#4 駆け出しヤンデレ幼馴染と勉強会

「お、お邪魔します」

「お構いなく」


今日の昼食はアリサも交えてユキと3人で食べることができたが、その時は特段ユキに変わった様子はなかった。

少したどたどしいところはあったがアリサとも普通に話していて、私との距離も別に近いわけでもなく。


これ以上ユキに何かされたら私の方がどうにかなってしまいそうだ。

ユキは私の一番の親友。真っ白で純粋な彼女にこんな邪な感情を抱いていいわけがない。


そんな彼女が今、私の家に来て勝手知ったる様子で私の部屋に向かっていったわけだが。

とにかく、久しぶりにユキが誘ってくれた勉強会なんだ。絶対に変なことを考えないぞ。


決意を固めた私はキッチンの戸棚からユキが好きな紅茶のティーバッグとカップ、そしてお茶菓子をお盆に載せて自室に向かった。


「ユキ、紅茶とお菓子もってきた、よ……?」

「いつもありがとう。その紅茶!また買ってきてくれたんだ!」


私の家にいるときのユキは少しだけテンションが高くて饒舌になる。多分、人目を気にせずにいられるからなんだろうな。

……て、そんなことよりも、私はユキが座っている場所がいつもと違うことの方に意識が向いてしまう。


「……ユキ、なんで今日はベットに座っているの?」


いつもは部屋の真ん中に置かれたローテーブルの近くにお行儀よく正座をしているのに、今日は何食わぬ顔でベットに腰掛けていて、私は思わず両手で持っていたお盆を落としそうになってしまった。


「いや、頭にはてなマークを浮かべて首を傾げられても困るのだけれど」

「……だめ、だったかな?」

「別にいいんだけどさ、急にやられたらびっくりするっていうか……布団しばらく洗ってないから汚いかもしれないし」

「私は別に嫌じゃないよ?」


そっかと生返事をしてお盆を置き、私も座ろうとしたが、さてどこに座ろうか。

いつもなら自然とユキの対面に腰を落ち着かせるのだが、今日は生憎それができない。


「出海ちゃん、どうかしたの?立ったまま固まって……もしかして、私何かいけないことしちゃった?」

「ああ、いや!まったくそんなんじゃなくて……お、お邪魔します」


不安げに私の顔を見上げてくるユキの言葉を必死に否定して、私は少しの逡巡の末ユキの隣に座った。


「「……」」


私たちが話さないと当然部屋は静まり返るわけで……座りなおすときにシーツと制服のスカートが擦れる音が嫌に大きく聞こえた。


「て、テスト!もうすぐだけど、ユキは大丈夫そう?」

「うーんと……国語と英語は大丈夫そうだけど、数学がちょっと……」

「そっか。じゃあ、もう少し休んだら分からないところ教えてあげる。紅茶、入れようか?」

「ありがとう。お願いします」


とにかく空気を換えたかった私は、今日集まった本筋に触れてカップにお湯を注いだ。

まもなく鼻孔をくすぐる紅茶の匂いが泡立った心を落ち着かせてくれて、私はカバンから勉強道具を取り出して机の端に置いた。


「あまり帰りが遅くなってもいけないから、早速始めようか」

「……」

「ユキ?」


そう促して立ち上がり、勉強の準備をしようとしたが、腰かけたままのユキが私の服の袖を下から引っ張ってくる。


「な、なんでもないよ!?始めようか……!」

「ユキ、昨日から様子がおかしいけど何か悩み事とかあるの?」


ベットに座りなおして、少し覗き込むようにユキの顔を見る。しかし、ユキは何かを言い淀んでいるのか口を曖昧に開いたり閉じたりを繰り返すだけで私の目を見てくれない。


「別に言いたくないことなら無理に言わなくてもいいけど」


そう一拍おいて、私は言葉を続ける。


「親友の悩みならいつでも聞くから」

「そう、だよね。うん、私たちは親友……だもんね」


そう言って袖から手を離し立ち上がったユキは、いつもの定位置に移動して勉強道具を取り出し始めた。


「私のことは大丈夫だから、勉強教えて?」


親友と口にするとき、ユキの黒い瞳が少し揺れた気がした。だけど、彼女は私がこれ以上踏み込むことを良しとしなかった。


だから私は彼女の言葉に従って、ユキの対面に座って一緒に教科書を見る。


分からないところを一つ一つ潰していく。鉛筆の柄を頬に当てて考え悩んだり、疲れて机に突っ伏したり、難しい問題にぐうの音を出したりするユキはいつも通りのユキだ。


だから、私もいつも通りに接する。すぐ諦めようとする残念美人に発破をかけて、ときにはお茶菓子を与えて甘やかして……学校にいるときとは違う少し幼い素の彼女に振り回される。


姿勢を崩した拍子にユキのスカートが少し捲れてしまっているが、別にどうとも思わないし指摘もしない。


だって今までもそうだったから。そんなことで恥ずかしがってしまっては親友じゃいられなくなってしまう。


私は確かに同性のことが恋愛的な意味で好きだ。だけど、ユキは違う。彼女はもっと特別で大切なたった1人の親友。


「出海ちゃん、そろそろいい時間かも」

「ああ、もうこんな時間か。今日はよく頑張ったね」

「えへへ」


ユキが指差した時計を見やると、長針と短針がもう7つも離れていた。


時間を忘れてしまうほど集中して勉強に励んでいたユキを労おうと、私は彼女のさらさらな髪の毛をそっと撫でる。


ん〜と子猫みたい声を出して、私の手に頭をぐりぐりと押し付けてくるユキは私のよく知っている甘えたがりな幼馴染で安心する。


「ユキはこのままでいてね」

「……出海ちゃんはさ、今の私が1番好きなの?」

「え?」


発言の意図が読み取れず、魔の抜けた声が漏れ出てしまう。気がつけば私の手はユキの頭を離れていて、彼女の表情が固くなっていた。


「ほんとうに?」

「本当だよ。私は今のユキが好き」

「じゃあさ、私のことだけを見てほしいな」


「ユキ?」


暗い目をしたユキが私の頬にそっと手を当てて、まつ毛同士が絡み合ってしまいそうになるくらい顔を近づけてくる。


音のない部屋に私たちの吐息だけが微かに耳に届く。

光のない潤んだ瞳は伏し目がちになっていて、少し赤らんだ頬が私の背中にまたゾクゾクとした刺激を与えてくれる。


「今のは忘れて!?私、もう帰るね。今日はありがとう、また明日……学校で!」

「待って!ユ……キ」


名前を言い終わる前にユキが部屋を出ていってしまい、呼び止めるために伸ばした手が空中を彷徨う。


『明日は用事があるから先に行ってて。急でごめんね』


玄関扉が閉まる音がしてからしばらく経って、私のスマホにユキからメッセージが届いた。


『P.S. 明日はお弁当準備しないでね』

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