「確か……騎士団から書簡が届いたと仰っておられましたよね?」


 新総帥の驚くほど短い挨拶をまるで見切ったかのように、初顔合わせ終了後すぐに騎士団から警察師団へ書簡が届いた。

 この世界には、手紙を魔法で転移させる魔法の箱がある。前世で言うところのFAXと似ている。実際に紙面がテレポートするところは、魔法があたりまえに存在する異世界らしいといえるかもしれない。

『魔法書簡』と呼ばれるそれは公的機関には必ず設置されており、領地を持つ者たちも使用している。問題が起こればそれを使用して、中央政府である内務院へ申し立てを行うのだ。


 その書簡を受けて、メディウス総帥御自らダグラス様と俺をご指名。あと数名ほどを希望者から見繕った。

 初めての事件ということもあり、サラ様は現場を見せたかったのだろう。全員を臨場させたいと言わんばかりの顔で誰を連れて行くかと悩んでいた。


 なぜなら用意できる馬車は三台。一台につき四人までしか乗車できない。

 対する希望者は多数。どう考えても厳選せざるを得ない。

 俺とダグラス様はなぜか除外したくないとのことで、そのためサラ様は希望者の所有スキルから判断し、八名を引き連れて出動となったわけである。


「そうなの。お兄様から直接届いた、私への書簡ね」

「目的地は王都最西端の町ティタウィンだと聞いております」

「平民、それも比較的裕福な者たちが多く暮らす町ですね。商家でも狙われましたか?」


 ダグラス様の質問に、サラ様が小さくうなずいた。


「そのとおりよ。今日の午前中、とある商家の倉庫が爆破されたの。そこの捜査を行うわ」

「爆破とは、また物騒ですね。ケガ人はいるのですか?」

「爆発のあと大きな火災が倉庫内で起こったらしくて、倉庫番がやけどしたそうよ。でも、それは現地の治癒術師が対応済みだから安心して」

「それは良かった」

「でも、もし重傷者がいたら対応してくれる? クリフォード」

「承知しております」


 現場の状況を見てないので、サラ様は最悪の状況も考えておられるのだろう。

 確かに現地の治癒術師の腕前によっては、重傷者のほうが後回しになる可能性もある。治したくても治せないからだ。

 治癒術師は自分が使用できる最高の治癒魔法をかけ続けるか、もしくは回復薬を使用したうえで、本人の体力頼りの回復を待つことになる。

 そのあたりは、緊急時にトリアージタッグを付けて治療の優先順位をつける地球の現代医療とは違う。

 治癒を行う者自身が助けられそうな者、もしくは助かりそうな者から助けるがこの世界の基本らしい。


「それで建物の被害なのだけれど、屋根の一部が吹き飛んだそうなの。それで隣に並ぶ倉庫の壁が少し欠けたようよ。背後にある雑木林へ爆破の火が飛んだそうだけれど、すぐに対処したから被害も少ないとのことだったわ」

