第18話 新たな天使……

「あ、あの……悪楽くん……」


 パチクリと瞬きを繰り返すのは俺だけではなく、楓馬までも。


 これが朱使葉。もしくは青花なら戸惑うことはなかったんだろうけど……今、俺の目の前に居るのは、一度も話したことがないピンク髪の女の子。


 内巻きのボブの毛先をクルクルと回し、俺と目を合わせたいのか合わせたくないのか。よそよそしく目を泳がせていた。


「んーっと……ん?俺達、どっかで接点あったっけ?」


 背もたれに付いていた頬杖を解除した俺は、ピンク髪の女の子を見上げる。


 俺達より身長は低い。けど、国語の先生よりかは身長が高い。大体150後半くらいだろうか。

 座った状態だから見上げているのだが……前髪で隠れた目元が1つも見えん。


「接点は……ないです……」


 ゴニョゴニョとした声は、多分俺にしか聞こえていないのだろう。

 隣の楓馬はコテンと首を傾げ、俺を見たりピンク髪の女の子を見つめたり。


 そんな楓馬を横目に、頬杖をついた俺は刺激しないようにほほ笑みを浮かべながら口を開く。


「まぁ接点がないのはいいとして、どした?勉学で分からないとこあったのか?」

「あ、えーっと……。実はその逆で……」


(その逆?)


 俺の疑問なんて諸友していないのだろう。


 相変わらずよそよそしい少女は、やがて腕の中にあった一冊のノートを俺に突き出し……


「こ、これ!私のノートを見て写してください!」

「……ん?」


 傾げた首しか返すことができなかった。


 だってそうだろう?

 見ず知らずのクラスメイトにいきなり話しかけられて、突然ノートを突き出されて、頼んでもないのにこれまた突然『写してください!』って言われてるんだぜ?


 驚かないわけがないし、思考が停止しないわけがない。


 首を傾げ続けていれば、ワナワナと赤くなり始める少女の顔。

 どこかを見るわけでもなく、右往左往と振り回す顔は……やがて、ピンク色のノートによって隠された。


「そ、その……。たぶん、悪楽くんがノートを書いてないと思ったから……。わ、私ので良ければ貸してあげようと……思って……その……」


 小声プラスおどおどしいしい言葉からは、正直言ってなにを喋ってるのかわからない。


 けど、『ノートを書いてない』という言葉と『貸してあげよう』という言葉から推測するに、優しさを見せてくれてるってことだよな?


 やっと傾げた首を戻した俺は、自分にできるほほ笑みを浮かべ、ピンク色のノートを受け取った。


「ありがとう。お言葉に甘えて今日のうちは貸してもらおっかな」

「え、えっ!?い、いいんですか!?」

「いいんですかはこっちのセリフなんだけど……」

「い、いえ!いや!いえ!!ありがとうございます!!」

「お、おう……?」


 先ほどまでのおどおどしい姿はどこに行ったのやら。

 声を張り上げた少女は、真っ赤にした顔で廊下に走り去っていく。


 突然降り始める雨のような少女に、思わず頬を引き攣らせてしまう俺は、受け取ったピンク色のノートを見下ろす。


初根はつね莉瑠りる……でいいのかな?」


 ノートに書かれた感じを読み解いてみるが、名前を知らない俺に答えの合わせようがなく――


「合ってる。大正解。初めてなのによく読めたね。というかよく話せたね。というかほほ笑み浮かべるんだね」

「えーっと……ん?」


 突然目の前に現れた朱使葉は、分かりやすく怒りを灯していた。


(正解なのは良かったけど……なんで怒ってる……?)


