真贋師リヒュエラ 初年度編 ~真銀を宣うもの~

華や式人

真銀編

一章

第1話 通期真贋鑑定課題「この女は真に悪魔か、偽か」

 目の前に広がる光景に、リヒュエラの脳の処理は全く追いつかない。

 理解はしていた、ここはそういう場なのだと。認識していた、この学び舎は躊躇なく常識を超えると。覚悟もしていた、己の常識をこの大学校は試してくる、とも。

 だがリヒュエラの理解は、認識は、そして覚悟は。準備していてもなお甚だ不足ししていたことを。教室に入った途端見せつけられた。──一組の男女がこちらを向く。和やかな雰囲気でないことだけ、真贋師としての道を歩み始めたリヒュエラの想像通りだった。


 「帝国立真贋大学校」。帝国が誇る鑑定の全権者、真贋師を目指す学びを司る大学。そしてこの建物自体が今だ真贋定まらぬ「悪魔が一昼夜で建設した一夜城」という伝説を持つ。この学び舎は由緒正しき真贋師の聖地にして、墓場。学び舎は誰にでも門徒を開くが一年で半分が、卒業までに総数の三分の二が学び舎から消える。そして必ずしも、生きて学び舎から去れるわけではない。屍が親類と対面できたならば、それは僥倖な機会なのだと身をもって学べる真贋師の正殿。

 命惜しくて真贋大学校の正門をくぐる者はいない。世の謎に己が真贋定めるなら命を賭す……それが悲しき真贋師たちの生態であり宿命。ここにいる新入生、リヒュエラ・サカ・マインツも命を悪魔に賭してでも真贋定めたき「モノ」がある。だからこそここを選んだ。向こう半年は戻れぬ門の向こう側へ通り抜けた初日、リヒュエラは教師に呼び出され一人の女と対面している。

 それが、今だ。教室で向き合った初対面の女に、リヒュエラは明確に絶望感と緊張を抱かされていた。


 リヒュエラは緊張で枯れた喉から声が出ず、教師は柔和に冷笑しながら沈黙を選んでいる。リヒュエラの視線を浴びている女は伏して語らず、己は黙ったままの方が賢明と言外に滲ませる。説明するものはこの場に誰もいない。リヒュエラに求められるのは事態を察知できる危機管理能力と洞察眼──つまり、真贋師として決定的な基礎能力だ。

 「……つまり、真贋大学校の名物とは、このことですか」

 「結構。最初の課題はクリアです」

 リヒュエラの危機感が瞬間的に理解へと思考を及ばせ、冷笑したままの教師が認める。二人のやり取りを聞いてか聞かずか、女は相変わらず視線を床に向けたまま小さくため息。

 額の汗をぬぐい教師の言葉を反芻しているリヒュエラを視界の隅に捕えつつ、教師は己の手に持つ書類へと投げやり気味、視線を落とした。紙をめくる乾いた音だけが、己の存在を教室に主張していく。リヒュエラは早々に門をくぐったことを後悔し始めていた。ともすれば紙の音に紛れて、静かに退室してしまいたいとも思ってしまう圧迫感。

 やがて息を吐いた教師が、何の感情も宿さぬままリヒュエラに視線を向ける。彼の視線は冷たく、無機質な感情を伴ってリヒュエラの心を貫く。


 「リヒュエラ・サカ・マインツ。試験を次席で入学し二次面接の態度も鷹揚。優秀ですね、この学校にはごまんといる存在です。ああ……なるほど親が真贋師だったものの、ある代物の鑑定途中に失踪……と。真贋師になろうとしているのは親の復讐ですか?それとも動機は、単なる好奇心ですか?……敢て申しますと、ご両親は随分と下手を打ったようですが、そんな背中は憧れるべき存在でしたか?」

 「俺は二親が残した謎を解決するために、己の技術や審美眼を磨きたいんです。復讐心や代理心は誰のためにもなりませんので、家のごみ箱へ捨ててきました」


 親の事を嘲られ体温と心拍が怒髪天を突く勢いで上昇する。だがリヒュエラは怒鳴りたい衝動を理性で必死に抑えた。目の前の教師はリヒュエラの態度を最初の評価に入れるだろう。もし教師のペースに呑まれ怒りを発散させたら、今日限り大学を去る結果に繋がりかねない。それこそ親のためにも、自分のためにもならない。リヒュエラは灼熱の怒りを喉元で必死に嚥下した。

 そのまま怒りを表情に出さず、二次面接で繰り返したことを淡々と述べたリヒュエラ。だが語り終えた彼を見た教師は冷笑を崩さない。リヒュエラは教師から落胆と期待、両方を彼の視線から感じ取った。己の評価が人生で初めてマイナスに振れたのを感じ、余計に額の汗が冷たく湿る。

