(双頭の神)2

二.

コインパーキングにワゴン車を停めて、少し歩くと商店街についた。商店街は真っ暗だった。昼間三人で話し合いをした時、牧多が夜七時には、商店街はどの店も閉まっていると言った。だから、七時過ぎに商店街を訪れた。彼の言った通り、店は全てシャッターを下ろしていた。それに、夜でも、少し灯りがついているのかと思っていたが、ついていなかった。全くの闇夜だった。防犯上、問題があると思われたが、僕らにとっては好都合だった。商店街をダムドール支部に向かった。


暗闇の中に『礼命会ダムドール支部』の白い看板が薄っすらと浮かび上がっているのが見えた。それを頼りに僕らは支部についた。牧多がジーンズのポケットから鍵を取り出し建物の裏に回った。先生と僕も後に続いた。牧多が鍵を回してドアを開けようとした。

すると、

「あれっ? 鍵がかかっていない」

と言った。

そして、そのままドアを開けると、支部の中には灯りがついていた。僕たちは、水越賀矢がいるのだと緊張した。でも、中をのぞくと、水越賀矢ではなく、石本信弥と森野香々美がいた。二人は、牧多が普段使っているパソコンに向かっていた。僕たちのことには気づいていなかった。

支部の中に入っていくと、二人は僕たちに気づいた。

「杉原君。どうしてここに?」

「牧多さんも、何故?」

森野香々美と石本は、僕らを見て立ち上がった。二人とも、先生のことは分からなかった。薄青色の眼鏡を外して変装をしているからということもある。だが、それ以前に、二人は先生に一度しか会っていない。青年部の合同入会式の時だ。しかも、先生は挨拶を済ませるとすぐに帰った。面識がないのも同然だった。

「礼命会代表の青沢礼命です。色々と忙しく、青年部に関わることができずに申し訳ありません」

先生は釈明のような挨拶をした。

二人は、ようやく先生のことを思い出した。


支部の中は蛍光灯の青白い光で照らされていた。パイプ椅子は取り払われたままだった。握り手様の絵を置いた台座は隅に押し除けられていた。先生は押し除けられた握り手様の絵をしばらく見ていた。移動されていないのは事務机だけだった。それと、机の上に置かれたパソコンだけだった。

牧多は、パソコンの前にいる二人に尋ねた。

「ところで、二人は何をしてるんだよ?」

森野香々美が答えた。

「牧多さんの指示に従って、ペンダントを売ったお年寄りの名前と住所をメールで支部のパソコンに送りました。他の信者も全員送りました。だから、パソコンの中に、牧多さんが作った名簿があると思ってここに来ました。そして、名簿を手に入れたら、お年寄りの家を回り、お金を返して、謝ろうと考えています。全員に返金は出来ませんが、謝罪だけでも、全員にしようと思っています」

牧多が言った。

「俺たち三人も同じ目的でここに来たんだ。青年部の信者全員が支部に送信してきたメールをリストにして保存してある。そのリストを元に、ペンダントを売った高齢者の家を回って謝罪と返金をするつもりなんだ」

森野香々美が言った。

「ペンダント売りのことが新聞に載りました。あの記事を見て、私は、突然、目が覚めました。今まで、私は何をやっていたんだろう? 私は、何故、必死に詐欺まがいのことをやっているんだろう? そう思うと急に恐ろしくなりました。石本君も同じでした。すぐに彼から電話がありました。俺たち何をやっていたんだろうって。他の青年部の信者も同じ気持ちになりました。後悔のメールが飛び交いました。ちょうど牧多さんが自宅待機を指示した時のことです」


僕は改めて、森野香々美を見た。今日は、黒のパーカーを着ていた。闇夜に紛れるためだと思った。石本も同じような服装だった。

僕は彼女に尋ねた。

「データが必要で支部に来たのは分かった。ところで鍵はどうやって開けたの? それと何故、夜のこの時間に?」

「鍵は前から壊れてるのよ。ドアノブを強く二、三回捻ればすぐに開く。みんな知ってる。知らないのは、賀矢先生と牧多さんぐらいだと思う。それと、この時間に支部に来たのは、商店街の店が閉まってからしか無理だと思ったから。少し前から、商店街に偵察に来てた。そしたら、支部の周りにいる記者に商店街の人が、商売の邪魔だってもの凄い剣幕で怒鳴っているのを見た。私たちのことで記者に八つ当たりしているのが分かった。だから、夜遅くにしか来られないと思ったの」

