東雲遥香は踊らされる
山野エル
1、東雲遥香は未知と遭遇する
「唐突だが、君は妖精を信じるか?」
ついさっき暖かい日の差し込む窓に分厚いカーテンをサッと引いた
「暗いから電気つけるよ」
リモコンで明かりをつけると、ローテーブルを挟んだ向こう側にアヒル座りをした遥香が頬を膨らませる。
「君、こういった話には雰囲気はつきものだぞ」
「怖い話苦手だったんじゃないの?」
「妖精は怖くないもん。コナン・ドイルだって晩年には信じてたし──……、あっ、ゴホン! よ、妖精など、取るに足らぬ存在なのだよ、ワトソンくん」
「……じゃあ、お前は妖精を信じてないんじゃないか」
遥香は、数秒だけ頭をフル回転させて、「あっ!」と声を漏らす。
「ち、ちがっ──!」
慌てて僕の手からリモコンをひったくって明かりを消す。
「私は、妖精の存在を信じるに至ったのだ」
遥香の手からリモコンを奪還して光を取り戻す。
「次、勝手に電気消したら出て行ったもらうよ」
「えっ! ……ご、ごめんなさい……」
遥香の眉がハの字になる。心の底から悲しみが溢れ出してきたみたいだ。
「冗談だけどね。好きに過ごしていいよ」
「……うん! ……あっ、そ、そうではなく、妖精の話だ!」
「本当に晩年のコナン・ドイルみたいなこと言い出したね。なんかの写真でも見たの?」
シャーロック・ホームズの生みの親であるコナン・ドイルは、晩年にはオカルトに傾倒していったことは有名な話だ。
きっと話が通じたのだろう、遥香はニヤリと笑って人差し指を振る。今日は指輪をつけていないようだ。
「コティングリー妖精事件のことは、この後で話そうじゃないか。ともかく、私はここ最近のいくつかの事件において、その原因が妖精であると断ずる準備ができている」
「ええと、事件ってなに……?」
遥香は不服そうだ。
「この前のやつ! 河童と地上絵の事件! 一緒に解決したでしょ!」
「……ああ、あれを事件と捉えてるのか。……え、それが妖精の仕業なの?」
遥香が胸を張る。
今まで気づかなかったのだが、彼女が着ているオーバーサイズのパーカーの胸には堂々と「BELIEVE」と書かれている。主張を身につけるタイプなのかもしれない。
「妖精のイタズラだ」
かけるべき言葉を探していると、遥香がフフンと笑みをこぼした。
「あまりの衝撃で声も出ないか」
「まあ、そうだね、色々な意味で」
「私がこの結論に至ったわけを君には話しておこうと思う」
「ぜひお願いします」
遥香はふーっと息をついて姿勢を正す。
「あれは忘れもしない。……確か、三日か四日前のことだった……気がする」
「忘れかけてるだろ」
遥香は真面目な顔で僕に問いかけるが、耳の先が赤くなっている。
「私と君で大通り沿いのファミレスに行った時のことだ」
「ああ、お前がチーズインハンバーグ食べたいって駄々こねた時のことか」
「こっ、こねてないもん……!」
◇◆◇◆◇◆
「時に、君はこんなことを思い描くことはないか?」
「お腹鳴らしながら格好つけて訊くことか?」
遥香が顔を真っ赤にする。
「お腹の音じゃない! どこかで車が走ってるの!」
「で、なにを思い描くって?」
遥香はニヤリと笑う。こういう時はたいてい大したことは考えていないので身構える必要はない。
「とろりとしたチーズがこぼれ落ち、焼けた鉄板の上でジュウジュウと音を立てながら気泡を弾けさせるさまを」
何か食べたいらしい。
「ラクレットみたいな?」
「なにそれ」
スマホで動画を見せてやると、口をあんぐりと開けて釘付けになる。よだれがこぼれ落ちそうになったのでスマホを引っ込めると、遥香は寂しそうな顔をする。
「わ、私をチーズインハンバーグの口からラケットの口に変えようと画策したのか」
「ラクレット、ね。……チーズインハンバーグ食べたいんだね」
春香は慌てて口を押えるが、もう遅い。
「大通りの方にファミレスあるから行くか」
「えっ、いいの……?!」
「ただし、ライスは大盛りまで。サイドメニューはひとつまで」
「仕方あるまい。それで手を打とう」
「譲歩したみたいな雰囲気出すなよ。じゃあ、出るから支度しなさい」
「はーい」
本棚から引っ張り出して散らかした本を素直に片付け始める。
遥香の両親からバイトがてら遥香に勉強を教えてほしいと言われ承諾したものの、いつもミステリーの本を勝手に引っ張り出して来て熱く語り出すのだ。今回は「逆張り理論によるトリック・犯人の特定方法について」という持論を展開されてしまった。
その話はまた別の機会に譲るとして、遥香の片づけ術はめちゃくちゃだ。
「とにかく本棚に本を突っ込めばいいってもんじゃないぞ」
「フン、頭脳というものは、あるべきところにあるべきものがありさえすれば、ごく平常に働くものなのだよ。それは本棚も同じなのだ」
「僕の本棚なんだけど」
案の定、遥香は本の高さや背表紙で分かる出版社、著者やジャンルなどの情報を完全にごちゃ混ぜにして本を詰め込んだ。
「よし、GO THERE AT ONCEだ」
こんなところでも『踊る人形』に登場する一節のパロディをブチ込んでくる遥香である。ごきげんなのだ。
・ ・ ・
僕たちは遅い昼食をファミレスで取り、満足げに自分の家に帰ろうとする遥香を引っ張ってマンションの一室に帰る。
「私はもう満腹だぞ」
「数学も化学も残ってるから」
「そのようなものにかかずらっている場合ではないのだよ」
「豊富な知識を持ってこそ、難事件を解決できるのではないかね、ホームズ?」
僕がそう言うと、遥香はシャキッとしてエレベーターのボタンを押した。
コントロールは容易だが、集中力の持続性は遥香のやる気とは必ずしも比例しないのが厄介だ。
ドアを開けると、真っ先に僕の部屋に飛び込んでいった遥香だったが、部屋の奥で「あっ」と声を上げた。
「どうしたの?」
くるりとこちらを向いた遥香はしばらく難しい顔をしていたが、やがて、
「なんでもない」
と呟いた。
◇◆◇◆◇◆
「君は気づかなかったのか、あの時の部屋の変化に?」
回想を終えた遥香が僕をじっと見つめる。
「部屋の変化?」
「それこそが、私が妖精を信じるきっかけになったのだ」
僕が曖昧に声を返すと、遥香は呆れたようにため息をついた。
「君、初歩的なことだよ。私たちがファミレスに行っている間、本棚に並んだ本が見事に出版社ごとに整列していたのだ!」
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