリーンとサファイアブルーのオッドアイだ。色味は違っても、いわゆるアメリカンショートヘアーにしか見えない。


 …喋る子猫? いや、そもそもこの世界の猫は喋るものなのかもしれない。


 「えーと…。ごめんね? 君が蛇にいじめられて困っているのかと思って、つい…。」

 「ヘビなんかに、ボクがまけるわけないだろ、です!? ごはんがにげちゃった、です!」

 「うーん。だけど、あの蛇1メートルはあったよ。危ないからもう少し小さな獲物を狙った方がいいんじゃないかなあ?」


 なーご、なーごと抗議をしてくる子猫ちゃん。舌足らずな喋り方がとても愛らしい。私の両手に収まるくらい小さいのに、一人前に狩りをしていたらしい。


 「ボクはつよいんだ、です! ニンゲンのせいでおなかがペコペコなのだ、です。」

 「…そっかぁ。ごめんね。君に狩りの邪魔をしちゃったんだんね。」

 「もういい、です。それより、おなかがすいたです…。」


 しょんぼりと丸まってしまう子猫ちゃん。なんだか申し訳なくなり、魔法鞄をゴソゴソと漁ってみる。


 …うーん。すぐに食べられそうなものは、渼音のおやつの残り物くらいだなぁ。でも子猫にクッキーはまずいだろうしな…


 クッキーを手に取り逡巡していると、宝石のような二色の瞳を輝かせてじっとこちらを見てくる子猫ちゃん。


 「これはダメだよ。君の体に悪いか…きゃ!?」


 ダメだと言い聞かせようとした瞬間。子猫ちゃんに飛び掛かられ、あっという間にクッキーを奪われてしまった。注意する間もなく、もうはぐはぐとクッキーを食べている。


 「もう…。それは人間用のお菓子だから、本当は君が食べちゃ体に悪いんだよ?」

 「ボクをそのへんのネコといっしょにするな、です。ニンゲン、これはとってもあまい、とってもおいしい、です!もっと、ちょうだい、なのです!!」

 「残念。それでお終いです。…ねえ、君はこの森に住んでるの? お父さんやお母さんは??」

 「ボクはもういちにんまえ、です。ここはやさしいまりょくをかんじた、のです。だからひとりできた、です。」

 「一人で来たって、どこから?」

 「……とおくから、です?」


 どうやらこの子猫ちゃんは、優しい魔力? とやらに惹かれてどこか遠くから一人でここまで来たらしい。


 …自分でもどこから来たのかよく分かってないみたいだね。


 「うーん。とりあえず私はもう行くけど、あんまり大きな獲物に手を出しちゃダメだよ? 危ないからね。今度、君が食べられそうなご飯を持ってきてあげるから、無理はしないでね。」

  

 それじゃあ、と声を掛けて背を向け歩き出す。何か抗議をするような、みゃーみゃーという鳴き声に一度振り返るが、もうそこに子猫ちゃんの姿はなかった。また会えるといいな。

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