森野香々美の話を聞いて、牧多はドアの鍵が壊れているか確認に行った。

待っている間に、僕は先生に尋ねた。

「さっきの森野さんの突然、目が覚めたという話ですが、若者信者は、全員、賀矢先生にマインドコントロールをかけられていたんですか?」

先生は、少し考えてから話した。

「マインドコントロールについて、私が知っているのは、本で読んだ知識だけです。だから、専門的な判断はできません。でも、私なりに考えてみて、若者信者は、全員、賀矢先生に魔法をかけられたような状態だった気がします。強烈なパーソナリティの彼女には、人を幻惑する力がある。それに加え、彼女は神がかりです。実際、若者信者は、皆、支部に勧誘された時、その力をまざまざと見せつけられた。私は、若者信者二十人は、彼女と出会った時から、新聞記事を読んで目が覚めるまでの間、ずっと魔法をかけられていたように思います」

その話を聞いた森野香々美と石本が尋ねた。

「青沢先生。私には、魔法という言葉が、マインドコントロールの比喩に思えるんですが?」

「僕も同感です」

「私は、専門家ではありません。ご了承ください」

先生は、きっぱり言った。


僕はようやく気づいた。二人は、先生が精神科医であることを知らないのだった。そのことを忘れて、僕は質問をした。すると、先生は、専門家ではないと言いながら、事実上、専門的な判断をした。この矛盾は何なのか? 二人の抱く疑問を解消する必要性から、先生は説明をした。けれど、自分が精神科医であることは知られたくない。だから、明らかに矛盾を感じさせる嘘をついた。だとしたら、先生にとって医師時代とは、それほど辛いものだったのか……。僕は自分の迂闊さを反省した。


その時、牧多が、「ちゃんと鍵はかかったけどなあ」と呟きながら戻ってきた。

石本も森野香々美も、牧多のほうに気を取られた。

牧多は、すぐにパソコンに向かった。若者信者がペンダントを売った高齢者のリストをメモリーカードに保存し、その場でプリントアウトした。あっという間に作業は完了した。後は、このリストを頼りに、ペンダントを売った家々を回って、謝罪と返金をすればいい。僕はゴールが近づいてきたことを実感した。

「リストにある家々を回って謝罪と返金が終わったら、すぐに瀬木記者に連絡します。そうすれば、彼が、この前の記事の続報として、この問題は収束したという記事を載せてくれる予定になっています」

先生も表情が明るくなった。


僕らは支部を出ることにした。ワゴン車で、まず、石本と森野香々美を自宅まで送ることにした。その後、先生と牧多と僕の三人は、再び、教会に戻って、明日以降の打ち合わせをすることにした。高齢被害者への謝罪と返金について、どのように行うべきか話し合うのだった。この前、謝罪に回ったのは、礼命会の高齢信者だ。謝罪といっても身内同士のことだった。現実に、謝罪に回る先々で、怒られるどころか、僕らは同情された。だが、今度は、一般の高齢者だ。場合によっては、許してもらえない可能性も考えられる。そのために、慎重な打ち合わせをしなければならなかった。


蛍光灯の灯りを消して、牧多が持ってきた小型の懐中電灯を頼りに全員が裏口の前まで来た。

「ドアノブを無理やり捻ったりするなよ。鍵が本当に壊れるから」

彼が、石本と森野香々美に言った。

その時だった。

ドアの鍵がカチャリと開く音がした。

ドアノブを無理やり捻ったわけではない。外から鍵を開けたのだ。支部の鍵を持っている人物は、牧多以外に一人しかいない。

ゆっくりと裏口のドアが開いた。

咄嗟に牧多は懐中電灯の明かりの角度を下げた。ドアの向こうにいる人物の顔を直接照らさないための配慮だった。

ドアの向こうには、水越賀矢が立っていた。懐中電灯の明かりは、彼女の足元を照らしていた。

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