第29話 深谷さんが私に甘えている理由
昨日もすぐに寝た。また今朝も弁当箱に二つのメニューを詰め込む。今日は豚ヒレ肉の生姜焼き定食にした。これは冷えたら油が固まって味が落ちてしまう。だからこそ脂の少ないヒレだけれど。熱々のうちに食べてもらうことに決めた。また今日も家の前で連絡をする。きたよと一言で。
と思ったのに。
家の前にもう深谷さんがいた。
「あ、家の前で待ってたの?」
「うん、今行くーって話してくれたから」
「そうそう。今日のお弁当はね。こっちまだあったかいから今のうちに食べてもらえれば」「ありがとー早速ぜんぶ食べちゃうね!」
「はいー」
深谷さんはまたスキップしながら靴を並べることもなく、部屋に戻った。思ったよりおしゃれな服だから気付かなかったけれど、パジャマのままだったらしい。後から追いかけ靴を並べてから上がった。
「昨日ねーサバの味噌煮をスーパーで買ったーけど、タレが凄かったから大変だったんだー」
「なるほどーまあ、けど、はい、お弁当ね」「ありがと!」
「ちなみに今日は私も」
一緒に食べたい、寂しいというから。弁当四つをタッパーに詰めて持ってきた。私には少し重い気もするけれど、意外と深谷さんが沢山食べていたところは見逃さなかった。深谷さんがいきなり豚ヒレにがぶりつこうとするから、私はサラダから食べた。
「どう?冷えてなかった?美味しい?」
「うん!あったかーあと、凄く柔らかくて、レモンの味もちょっとするね」
クエン酸と言ったので、肉を予めレモンの果汁で柔らかくしておいた。どこかでレモンケーキを作って振る舞うのも良いかもしれない。
「あとは、フルーツポンチねデザートの」
「やったーけど、これはスーパーのでしょ?」「うん。けどリンゴを追加してあるからね」「ありがとーあとりんご兎だー」
あとはりんご兎も作ってきた。容赦なくがぶりと食べられてしまうけれど、これにはわりと時間をかけた。深谷さんは食べる順番は気にせずに手当たり次第に食べていた。
「やっぱりめめ、料理屋になればーってくらい美味しいよー、それ以上かも」
「それは言い過ぎでしょー」
全部スーパーの具材だ。といっても、豚ヒレを選ぶくらいのこだわりはあるけれど。トンカツ屋の豚ヒレカツに勝てるとは思えなかった。
「でもね、私のためにご飯作ってくれる人がいるのって凄く嬉しい!」
「うん、私もそれはね」
一瞬返事が止まってしまう。つまり、深谷さんのために親がご飯を作ってくれなかったわけで、その寂しさをまた感じていた。
……私だってそこは寂しいから。
だから、友達として深谷さんにお弁当を作りに行きたいと思うのは、元気になって欲しいと思うのは当然のことにも思えた。
……だけど、私は作ってもらってないだけで、作ってはいたからなあ。
「じゃあ、めめは私のお弁当食べてみたい?」「えーそうだなあ。先に料理教えてからね」「じゃあ料理おしえてー」
また深谷さんにせがまれている。私はまた断れない。断れないだけの理由はあるから。
「けど今日はお弁当作ってきちゃったから」「じゃあ来週!お願いっ!」
「はいはい」
……他にすることもないし、また勉強かあ。
意外にもこのペースで二人で勉強し続ければ、深谷さんもかなりいい大学に行けるかも知れない。何より、まだ高校一年生で、勉強三昧なのだから。塾にいかなければ親孝行にもなるし、その分は将来のお金になるから。
……私は親にお金返してるから関係ないか。
「それで、今日も生物の勉強するの?」
「数学かなー。理系は数学と物理は難しいから気をつけてよ」
「うん……」
厄介なのは数学か。発想が必要な問題は思いつかなかったら終わりだから。それを解けるくらい回答パターンを知っていないといけない。そのくらいの量勉強するというのが辛かった。そこが無ければ、だいぶ楽なんだろうけど。
「私、よく数学の点数が足りない夢みるー」
