「魔導帝国紀」 帝都の三姉妹のサーガ

岡村ケイ二郎

第1章 少女皇帝

第1話 すべての勇者の子

帝歴200年頃・・・


「俺たちは…戦い続け、殺し続けて…」


「誰を救ったんだ?」


最強の魔道士皇帝エイリクは、人知れず涙を流し、自分の無力さを墓に向かって嘆いた。


「俺が誰を幸せにしたと言うんだ…?教えてくれクレイトン! 俺の戦いは…俺達の帝国は…何の意味があるというんだ」


エイリクは人知れず冷たい墓石に叫んだ。

クレイトンと呼ばれた墓の主は、すでに150年以上前に死んだエイリクの仲間、英雄王クレイトン・マクギルだ。

この時期に巨大な飢饉が帝国を襲い、帝国の人口の約10%が失われたという記録がある。

エイリクの魔力は飢饉にはまったく無力だった。しかしエイリクの戦いは無駄ではなかった


「エイリク陛下は・・・全て救ったのですよ」


「我が姉クララを皇帝にしたエイリク陛下が、私たちの帝国を救ったのです」


エイリクは後にそう告げられ、救われる。


これは帝国に、黄金律を布いて救った三姉妹 ――女帝クララ、帝都の貴婦人ラウラ、剣と盾の皇女エレナ―― の物語だ。



私は今、灰の大河と呼ばれた大河のほとり「青の橋」から見えるカフェの2階からこの原稿を書いている。


この鉄筋コンクリートでできた橋は、もちろん、クララの時代の面影もない。しかし、ほぼ同じ場所に、クララは間違いなく橋をかけ、そこを馬で駆け抜けたのだ。


帝歴233年の春、ちょうど今のように温かい季節に、女帝クララ、帝都の貴婦人ラウラ、剣と盾の公女エレナの三姉妹が揃い、この青の橋の中央で、三姉妹の次女ラウラが「吟遊詩人ヒルダのサーガ」を演奏したと、エレナの手記にある。


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かくして運命の子は生まれた

雷鳴が轟く嵐の夜に、誰も知らない秘密の城の奥深く

数多の神々、数多の勇者の血を引く娘

乱れた人の世に生まれ落ち

神々の秩序を取り戻す者

慈愛の歌を奏でる者

その子の名は…


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この叙事詩をはじめて発表されたとき、リュートの名手であった次女ラウラは、その美しいブラウンの長い髪をなびかせながら、鮮やかな音を奏で、高らかにヒルダの旅を歌い上げた。


道行く人々から喝采と大きな笑いが巻きおこる。


同時代屈指の美貌と言われ、情熱的に見える赤毛に騎士として男性よりも長身であった、エレナは、静かに、控えめながらクスクスと笑う。


そしてこの時代の、あるいは帝国の歴史の主役というべき女帝クララは、その小柄な体を更に丸め顔を真っ赤にして「怒っているのか、恥ずかしいのか、わからない」表情をしていたとエレナの手記にはある。


吟遊詩人ヒルダとは、実際にクララが15歳で、1年間の一人旅を敢行したときに使った偽名だ。

クララは一人旅の経験を子どもだったラウラに話したことを後悔する。

子供だから忘れるだろうと、話してしまった自身の恥ずかしい話を、ラウラは抜群の記憶力ですべて覚え、あろうことか、ヒルダの奇妙で滑稽なコメディに改変してしまったのだ。


とくに、クララは父であるヴァレンシア伯爵アルノが組織した捜索隊からつねに逃げ回りながら旅を続けた部分を「多額の借金をヒルダは背負い、借金取りから逃げ回る」と言う話に改変している。


これ多くの英雄がそうであったように、クララが借金だらけであったことへの痛烈な皮肉にもなっていた。


その他にも、クララは「たまに」寝坊する悪癖があったのに対して、ヒルダはいつも昼過ぎまで寝てしまうひどい寝坊癖があるように改変されたり、クララは歌もリュートも妹ラウラと比較して「まずまず」であったのが、吟遊詩人とは思えないほどの音痴にヒルダはされたりと、徹底的に笑いを取れるようにラウラは好き勝手にヒルダを創作した。


このラウラの創作に、クララは終生、無言を貫いたようだ。その手記には以降「ヒルダ」という文字は出てこない。


仲の良く、美しい、三姉妹だ。


そんな光景がカフェの窓から、見えるはずもないが、橋の中央を眺めればクララたち三姉妹が、今でも息づいているかのように錯覚を私は受ける。


三姉妹の戦いは、ヒルダのサーガのようにおもしろおかしいものでは決してなかった。

彼女たちは、末の妹エレナを除いては、戦士であるとは言えない。だが、その魂は、彼女たちの信じるヴァルハラにきっと迎えられ、この帝都あった街の発展を喜んでいる違いないと、私は信じたくなる。





女帝クララは皇帝エイリクに従って魔竜ベネディクトを討伐した六勇者すべての血を引く初めての子どもだった。

それゆえ「すべての勇者の子」として生まれたときから帝国中の有名人だった。


帝国、あるいは人類史上最大の改革者と言ってもいい彼女は、それでありながらまったくと言っていいほど武力を持たなかった。

正確には馬術の達人であったり、弓や護身術には長けていたようだが、英雄となるような戦闘力は全く持っていなかったようだ。

彼女の最大の武器なによりその知性であり、規格外の天才として過去に、なんとなく慣習的に行われていた支配や統治といった社会の仕組みをたった一人で改革し、帝国というシステムを完成させた。


しかしクララの改革が完成するのはクララ一人の力ではなく、主に二人の妹の活躍を抜きに語ることはできない。

故に私はこの物語をラウラに倣って「帝都の三姉妹のサーガ」と名付けたい。


この壮大なサーガの始まるのは、帝国の歴史をもっとも劇的に変えたと言っても過言ではない年が帝暦218年だ。

この年、まだ15歳のクララが敢行した旅の末期から、彼女の足跡を追ってみることにしたい。


クララを「運命の子」とからかい半分に表現したのはラウラだが、私にはそれが、少しも大げさには思えない。

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