 疑問が渦巻きながらも、首を傾げ続けていれば、


「ふーん。へー。私以外の女子と、ねぇ?」


 さらに怒りが募るばかり。

 隣の楓馬どころか、後からやってきた青花までもが頬を引き攣りだし……やがてため息を吐いた。


「ここ最近は収まってたのにまーた始まったよ……」


 そうして手を払う楓馬に合わせ、青花が朱使葉の肩を掴んだ。


「天楽さんはあっちに戻ろうね〜?」

「ちょっと。まだ魔穂斗と話すことがあるんだけど」

「私も話したいことあるの〜」


 遠くから聞こえる二人の会話。

 朱使葉もそうなんだが、青花があんなに積極的なのはこれまでに一度もない。


 朱使葉と話すことがあるにしろ、俺との喧嘩を遮ってまで話すような真似はしなかったし、ましてや朱使葉を強引に席に戻すことなんてもってのほか。


 疑問が疑問を生むばかりの頭をグルグルと回していれば、途端に肩が叩かれる。


「話そーぜ」

「……一応俺、朱使葉と話してたんだけど……?」

「話すっていうか、あれ喧嘩の前兆だろ」

「べつに喧嘩なんてしないし……」


 とは言いつつも、正直『喧嘩に発展するな』とは思っていた。

 それでもやっぱり、なんで怒っているのかは聞きたいし、こうして不完全燃焼に終わるのは釈然としない。


 というか、せっかくの休み時間なのに朱使葉と話せないのがなによりもしんどい。

 そんなわけで、腰を上げた俺は朱使葉の方へとつま先を向けた。


「……悪楽?お前、まさか行こうとしてないよな……?」

「そのまさかだ」

「……っ!?や、やめろ!」


 そうして俺の脇に腕を通してくる楓馬。

 がっしりとホールドし、離さないと言わんばかりに姿勢を低くしてくる。


 さすがの筋肉というべきなのか、これだから筋肉は!と責め立てるべきなのか。

 やがて椅子に腰を落とすことに成功した楓馬は、膝の上に俺を乗せた。


「絶対にダメだ!2人が喧嘩して不貞腐れた友人を慰めるこっちの身にもなってくれ!」

「不貞腐れない!俺は絶対に不貞腐れん!!というか不貞腐れたことない!」

「嘘つけーい!喧嘩する度に機嫌損ねるだろ!ほんで頬膨らませるだろ!終いの果には授業ほっぽり出して机に突っ伏すだろ!!」

「しない!絶対にしない!」

「いーや!これまでの信用度が物語ってる!」


『どんだけ低いんだよ!』とツッコミたい気持ちは山々だが、実際に不貞腐れてるのだからなにも言えない……!!


(けど!それ以上に朱使葉の真意を聞きたいんだよ!)


 バタバタと足を振り回していれば、途端に遠く離れた席でも同じように足を振り回し始めた。


 その人物は言わずもがなの朱使葉。

 俺に睨みを向けたり青花に睨みを向けたり。小さな子供のようにワガママを並べるその姿は……なんともまぁ、天使らしくない。


 目の前に自分よりも騒いでいるやつが居るからだろうか。

 途端に平穏を取り戻した俺の心は、暴れることをやめてしまった。


「さすがは悪楽。分かってるじゃないか」

「……べつに今すぐにでも暴れてもいいんだぞ?」

「やめろ!?止めるこっちの身にもなれ!」

「止めるのをやめればいいだろ」

「断固拒否する!」


 きっぱりと言い放つ楓馬は、こうもなれば話を聞いてくれない。


 面倒くさいやつったらありゃしないんだが、それでも良いやつに変わりはないから友だちを止める気はない。


 小さくため息を吐き捨てた俺は、やがて全身から力を抜き捨てて言う。


「分かった。朱使葉のとこに行かない」

「お?物わかりが良いのは珍しいな?」

「……喧嘩売ってんのか?朱使葉みたいに暴れてやろうか……?」

「はいごめんなさいやめてくださーい」


「よしよし」という言葉とともに頭を撫でてくる。


 俺は子どもじゃないんだが……反論することすら馬鹿らしくなり、楓馬に体重を預けた。


「……おっも」

「は?ぶちころすぞ?」

「乙女かよ!?」

「男だって気にする時はきにするんだよ」

「男の中でも乙女の部類……!?」


 逆に気にしない男がいるのだろうか?

 そんな疑問を抱えながらも、最後に暴れる朱使葉を横目に入れた俺は、素直に着席した。


 これからのことも考えず、浅はかな考えとともに。

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