 冷笑と退屈を表情に宿し、教師が黙ったまま女に視線を移した。右横にいる彼女の肩に、無機質な態度のままゆっくりと手を置く。厭らしさも恩情も感じない彼の手の置き方はまるで、女を「モノ」としか認識していない様子。

 「ここに入学するものは誰も画一的な答えを述べます。審美眼を磨く、真贋師になる、あるいは」

 「真贋師になって金儲けする、ですか」

 「有り体に言ってしまえば、その通りです。そして残念なことに次席入学の貴方からも同じ言葉が出ました。この時点で私は貴方に大いなる失望を抱きましたが……。同時に、私の嘲りを受けてなお、怒りを冷静に呑み込めるものもまた少ない。ここから推察するに、貴方への挑発は的を得ていなかったことになる。貴方……隠し事をしていますね?」

 「答える義務はございませんよね?それに、俺に隠し事があったとしても、俺自身の成績に問題はないはず。違いますか?」

 リヒュエラが苛立たし気に返答して初めて、教師の顔色に変化が起こる。どちらかといえばいい反応、ともすれば好奇ともとれる表情で教師は立ち上がり女の背後に回った。貧相な両肩へ教師が手を当て教師が立ち上がるように促す。

 促された女は息を吐いて立ち上がった。彼女の全容が明らかになり、リヒュエラは余計に己が試されていることを知る。乾いた喉から必死に声を絞り出し、目の間の状況を整理するリヒュエラ。教師と女の目にはさぞ滑稽に見えるだろう、心の中で己の初心な緊張に嘲笑せざるを得ないほど、リヒュエラは舞い上がっていた。

 それでも正鵠に状況を判断できたのは、弛まぬ努力と鍛錬の成果だとリヒュエラは信じて。緊張と確信を共に混ぜて、リヒュエラが己の推察を口に出す。


 「つまり、今俺は最初のテストを受けて、同時にそれに対する課題を与えられていると」

 「そうです。そしてこの女性こそ貴方が最初かつ、もしかしたら最後に真贋する『鑑定物』。──リヒュエラ、女性の容姿を端的に述べなさい」


 現状への解を口にしたリヒュエラに、教師は感情を推し隠し事務的に返答する。彼の声がようやく、リヒュエラに今後を左右する「事実」を告げた。事実を提示されたリヒュエラが立ち上がった女を見て、緊張で硬直しきった脳内情報を整理していく。

 あり得ないことは存在しない。この世界はそういう世界だ。

 常識を捨ててリヒュエラは真贋師としての矜持を心に唱える。一見してリヒュエラが出した解を目に見える範囲の情報と織り交ぜて、真贋師として彼女への最初となる真贋推察を洗いざらい、語る。その声は震えて尚、明瞭な共益語で紡がれた。


 「身長一.七メルメ、体重は推測するに五十キルグ。比較的やせ型の体系でアストラ人系の肌色。服装は汎用大学正装。鮮赤色に染めた襟髪が一房あるものの、黒髪を後ろでポニーテールにまとめ上げた平均的な頭髪。額には……暗銀色の、角が右額から突出。臀部と思しき部位から……角と同系色の細い尾。先端は鏃が如く鋭利、角及び尻尾の触感はエナメル質感を伴う。瞳の色は赤色、瞳孔の集束は認められず……耳は上縁部が鋭利に吐出、その他は平凡。以上の視覚情報からつまり、つまり……」

 「つまり、リヒュエラ。彼女は君の視覚情報から何であると推測できる?」


 覚悟してなお答えに詰まるリヒュエラに、教師が答えを欲する。彼の言葉に乗じたリヒュエラは、女の素性で考えられるべき推測を一つだけ、枯れ切った声で告げる。

 あるいは己の答えが間違っていてほしいと、思いながら。


 「彼女は伝説上にて滅んだ種族……悪魔族であると類推できます。ですが、視覚から確保できる情報ではここまでしか言えません。確度の高い情報が必要です」

 「……いいでしょう。最初の真贋鑑定としては上出来な部類です。というわけで、貴方にはこの大学校の名物である初年度通期の真贋鑑定課題を与えます。──彼女は、真に悪魔か否か」


 真贋大学校の名物は三つある。 

 一つは丘の上に立つ謎多きこの学び舎。

 一つは年に三回開催される生徒会主催の決闘倶楽部。

 そして、最後の一つは──初年度生への最初の難関、「通期真贋鑑定課題」。

 一年生はこの課題で真贋師としてのイロハを叩きこまれる。真贋鑑定が上手くいかなければ退学か、鑑定物から死を与えられる。教師も残酷なもので、ミスを犯せば死に近づくような課題を初年度生たちに選りすぐる。