「えー、私は国語だ」
焦る気持ちはある。まだ高校一年生だけれど、この学校にいる人はみんなそうなのかも。けれど、深谷さんは特になのかも知れない。
……親と話せず、独り抱え込んで来たから。
「私、ほんとは勉強したくないんだ……だって、役立たないんでしょ?」「今の深谷さんに役立つのは生物くらいかもね」
平塚さんは言っていた。せっかくいい大学を出てもろくな会社に行かなければ勉強した意味がパーだとか、受験は四年でも就活は一生だから気をつけろとか。
……そう言っても他にすることないからなあ。
深谷さんに甘えられてばかりに思える。
「でも生物は頑張ってみるー。だって凄く大事なことだからー」
「そうだね、私も料理に関係するし、元々生物選択の予定ではあったかな」
私の両親も他にすることがないからと仕事ばかりするタイプなのだろう。私を置いて。けど、一人でなんでもできたから。実際はそんなことなくても、そう思われて、ほっとかれたのかと思う。
……だから、深谷さんと私はやっぱり違う。
「そうなんだ!お揃いだねー」
「あれ。深谷さんも料理に役立ててみたい感じ?」
「うーん、だから来週は教えてね!」
「いいよー包丁の使い方とかから教えるね」「ありがと!」
深谷さんにまた感謝されてしまった。私はノートを手に取って、生物の内容を料理と絡めて沢山話すことにした。そういえば、鳥は恐竜だったとか。お昼は鶏肉だから。それで話すのも良いのかも知れない。そうして勉強自体に興味持ってもらえたら。そうして楽しめたことは役立つと思うから。
……けれど。
「ふーさてと。私、朝ごはん食べたら眠くなっちゃうの。今日も一旦寝るね」
「え、あーうん」
深谷さんはまた口だけゆすいで眠ろうとする。また昨日と同じことを言ってきた。
「私寝てる間、部屋の中、面白そうなものあったら、適当に取って使っててもいいよー」
「えーそんなこと言われても……」
「いいの!お宝あるかもでしょー」
そんなことを言われて、眠ってしまった。お宝って言われても困る。それでも、部屋の中を探してみることにした。けど、あんまり人のもの物色するものじゃない。
それでも、探してとわざわざ言われたならば、深谷さんの机を開けてみることにした。わざわざ、開けてくださいとばかりに、机の引き出しが空いたままだったから。
……飛び出す仕掛けとかだとやだなあ。
そう思って何かが破裂してもいいように距離を少し取ってみる。深谷さんに限ってそんなことはしないだろうけれど。
中には包み紙に入ったプレゼントのようなものがある。そして、「めめへ」とマジックで大きく書かれていた。流石にこれは開いても良いのだろう。だから、開いた。
中にあったのはハンカチだった。それも、深谷さんに渡した時のと同じもの。柄は同じ、色は少し違うかも知れない。それも、どうやら新品のものらしい。明らかにプレゼントだ。しかし、あいにくハンカチは沢山ある。だとしても相当使い古しのも多かったから、ありがたく受け取ることに決めた。
……けど、すっかり寝ちゃってるか。
「ハンカチ……ありがとうね」
聞いているわけはない。深谷さんが起きてくるまで、私は数学の勉強を続けることにした。友達ができてよっぽど嬉しかったのだと思うと、やはり思うところはある。それでも、人に恩を借りるのは得意ではないし、起きていたら別にいいのにと言っていたに違いない。
……貰うくらいなら与えたい。
そういう立場だけれど、甘やかしたいわけでもない。深谷さんが健康になるためにはいずれ自分で弁当を作らせるしかないとも思う。けれど、来週くらいはお昼の弁当も頼られるつもりだった。今日のお昼の焼き鳥弁当を香りを立たせて、深谷さんを起こすことに決めた。
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