第33話 深谷さんが私に告白している理由

──朝七時。 


 なんとか。寝不足にもならずに深谷さんの家に着くことができた。朝から弁当を作り、深谷さんのためにまた弁当を持ってきた。なかなかタイトなスケジュールでもある。なんとか休養を取ることはできたけれど。


「めめ、おはよ!」

「って家の前で待ってた?」

「うん!めめ来るかなーって、けど眠いー」「ごめんね、やっぱ無理させちゃったかなあ」


 深谷さん。まさかもう家の前にいるだなんて。それ以前に親と出くわさないかは気するけれど。 


「大丈夫!それより、私、昨日言い忘れちゃってたんだけどー……えーっと」

「一旦鍋温め直すね」

「うん……」


 何やら話しずらいことがまだ何かあるのだろう。けれど、流石に深谷さんも恥ずかしそうな顔はしている。たしかに、いくら寂しいからって、家の前でまで待つのは、寂しがり過ぎではあるから。


 さて。昨日の鍋を冷蔵庫から出して火を通す。この時期の夜から朝だから許されてるもの。生ものだから、基本的には避けたほうがいいとも思う。

……けど、鍋は沢山作りがちだからなあ。


「深谷さん、はい。あったまった。臭いもないし、翌朝だから食べれるかなあ」

「ありがとー!食べちゃうねー」


 さて。昨日からの鍋。私達が食べた昨日から減っているはずもなく、そして今も親はいない。いくらいないからって勝手に上がるのもどうかと思うけれど、人の家で鍋を作り過ぎるよりはとも思った。一応聞いてOKという話ではあるというものの。  


「めめ、今日も来てくれたんだ……嬉しいっ……」

「まー深谷さん、クラスに入りにくいーとは言ってたからね」

「ありがとう……どこからどこまで」


 それも理由だけれど、やはり深谷さんがクラスに入りやすくするために来た。今の深谷さんは自転車の乗り方を忘れていて、補助輪をつけて思い出さないといけないと思うから。 


「で、味落ちてなかった?」

「うん!今日も美味しかったーごちそうさま!お皿もどすねー」

「ありがと、お皿、また洗っとくよ。登校の準備しといて」


 そういうものの、深谷さんは気になったのか鍋の中身を覗いてきた。


「お、とうとうすっからかんだー」

「やー食べたね……」


 流石に昨日よりは少し味は落ちていたものの。深谷さんに美味しいと言わせる程度には保たれてて、良かったとは思う。


「さてと。お腹落ち着けてからでいいけど。学校いこっか。ちなみに、今日はクラスくる?」「うん……、けど、覚悟決めなきゃ」


 やっぱり、覚悟も必要なものか。


「まー入りずらいもんね」

「違うの……まって、心の準備させて……」


 深谷さんは袖を掴んでくる。やっぱり、クラスに入るのは辛いのかと思って、表情を見てみる。しかし、顔を赤くして、俯いていた。


「ゆっくりでいいよー深谷さんのペースでね」

「うん、言うね……」


 深谷さんは袖から手を離し、私の前に真っ直ぐ立っていた。その表情は昨日とは違った。


「えっとね……私、めめのことが好き」

「それって……」


 なぜ気付かなかったのだろう。昨日までの違和感とか、何か引っかかる感じの正体が今ここで分かった。表情を見て今気づいた。何を考えて良いのかも分からない。


「私ね、こんなに美味しい料理が毎日食べられたら幸せなんだろうなーって思ってたの。だから、付き合ってほしいな」


 そうだったとは。昨日の言葉、昨日の甘え、その全て。まさか本当に好きだったからなんて。知らなかった。気が付けなかった。けれど、今その言葉を聞いて、昨日までの違和感とかその全てが分かった気がした。けれど、無理もなかったのかも知れない。深谷さんにのって私が救いだったのだとしたら。だとしても。そんなこと言われても。

