#2 純粋幼馴染のお悩み〈Side 有希〉

2年生になってクラスが別々になってしまったせいで出海ちゃんと会える時間が減ってしまった私にとって、お昼休みは彼女と一緒にいられる貴重な時間だった。


なのに、今日は委員会の集まりがあったせいでそれも叶わず、私は重い足取りで廊下を歩いていた。


三嶋出海――私の小学生からの幼馴染で親友。少し茶色がかった黒髪のポニーテールにぱっちりとした大きな黒目、顔を近づけると当たってしまうのではないかというくらい長いまつ毛が魅力的な明朗快活な女の子。引っ込み思案な私のことをいつも助けてくれる優しくてしっかり者な彼女だけど、着崩した制服のせいで隠せない胸や太ももが無防備でとても危うい。


私は、出海ちゃんのことが好き。それも恋愛的な意味で。でも、それが叶わないことくらい私にもわかる。私じゃ絶対に出海ちゃんに釣り合わないし、彼女が女の子のことを恋愛的な意味で好きになってくれるわけがない。


本当はずっと出海ちゃんの隣にいたいし、話したいことだってたくさんある。だけど、重い女とは思われたくないから我慢?する。今の関係が壊れてしまうくらいなら今のままでいい。それがずっと昔から変わらない私の答えだった。


邪な考えを追い出そうと頭を振って歩みを進める。

今から彼女の元に行ってもしょうがないし、大人しく教室に戻ろうと出海ちゃんの教室の前を通り過ぎようとしたが、


出海いずみってさ、女の子が好きなんでしょ?どんな子がタイプなの?』


え!?

聞き捨てならない言葉が耳に飛び込んできた!あの声は確か、麻水さんの……じゃなくて!!


出海ちゃんが女の子好き!?ありえないよ、だってそんな都合のいいこと……!


カーっと頭に熱が集まる感覚がして、私は教室と廊下を分ける壁に背中を預けて彼女たちの会話に耳を傾けた。


『見た目的な好みも色々あるけど……ヤンデレな子、いいなって』


「ヤン、デレ?」


今までに聞いたことがない恍惚とした声で私の知らない言葉を話す出海ちゃんに、少しモヤモヤしてしまう。

でも、ヤンデレってなんだろう?


私は変わらず会話に注力しつつ、ポケットからスマホを取り出して言葉の意味を調べてみた。


『恋人への好意が大きすぎて愛情表現が暴走してしまうこと』


スマホには言葉の意味のほかに、ヤンデレを表す女の子のイラストや、漫画などが表示された。


出海ちゃん、こういう女の子のことが好きなんだ……

もう少し詳しく調べてみないとわからないけれど、私とは全然違う女の子なのかなと思った。


やっぱり、私なんて眼中にないよね。

出海ちゃんの周りに集まる人がさらに増えていくのを見届けて、私は教室に戻った。


* * *


出海ちゃん、本当に女の子のことが好きなんだ。

放課後に勢い余ってお昼休みにしていた話を深掘りしてしまった私は、帰宅するや否や身に着けた制服もそのままにベッドに横たわって、ヤンデレについてお勉強を始めた。


私は頑張らなくちゃいけない。出海ちゃんが女の子を恋愛的な意味で好きになれるのならば、私にもチャンスがある。今はまだ全然ダメダメだけど、このヤンデレというものになれたら、出海ちゃんも私のことをそういう目で見てくれるようになるかもしれない。


言葉の意味は分かっても具体的にどうすればいいか知らなければ何もできない。そう思った私は、ネットでおすすめされている漫画を片っ端から読んでみることにした。


考えてみれば、女の子同士の恋愛を描いた百合漫画は今まで触れたことがなかった。だからだろうか、私はご飯を食べることすら忘れてページを繰ることに没頭してしまい、読み終わる頃にはすっかり日が暮れてしまっていた。


……好きに正直になっていいんだ。

それがヤンデレの女の子が登場する漫画を読んだ率直な感想だった。


確かに、彼女たちの愛は重い。想い人のことを束縛したり、周りの人を傷つけたり危ないこともしている。だけど、私には彼女たちの行動が眩しく思えた。みんな、自分の好きに正直で真っ直ぐに向き合っている。


好意を隠そうとせず、想いを成就させるために必死なんだ。そう捉えると、彼女たちはどうしようもなく間違っていて、それでいて健気で……目頭が熱くなって胸が苦しくなる。


私、頑張るね!

天井に手を伸ばして、放課後出海ちゃんに言ったことを反復する。


もう少しだけ勇気を出して踏み込んでみよう。

誰にも出海ちゃんを取られたくないのは、本当なのだから。

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