ルシリカと『ヒナちゃん』

天柳李海

(前編)これは事故だったのよ

「ルシリカ、よかった。無事だったか」

「えっ? あ、リンゼイ来てたの?」


 私が東の森から帰宅したのは、湖の西の端に太陽が沈む頃。

 幽閉先の石造りの塔の二階が居室部分なんだけど、明かりがついていて、騎士リンゼイが私の帰りを待っていた。


 彼は私の見張り役。でも私の無実を信じてくれていて、こうして一週間に一度だけ、主食の小麦粉とか、母からの差し入れとかを届けてくれることになっている。


「ありがとう。暖炉に火を入れてくれて」

「こんなに遅くまでどこまで行っていたんだ? 部屋が寒かった。今日は食材を採りに行っていたのか」

「ええ……そんな所……」


 リンゼイが心配してくれている。へぇ~珍しい。

 私は返事をしつつ、ふと違和感に気付いた。

 それはリンゼイも同じみたいで。

 私は右腕に抱えていた籐籠の中を見つめた。

 何か聞こえる。

 小さな……鳴き声。まさか!!


「うわーどうしよう! 私ったら、持って帰ってきちゃった!?」


 いたのよ。

 籠の中に、ほわほわな『妖精』ちゃんが。

 私が食べようと思って摘んだ香草とラズベリーの実の中から、綿毛のような羽毛に包まれたポヨン鳥のヒナちゃんと目があってしまった。


「ああ……どうしよう。ヒナまみれになった時に、誤って籠の中に入っちゃったんだわ!!」

「ヒナまみれ?」


 そこで私は今日の出来事ひなまつりをリンゼイに話して聞かせた。



 ◆◆◆


「なるほど……ポヨン鳥か。そんな生物がこの島にいるのだな。それよりもルシリカ。まずはヒナを籠から出さないと」

「そうね」


 私はヒナちゃんを籐籠から救い出して手のひらに載せた。

 よかった。怪我とかはしていないみたい。

 リンゼイも興味津々というかんじてじっとそれを見つめている。

 気のせいかな。心なしかペリドット色の瞳もきらきらしているように見える。

 リンゼイが黒い革手袋を外して、素手でそっとヒナちゃんの頭に触れた。


「まだ……生まれたばかりのようだな」

「そうなの?」


「大人のポヨン鳥の大きさはどれくらいだ?」


「ええと……雌で人間の三才から四才ぐらいの子供ほどかな。雄だともう一回り大きくて六才ぐらいかしら」


「ならばやはりそうだろう。こんなに小さいのだから」

「うん……わあ……あったかくて可愛い……」


 両手からじんわりと伝わってくる。命の温かさ。

 湖の孤島で一人っきりの生活もひと月が過ぎたせいかな。この小さなぬくもりに、思わず涙腺が緩んでくる。


 ほわほわとしたヒナちゃんの羽毛は、親より細くて、ふっと息を吹きかけると飛んでしまうタンポポの綿毛みたい。体も真ん丸で、その合間に黒くて小さな瞳と、平べったい黄色のくちばしがあるの。


 あっ。くちばしの上の柔らかな部分。そこがきっとだわ。あのね、ヒナが息をするとぺたりと羽毛が吸い付いて、息を吐くとそこから離れてプカプカしているの。もう……可愛すぎて悶絶しちゃう。


 リンゼイも無言でヒナを見つめている。

 これはなんとなくなんだけど、騎士様ったらどうもこういうふわふわなものが好きみたいなんだよね。

 言わないけど絶対そうだわ。

 ほら、触りたそうに、ヒナの頭にかざした手をまた伸ばそうかと迷ってる。


「リンゼイ、あなたもヒナちゃんを抱っこしてみる?」

「えっ」


 リンゼイの動作が一瞬固まった。

 嬉しいのか驚いたのか。どちらの感情もごちゃまぜになってるみたい。


「ほら。両手をそろえてじっとしてて……」


 私はリンゼイの手のひらに、ヒナちゃんを載せようとした。その時。


ボヨボヨーーン!訳:びえええーーん!」


 リンゼイの手のひらの上で、ヒナが泣き叫んじゃった。


「ど、どうしたのヒナちゃん!?」

「ボヨボヨーーン!! ボヨボヨーーン!! ボヨボヨーーン!!」


 体全体で泣き叫ぶポヨン鳥のヒナちゃん。寧ろ絶叫に近い。


「ルシリカ、おい。私はぞ!」

「え、あ。うん。わかってるけど」


「ボヨボヨーーン!! ボヨボヨーーン!! ボヨボヨーーン!!」


「ルシリカ、とりあえずヒナを返す。受け取れ」


 私の手のひらに戻ったのに、何故かヒナちゃんが全然鳴き止まない。


「親元から離れて寂しくなったのかな? どうしよう、リンゼイ」


 人間の赤ちゃんすら私はあやしたことないし。

 リンゼイも困ったようにヒナちゃんを見つめている。


「ひょっとしたら、腹が空いているんじゃないか?」

「あ、そうよね!」

「でも……このヒナは何を食べるんだ?」 


 ほわほわ羽毛を震わせながら、ヒナちゃんが黄色いくちばしを開けている。

 お腹が減っているのは間違いないみたい。私は部屋を見回した。

 ヒナが食べられそうなもの。小麦粉でも溶かしてみる? 蜂蜜とか? あ、もっといいものがあった。


「リンゼイ。ポヨン鳥は私が焼いたパンが好きなのよ。机の上に鍋があるから、その中に今朝焼いたパンが入っているの。ちぎってくれる?」

「わかった」


 私はヒナちゃんを両手で包みこんで、体温が下がらないようにする。

 リンゼイが小さくちぎったパンを手でつまんで持っている。


「ヒナちゃん、これ食べて」


 リンゼイが「ボヨボヨーーン!!」と鳴くヒナのくちばしへパンを近づける。

 するとヒナはそれをぴたりと閉じてしまった。


「うそ。お腹が空いているはずなのに。なんで食べてくれないの?」


 パンを離すとまたヒナが「ボヨボヨーーン!!」と声を上げる。小さな体のどこに、これだけの大音量で鳴き叫ぶ力があるというのか。


「ルシリカ。君のパンはようだ。ヒナをまずは大人しくさせよう。こんなに鳴くと体力を使い果たして弱ってしまう」


 うっ。大人のポヨン鳥には私のパン……大好評だったのよ。

 でも仕方がないわ。私はぐっと悔しさを飲み込んだ。


「わかったわ。でも……どうやって大人しくさせる?」

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