第3話 深谷さんが私を好きになる理由
体育館に着くも、手遅れだった。すでに準備体操が始まっていた。愛菜が一番大好きな、背筋伸ばしが今まさに終わろうとしていた。
「もう!準備体操始まってるじゃん!めめのばかー。もっと時間管理してよー」
「そ、そう言われても……」
会長出勤に決して動じないクラスメイト達。愛菜が遅刻常習犯であることは言わずもがな、私のことも察してくれているらしい。先生ももう何も言ってこない。またいつ不登校になるかと恐れているのだろう。先生から、生活指導の役目を一任されてもいる。
それでも、またまた、という細やかな視線はくる。嫌味というよりは微笑ましく、どこか労うような視線が飛ぶ。主に平塚さんから。
「準備体操ってどうやるか忘れちゃったー」
「まずは、あんま伸ばさないのからだね」
まずは腕をぐるぐる回して、愛菜の肩を揉む。僧帽筋と首の付け根の間を掴む。愛菜はぐるぐる回して、凄く気持ちよさそうにしている。あとは腕を後ろに回してから、肩を揉む。
「効く……首も揉んで……」
「首は優しめにね」
かなり肩も凝っていた。単純にほぐすより、伸ばしてから揉んだほうがより効く気がする。
かわりばんこで、今度は肩を揉んでもらう。これは愛菜に教えたこと。愛菜はいつも背中が凝りやすくて、そこだけ聞くと年寄りにも思う。あとは冷えがちな足首を回して、アキレス腱のくぼみを押してあげる。
前屈をさせた時は腰の骨の周りを揉んでみる。身体を伸ばしてから揉むと凄く効くというからそれだけで、楽しくなる。やたら、年寄りみたいに効く効くというから。
「効いたー今度は、背筋のばし!」
「うん、もう最初のボール投げだね」
もうとっくに授業が始まっていた。一周遅れで二人についていく。準備体操を沢山してお互いに身体もすっかりほぐれ、ふにゃふにゃになった。二人であくびをする。
やっと、ボール投げに移れる。今回はバスケットボールだ。なんとか、みんなに追いついてきた。
「このボール重たい……」
「バスケットボールだからね。さて、はい」
初球にしては方向は合っていたし、ちゃんと地面を一回バウンドしている。上手く投げられたことに感動した。次に愛菜のボール。やっぱり、変な向きに跳ねる。むきーっと、愛菜は嫉妬とはこういう表情だ、という顔を露わにする。それでも足りないかと、本人は般若面のつもりの、変顔になる。これも知ってる顔で、笑ってしまった。走って角隅まで転がっていったボールを拾う。
愛菜のもとまでバウンドパスで持っていったらカッコいいだろうか。などと、投げようとしたのは失敗だった。一回跳ねるだけで、変な方向に飛んでいく。諦めてもう一度拾いに行く。
「うん?めめを揶揄うのが授業じゃないの?」「またまたー平塚さんに教えてもらおっか」「やだやだやだっ!ずっとめめとだけがいい!てかなに?不満でもあるわけ?」
「いやーお互い様だからねー」
愛菜は何度も変な方向に投げ続けた。とはいえ、時々はこちらに届く。愛菜はドッチボールだけは得意だ。何より凄い威圧と、凄い勢いのどこに飛ぶかも分からない球を打って来るから。みんな暴発に注意してと言っている。しかし、今はバスケットボールだ。
ボールを投げ合うのは流石に距離が近いから、大丈夫になってきた。まだそれもかなり外す。試合の本番には不安しかなかった。クラスの試合に途中からの参戦でもあって。
愛菜とは同じチーム。もう誰もそれにとやかく言う人はいない。そうするだけで多くのトラブルが解消されるならと気にもされなかった。
とはいえ。やはり立ちすくむだけ。何もできない。相手チームの平塚さんが来る。せめて二人でバリケードを作る。手を繋いだらいけないと思って、肩を合わせて壁になった。無意味に手を伸ばす。
しかし、平塚さんはくるりと二人の壁ですらない二つの柱をするりとかわして、ダンクシュートを決めた。かわす瞬間の動きをどうやるのかは分からない。二人でただ眺めていた。
「うーん、愛菜あの動き見て覚えられる?」「まってて」
愛菜に平塚さんを目で追わせた。しかし、目で追うだけで、何もできない。棒立ちになり、さきほど程度にも邪魔ができない。ぼーっとしたまま、時が過ぎるのを待った。
「やー、沢山点とれたー。二人とも棒立ちしてるだけじゃ駄目だぞー動かないと」
「あ?二人の世界に口答えするんだー??」
やっぱり、愛菜と平塚さんはいつもこうだ。愛菜がいつも怒鳴り散らかす。叱るというより、漫才のなんでやねんのノリで。
「二人とも、基礎的なとこ教えてあげるから」「で、何か良いことあるのー??」
「二人にデートスポット教えてあげるから」
「で、黙って従えと??」
愛菜はもはや誰かに命令とか指示されることを恨んでいる。けれど、あくまでこれは友達の付き合いであって、なんて説得するよりも前に、動くことにした。
「私は教わってみようかな……愛菜はどうする?」
「えーやだやだやだやだ邪魔する!」
「それなら、私からボール取ってみてよ」
そして、愛菜はそれならばと二人でドリブルをしてボールを取り合うゲームを始める。他のチームが試合をする横で行うことにした。もしボールが変なほうに飛んで行っても、試合の邪魔にならないよう距離は離した。
「まずはボールをドリブルできるように」
「それが難しいんだけどなあ」
「めめ、つーかまえたー」
あんまりにもドジなので、ボールをすんなり取られてしまった。そして、今度は愛菜がドリブルを始める。案外立ったままならできるようになっている。一分ほど眺めてから、愛菜のボールを取った。
「次はわ、私だ」
「えー次も私にさせてー」
「深谷、良い調子。そのまま歩いてみて」
愛菜はボールをドリブルしながら、歩き始めた。歩けてきている。私は立ったままドリブルもできない。やっぱり、愛菜は本当はスポーツだって得意なんだと思う。生まれてこのかたほとんどボールを持ったことがないだけで。
「あれーめめはできないの?できないのかなー?残念。可哀想」
「すごいよ、愛菜おしえて」
「いいよーそしたら、腕貸してー」
さっきまで自転車に乗れなかった女の子に自転車を教わっている気分になる。自転車の乗り方も、楽譜の読み方も、そういう一度できたら一気にできることを全部教えられそうだった。どんなことでも。お互いに。今回は教わる番になったらしい。
「うでね、こうやって、できるだけ固定して、ボールが上がってきたら、こう」
そう言って後ろから抱きついてくる愛菜。けれど手を合わせられたら、従うしかない。何度も本当に伝えたいことは手を介して教えられていた気がするから。
「って、お腹なってる」
「え、やだ……嫌いにならないで」
「今日お弁当沢山作ってきてよかったなーと」「はあ今日も弁当嬉しい嬉しいうれしー」
ぎゅっと抱きつかれてしまった。必死にボールが明後日の方向に行かないようドリブルしていたら、棒立ちのままのドリブルだけはできるようになっていた。私の右手と、後ろに立つ愛菜の右手の両方で、交互にドリブルをするところまで少しできかけていた。
こうなると途端に愛菜は本気を出すから。ただしドリブルは上手く続かない。試合の方向に転がり出したボールは平塚さんが止めた。
これでも今日は少しだけ進歩した気がする。明日もちょっとずつ、愛菜と色んなことを進めたい。そんな気分になれた。授業も終わることだし、教室に帰って弁当を食べよう。
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