「死者の報告はございますか?」

「ないわ。……今のところは、だけどね」


 ダグラス様の質問に、サラ様がゆっくりとかぶりを振って答える。


「すでに衛兵には現場を確保させて、誰も入れないようにしているから、倉庫内を調べたら出てくるかもしれないわね」

「倉庫内では、なにをお調べになるおつもりですか?」

「それはクリフォードにがんばってもらえばわかるはずよ」


 たぶん、俺の特殊スキルのことを言っているのだろう。とはいえ、あのスキル、サラ様に使い方がわかるのだろうか。

 しかし、それを言っても仕方がないので俺は素直にうなずいておいた。


「承りました」

「そして、できれば犯人の捕縛も、ですか?」


 ダグラス様の問いかけに、サラ様は苦笑いを返す。


「初めての臨場だし、そこまでは期待していないわよ」


 ――臨場。


 なんとも懐かしい言葉だ。そう思うのと同時に、俺はふと思う。

 そういえばサラ様は、先ほども『臨場』という言葉を使った。

『臨場』という単語は、警察では現場へ行くときに使用する。


 だが、これは警察の専門用語ではない。

 言葉そのものは、その場所へ臨むという意味合いであり、つまりは式典、夜会に出席する意味合いで使用しても、違和感はあっても差し障りはない。

 しかしサラ様はあきらかに警察用語として使用している気がする。警察組織が生まれたばかりのこの世界で、なぜこの言葉を使うのだろうか。


「サラ様。どこで『臨場』という言葉をお知りになりましたか?」


 俺は、つい自然な流れで疑問を投げかけていた。

 ダグラス様が無表情を俺へ向ける。その端正な面持ちから感情は読めないが、俺の質問の意図が理解できなかったのかもしれない。切り返しの言葉はなかった。

 サラ様は気にする様子もなく、どこか悪戯っぽい笑顔となって小首を傾げた。


「教えてくれた人は内緒にするって約束なの。でも、あなたも知っているのね、その言葉」


 鋭い質問に、俺はやや焦燥感を覚えた。前世のことを知られるわけにはいかない。


「……いえ、気になっただけです。申し訳ありません。お忘れください」

「閣下、ティタウィンへ入りました。そろそろ到着するようです」


 俺が苦笑混じりに答えると、ダグラス様が話の腰を折るように告げる。

 改めてダグラス様を確認し、口調、表情ともに落ち着いているので、俺はひとまず安心した。

 旧騎士団本部へ入ったときはこの先どうなることかと不安になったが、さすがは侯爵令息といったところか。


 対してサラ様は、ダグラス様の『閣下』という呼び方に不満があったようだ。ふくれっ面となった彼女が口を開きかけたとき、馬車がゆっくりと停車した。

「到着いたしました」と、馭者が短く告げる。


 サラ様はすぐに表情を切り替え、馬車の窓から外へと視線を移した。

 その視線は鋭く、情報を一つも見逃すまいとする心構えすら感じるもので、俺は少々驚かされた。

 現場と聞くなり雰囲気すら変化する。

 サラ様は自己紹介の際、確か十代後半と仰っていた。まだ若いはずなのに場慣れした警察官みたいなところがあるな、この美少女総帥様は。


 ダグラス様も元偵知機関の人間らしく、現場に到着するなりスイッチが入ったようだ。完全に仕事をする者の顔つきで、表情が引き締まっている。

 いいね、美男美女の凜々しい表情は。

 では、俺もそれに倣うとしよう。

 初臨場といきますか。


       ◇◆◇


 馬車を降りて現場に到着すると、倉庫街の前に人だかりができていた。

 さすがに「立入禁止」とか「KEEP OUT」と書かれた、ドラマなどでおなじみの黄色いテープは貼られてはいない。

 人の背丈ほどの高さの杭を立て、ちょうど胸と膝のあたりにくる二本のロープを上下に張ることで簡易規制線を作っている。

 その前に二人の衛兵が距離を置いて立ち、現場を守っている状態だ。

 よかった、にわか作りの規制線で。異世界で目にも鮮やかな黄色いバリケードテープを見たら、前世で見慣れた俺でもさすがにドン引きしていた。


「規制線を知っているんだな」

「すぐに書簡をここへ送って命じておいたの。現場に入れないようにロープでも張って、野次馬に踏み荒らさせるなってね」


 俺の呟きにサラ様が即答したので驚いた。まさか若年の新総帥に『現場保存』の意識はあるとは思っていなかったからだ。

 大変失礼な話だが、見た目のせいで少し甘くみていたかもしれない。

 そんな俺の内心に気づく様子もなく、彼女は衛兵に指示を出した。


「警察師団総帥サラ・セレーネ・メディウスと、その配下の者たちよ。中へ入れてちょうだい」

「はっ!」


 サラ様が出した紋章を確認した、ロープ前に立っている衛兵が右拳で鎧の胸当てを叩き、両足にはめられた鎧をガチンと激しく音を立てて合わせ、サラ様へ向かって低頭する。

 警察師団は創られたばかりだから、まだ団の紋章がない。そのためサラ様が見せた紋章はメディウス公爵家の家紋だった。

 家紋だけで簡単に敬われるなんて、水○黄門みたいだな。……サラ様もダグラス様もドラマを知らないから言わないけどね。


 俺は離れた位置で規制線を守っている衛兵のほうを見ると、軽く会釈された。

 目の前の衛兵は二本のロープを手と足で上下に大きく開き、俺たちを倉庫へ通してくれた。


 爆発のあった倉庫は一棟で、その屋根の一部がなくなっていた。

 その両隣に二棟ずつ倉庫が並んでおり、隣に並ぶ倉庫のうち、向かって右の倉庫だけ石壁が少しだけ欠けている。

 背後にある雑木林も、少し枝葉が焼けたくらいできれいに残っている。けっこう大きな林だから、あれが燃えたら町が大変なことになっていたな。

 ここまでは馬車のなかで聞いたとおりか。


 倉庫はすべて堅牢そうな石造りの二階建てで、青灰色の石壁には黒や白の点が混在している。対面にも同じ型の倉庫が五棟も建ち並んでいるところを見ると、ここは大きな商会の倉庫街なのかもしれない。

 件の倉庫前には、もう一人男が立っている。衛兵と違い、全身を鎧で覆っておらず、黒い帽子に黒っぽい詰め襟のような制服を着て、その上に首に鎖帷子、胸当て、籠手、脚鎧を身につけていた。


 致命傷をくらうとまずい部位だけを鎧で守る男は、ギルドで雇われている警吏だな。自警団のような者で犯罪者を捕縛する権利を持っている。

 警吏の足下には両手を縛られた、やや鈍い色をした赤毛の男がうなだれた様子で座り込んでいる。年の頃は二十代半ばくらいだろうか。

 特に目立つデザインでもない、シンプルなデザインの白いコットンシャツと焦茶色のズボンの上に、胸当てと籠手、すね当てのみの軽装備。身なりから平民――冒険者だとすぐに予想できた。

 赤毛が鈍く感じるのは、おそらく火災の煙を浴びて汚れているからか。衣服や鎧もずいぶんとすす汚れが目立つ。


 サラ様が縛られた男に近づき、見下ろした。不用心だな、この方は。


「この人は?」

「この倉庫を爆破した犯人です」

「違う! 聞いてくれよ、あんた……!」

「閣下、お下がりください」


 鈍色の赤毛男が大声で反論しながら,縛られた両手でサラ様へ触れようとしたので、ダグラス様がサラ様の前に出るようにして立ち塞がり、俺がさらに二人の前へ出て男の肩へ手を置く。


「これ以上近寄れば、不敬になるぞ」


 できるだけ穏やかに告げると、赤毛の男は大きく身を震わせてから俺を見上げた。そうして、がっくりとうなだれる。


「俺じゃないんだ……」

「まだ言うか! 倉庫前で怪しい動きをしているのを見たという者がいるんだ! それに、この倉庫に入れる者のなかで炎の中級魔法を使用できるのはおまえだけだろうが!」

「え……?」


 俺は思わず警吏のほうへ振り返っていた。

 ……ちょっと待て。まさか、たったそれだけの情報で彼を犯人にしたんじゃないだろうな? もし別に犯人が現れたら、間違いなく冤罪だぞ。


「そうだ。きみは犯人ではない」

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