 ここはそういう大学で、真贋師とはそういう職業だと、一年目で否応なく理解させられる。そして誰もが呪いこそすれ、不平不満を口にはしない。

 ここは、そういう場所だ。死を重んじることはまずない。軽んじこそ、すれど。

 こと此処に至り、リヒュエラは己が置かれた課題の難解さに打ち震えた。緊張は去り、代わりに難解な問題への吐き気が胃から競りあがってくる。

 リヒュエラの鑑定物は目の前にいる、推定滅んだ種族の女。そして場合によって、女はリヒュエラにとって死神になりうる鑑定物。つまりリヒュエラは視線を合わせようともしない女から、情報を引き出せるほどに親密となることを求められ、かつ彼女を冷静に鑑定物としてみなければならない。

 (俺が一番苦手なものを的確に突いてきやがる。人付き合いが苦手なんだ、なんでこの課題にしやがった)

 心の中で毒づくリヒュエラを知ってか知らずか。教師がリヒュエラに最後の宣告を投げかける。

 教師が初めて微笑んで発したその言葉はリヒュエラにとって、もはや死刑宣告だった。

 「ちなみにですが、鑑定物を無くしたり、離れたりしたら落第です。しっかりと、見失わないように。では、健闘を祈っております」

 「ちょ、ま」

 「質問は彼女が聞きます。もっとも、こたえてくれたら、ですが。では私は失礼します。最初の講義に送れないように、では」

 リヒュエラの縋る声も虚しく、教師は静かに席を立って退席した。残された女は再び嘆息しつつ、教師の背中からようやく視線をリヒュエラに向けた。

 美人ではあるが、だからこそ彼女の興味のなさそうな視線にリヒュエラは息を呑む。興味関心一切混ざらない純粋なる圧を、リヒュエラは感じ取った。

 「…………、質問、してもいいか?」

 「ぐぁ」

 「えっと、どっちの意味でそう喋った?」

 「ぐぁぁ」

 ぐぁ。肯定か、否定かもわからない。もしかして悪魔言語か?

 悪魔語はさすがに未履修だとリヒュエラが慌て始めた瞬間、彼の動揺に三度嘆息した女が、己の喉まで覆われた制服のシャツをゆっくりめくった。

 めくられた服の内側、女の喉を見たリヒュエラの呼吸が止まる。そしてリヒュエラは、己の無配慮を心の中で罵った。


 彼女の喉には一直線の傷跡が古傷として残ったまま。傷痕の周りには到底消えない首輪の日焼け跡が肌を白くしている。


 リヒュエラが一瞬で理解に及ぶ。女はおそらく身分無し──奴隷として売られていたところを真贋学校に拾われたのだろう。奴隷に声は不要だ、おそらく生かさず殺さず、彼女の声だけを潰すための方策として彼女の喉を奴隷商が傷つけた。彼女が死ななかったのは彼女が悪魔だからこそ、とはいえ彼女にとってもリヒュエラにとっても気分のいいものではない。

 時すでに遅かれどリヒュエラが事態を察し、バツが悪そうに己の指で空中にルーンを描いた。取り出しのルーンを乱雑に空中へ記すと、二人の目前にノートと羽ペンが滲み出る。おずおずと手に取ったリヒュエラが彼女に差し出すと、受け取った女は存外丁寧な共益語をノートに綴る。


 《私の名前はウェストリア・べス・アルカニアス。長いからウェスとかウェストリアとか好きに呼んで。あと、あの教師からは何も聞いてないわ。質問は以上かしら?》

 

 「あ、ああ。以上、だ。その、すまなかった」

 リヒュエラの謝罪を女──ウェストリアは黙ったまま首肯する。たいして傷ついてもいない様子のウェストリアに対し、リヒュエラの心は心底冷え切っていた。

 それでも、だ。リヒュエラは悪魔の女──ウェストリアと共に前に進まなければいけない。緊張と弛緩を繰り返し過ぎて疲弊した心で覚悟したリヒュエラは静かに、しかししっかりとした手つきで彼女の前に手を差し出した。

 「これからよろしく、ウェス」

 「がぁう」

 突きだされた右手をウェストリアがしっかりと握る。どこか冷たい彼女の手に己の後悔を解かされる気がして、リヒュエラはようやく安堵の笑顔を見せた。


 「忙しい一年に、なりそうだな」


 手を放した二人は静かに、着かず離れずの距離で部屋を出た。長く感じる廊下をリヒュエラは、ウェストリアの確かな存在を背中に感じながら歩む。ウェストリアは不用意に彼から離れないように、距離を置きつつ、退屈そうに視線を下にしたまま、歩く。 


 新しい生活が始まる。課題の提出まであと、一年を切った。

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