……でも、断れないなあ。ここまで来たら。 


 その場の気分で、ごめんって言葉から入りそうになるのをなんとかして止めた。ここははっきりと言わないとと思った。


「えっと。私ね、深谷さんをそういう意味で好きではないんだと思う。でもご飯作りにいくつもりではあってね。えーっと、だから」


 深谷さんは私の目を見て慎重に聞いてくれている。ここはしっかり話さないといけないのだと思う。けれど、そう不安そうな顔だ見つめられると何といえばいいのか。ただこの後が問題だった。どう答えればいいんだろう、と。


「ごめんね……困らせちゃったよね」


 けれど、深谷さんがそこで見せる表情はあまりにも寂しそうに見えた。一人夜を孤独に暮らす姿。学校のみんなと関わりたいのに、怖くて保健室にいるしかない辛さ。


「いや、その……」 


 気まずい。はい付き合うとはいえない。けれど、この告白を断るのに弁当は作りに行くのは、思えば変なのかも知れない。私がそれほど支えになっていたのだとしたら。


……そのくらいのこと、してたんだとしたら。


「それを付き合うってことだと思ってくれても……」

「ほんと!?!?」

「そう思われても否定できないから……」


 深谷さんの表情を見た。そういうことだったなんて。その感情がどれだけのものかは分からないけれど、少なくとも一人で、倒れないくらいの食生活ができるようになるまでは一緒にいるつもりではあった。たとえ私が深谷さんを嫌いだとしても。


「嬉しいっ!めめ!私めめのこと大好きっ!!」

「深谷さん……」


 彼女に抱きつかれてしまった。そして、泣き出してしまった。私はただ立ちすくんだまま、止まっていたように思う。


「私ほんとにめめとお付き合いできたんだ……あ、でも、同じままはやだな……めめのほうから好きって言って欲しいなーって。あ」


 凄く喜んでいるのは分かるのと、たぶん今のセリフは独り言なのかも知れない。けれど、わざととも思えた。やっぱり、まだまだ深谷さんのことは分からない。ただ、こうして弁当を作りにいくことを付き合っている、という言葉で称されても、私はそれを違うとは断言できなかった。


「その感情を好きって言うんだろうね」 


 けれど、私はその感情を知らない。外から見てそれがどいうものかは分かる。けれど、その感覚を他の人に持つことはあまりなかった。いつも勉強して帰っての繰り返しだったから。


……私、恋したことがないことを焦ったことも無いからなあ。


「ねえ!好きって言って?言わないと学校行かないからっ!」

「大袈裟だなあ。でも、好きではあるよ。私の気持ちは友達としてだけどね」

「こ、恋人として!」

「演技しても本心じゃないからなあ」


 煮え切らない様子の深谷さん。せっかく付き合っていると思ってくれて良いと言ったのに。凄く嬉しそうな様子も見せていただろうに。


「けど、これはいいでしょ?私のこと下の名前で呼んで!!」

「あいな」

「うん!めめ大好きー、大好きなめめと居られるなら学校もいくー!」

「あ、ちょっと遅刻だけどね」

「え!あ!ごめん!!」


 気が付きつつ、諦めてもいた。普段律儀な私がクラスに遅れたとあれば一大事に思われるかも知れないけれど、深谷さんと部屋に入れば何となく察してもらえるかも知れない。……平塚さんどう思うかなあ。


「保健室じゃなくても大丈夫?」

「うん!けど、入るタイミングどうしよー」 


 なんで少し嬉しそうなのだろう。分からないけれど、深谷さんが手を握ってこようとするのはわかった。恋人だと思ってきている。


「とりあえず行こっか」

「まって!」


 手を前に出して、手を引っ張らないと行かないとアピールしてくる。大袈裟に手を前に出して掴んでと。昨日も同じくらい甘えていたけれど。今日は意味が違うと分かってしまった。


「行こ、ホームルーム後には着けそうだから」

「ご、ごめん!でも、私、めめといられると凄く勇気が湧くの……」


 握り辛い。握るってことは、私が深谷さんのことを好きだと伝えることになるから。その自信はなかった。けれど、言ってしまったから。今更断ることはできないのだと分かった。

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