第2話 「……泉が、我慢できなくなっちゃうから?」


「ほら。ゲームってこれのこと」


 呼吸が落ち着いてきた頃。私は阿澄ちゃんを解放して、先程までプレイしていたゲームの画面を見せた。


「おー。ふふっ、可愛い女の子だね? こんなに布面積の少ない水着なんか着せちゃってさ」


 画面を覗き込む阿澄ちゃんの頬は、赤く上気している。

 そのせいか、限定のビキニを身につけたヒロインの際どい姿を見られても、特に動揺することはなかった。


「これ、キャラクリが本格的なやつだから」


 やれることが多いと、拘ってしまう性質タチなのだ。

 体型とか、顔を構成する一つ一つのパーツとか。材料が豊富で、凄く楽しかった記憶がある。


 何より、イベントで貰える水着の破壊力が凄い。

 見せちゃいけない所がもうほとんど見えちゃってるし、動くとぷるぷるしてるし。

 思わずドキッとしてしまう要素が多分に含まれているのも、このゲームの良い所だと思う。


「ふーん? 泉、こーいうが好きなんだ?」


「……まぁ」


 誰だって、可愛くてえっちな女の子は好きだろう。

 しかも、あらゆる所が見えちゃってるなんて。そんなの、嫌いになれるわけない。


 なのに阿澄ちゃんは、そんな邪な気持ちは微塵も感じさせないような笑みを浮かべて、私との距離を詰めてきた。


「……でも、さ。こーんなに可愛くてえっちな彼女がいるのに、まだ可愛い娘を欲しがっちゃうの?」


「……っ」


 突如として与えられた阿澄ちゃんの温度が、私の言葉を詰まらせる。


 前屈みになった阿澄ちゃんは、私の右肩に小ぶりな頭を乗せている。

 こてん、とわざとらしく転がすと、薄く細めた瞳で蠱惑的に私を覗き込むのだ。


 全く。一体どうして、私はこんなに心に刺さる仕草を阿澄ちゃんに教えてしまったのか。


 後悔がないとは言わないが、それ以上によくやったと自分を褒めたい。


「私も、こういうの着てみようかな?」


 まだ、さっきの熱は抜けきっていない。


 私も、阿澄ちゃんも。お互いに、加速した欲情は身体の奥で脈打っているはずだ。


 なのに、阿澄ちゃんが薄く開いた唇からそれを漏らすから。

 仕舞ったはずのイケナイ感情が、息を吹き返したようにその存在の主張を始めてしまう。


「……それは、やめておいた方がいいかも」


「どうして?」


 ふっ、と首筋に生暖かい吐息が吹きかけられる。

 阿澄ちゃんは、自分の中にあるえっちな感情を、全て私に見せつけるつもりなんだ。


「それは……」


 だから、やっぱり私の言葉は続かない。


 それが面白かったのか、阿澄ちゃんの小悪魔ムーブは加速する。

 確かめるような息遣いで、何度も私の肌を撫でてくるのだ。


 細く伸ばされた吐息は、的確に私の気持ちいいところを刺激してくる。

 かと思えば、極端に柔らかい呼吸で私の顎をくすぐる。


 何とも器用なやり口だ。こんなのは、私も教えていない。

 阿澄ちゃんが、勝手にえっちなことを勉強した結果だ。


 そう考えると、見ないようにしていた快楽が途端に押し寄せてきた。


「……っ」


 気持ちいい。


 焦ったくて、いじらしくて。


 それが、凄く気持ちいい。


 阿澄ちゃんは一度息を吸い込むと、今度は意味のある言葉を吐き出した。


「……泉が、我慢できなくなっちゃうから?」

 

 私が、阿澄ちゃんの前で快感を露出させた途端、そんなことを口にする。

 阿澄ちゃんは、私が言い逃れできない瞬間を狙って、その言葉を投げかけるのだ。


 いやらしい娘だ。本当に。


「分かってるなら訊かないで……」


 力のない声が、熱を孕んだ吐息交じりに漏れる。

 視線だけを横にずらすけれど、やっぱりそこには阿澄ちゃんの綺麗な顔が立ち塞がる。


 でも、私はそこに違和感を覚えた。


「もしかして、嫉妬してる……?」


「……なんで? 私、そんなに面倒臭い女じゃないよ」


 嘘だ。


 なら、その悲しそうに歪んだ瞳は? 甘さの中に滲んだ不安げな声は?


 気付けないほど、私はぼーっとしていない。


「よく見て」


 スマホをちょちょいと操作して、見せたい画面を阿澄ちゃんの前に差し込む。


「? ……あっ」


 キャラのステータスやらが映し出された画面。

 一番上には、私が拘って作ったキャラの名前が記載されている。


 "阿澄"


 私が、何よりも好きで、いつまでも大切にしたい人の名前。


「こ、これ……」


 明らかに動揺した様子で、阿澄ちゃんは口をぱくぱくさせる。

 画面と私の顔を交互に何度も見つめて、その真意を探ろうとしている。


 でも、私の想いなんてとっくに分かってるだろうに。

 阿澄ちゃんのこういうところが、やっぱり好きだと思ってしまう。


「ど、どこ行くの?」


 トイレ。とは言わずに、私は戸惑う阿澄ちゃんの耳元に唇を近づけた。


「––––私、阿澄ちゃん以外に考えられないから」


 だから、ゲームのキャラに彼女の名前を付けてえっちな格好をさせるような暴挙にも出てしまう。


 こんなの、他人に言えるわけがない。


 あわあわと赤面する阿澄ちゃんを尻目に、私はすたすたと教室を後にした。


 見えなかったけど、阿澄ちゃんがへたへたと床に座り込む音が聞こえた気がした。

 

 ––––阿澄ちゃんは、今日も隙だらけだ。


 でも、そんな彼女が私の好みど真ん中なんだから、困ってしまう。

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