#11 やり直しの水着選びデート①

特にテスト期間というわけでもない時期の放課後の図書室は閑散としている。カラッとした青空の下で部活動に励む人たちの活気にあふれた声がよく聞こえるくらいに静まり返った部屋の端で、私は困った幼馴染について考えていた。


今日のユキは朝から何かを考えこんだり、ぼーっとしていたりであまり私と目を合わせてくれなかった。お昼になっても心ここにあらずな感じで、時折箸でつかんだ食べ物を落としたりで私は何度も彼女に声を掛けた。


でも、私が心配するたびになんでもないよの一点張りでとても困っている。もし私が原因ならば言ってほしいし、そもそも私が自分の過ちに気付けていないのかもしれないことが致命的だ。


「もしかして、私が女の子のことが好きなことユキにばれちゃった?それで気持ち悪がられて……」


いや、これ以上一人で思い悩むのはよそう。嫌なことばかり考えてしまうから。ちゃんと、ユキと話をしよう。


* * *


ガラガラっと扉を開ける音がして、ユキが現れた。立ち上がって彼女を迎えると、ユキは私に気付いたのか小さく手を振って近づいてきた。

彼女の愛らしい仕草に心が和む……のも束の間。次の瞬間、寒気が全身を巡り体が震えた。

目が澱んでいた。憑き物が落ちたかのような笑みを浮かべる彼女の大きな瞳は不気味なくらいに光を失っていた。


「待たせちゃってごめんね」

「全然。ユキと一緒に帰りたかったから待ってただけだから。それじゃあ、帰ろうか」

「待って出海ちゃん。私ね、出海ちゃんに色々と言いたいことがあるの」


やっぱり私、ユキに何かしちゃったんだ。さっきまで考えていたいやな予想が当たってしまいそうで胸が苦しくなる。


「ここだと話ができないから、移動しよ?」


有無を言わせない圧をはらんだユキの声に啞然としていると、机に乗せていた私の手を取ってあっという間に外に連れ出されてしまった。


「ちょっと、痛いって」


握りつぶすくらいの力で私の手を包むユキの大きな手が私を暗がりに誘う。少し骨ばった細い指を小刻みに動かす様子が必死そうに感じられてくすぐったい。

どこに行くのと聞いても何も答えてくれないユキがようやく足を止めたのは、旧校舎の空き教室だった。


「ここなら誰も来ないから」

独り言のように呟くユキの声も、人気のない教室にはよく響く。


「そろそろ修学旅行があるね」


カーテンの閉ざされた窓際に腰掛けたユキは、私が想定していなかったことを話し始めた。


「う、うん。クラスは違うけど……自由時間はユキと一緒に過ごしたいな」


私は困惑しながらも、話を合わせる。


「私も。それでね、水着選びに行きたいなって。去年選んでくれた水着もいいけど、その……む、胸周りがすこしね?」


顔を赤らめて自分の胸を見下ろしているが、去年からあまり変わらない気がするのは……やっぱり気のせいだろうか。


「そ、そっか。じゃあ、今度一緒に行こう」

「今からじゃダメかな?」

「今から?別に構わないけど……」

「あと、今度は私も出海ちゃんの水着を選んであげたいの」

「あー……私の水着かぁ」

「もしかして、もう買っちゃった?」

「……うん。先週の土曜日に、アリサに選んでもらって買っちゃったんだよね」


ユキの様子を見て正直に言うべきか悩んだが、噓をつくのは悪手だと思い、私はアリサと過ごした休日のことを簡単に話した。


「……麻水さんが選んだ水着は買うのに、私のは買ってくれないんだ」


ポツリとつぶやいた言葉は背筋が凍るほどに冷え切っていて心臓が高鳴る。本当に彼女の口から発せられた言葉なのかと私は耳を疑った。


「そういうわけじゃ……」


水着は別に一着あればいいじゃん、という言葉は言ってはいけない気がして何も返せない。


「じゃあいいよね?とびっきりに合う水着、私が選んであげるから。出海ちゃんも私に似合う水着、選んでね」


光のともっていない暗い教室に、夜を閉じ込めた黒髪が溶け込んで輪郭を失っていく。雪のように白い肌の彼女の柔らかな笑顔は息をのむくらいに映えていて、私を射止めるドロッとした目が私の心臓をざわつかせる。

いつもとまるで違う危うさが、とても魅力的に見える。気がつけば、私は毒の花に引き寄せられる虫のように息がかかるくらいユキに近づいていた。

ユキの冷たくてしなやかな手が私の頬に触れる。その手は頬だけじゃなくて私の心臓をもわしづかみにしている感じがして……


「今度は、私の番だから」


──────────────


長くなってしまったので、前後編で分けされていただきます。

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